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「私は憎まない」で、平和の岸に辿り着く【MY VIEW│イゼルディン・アブラエーシュ】

  • 2024.12.18
医療でイスラエルとパレスチナの分断に橋を架けるべく、 ガザ地区ジャバリア難民キャンプ出身のパレスチナ人としてイスラエルの病院で働く初の医師なったイゼルディン・アブラエーシュ博士。映画『私は憎まない』は、博士の半生を追ったドキュメンタリーだ。Photo_ © Filmoption
VJ-Jan-culture-my-view-palestine.jpg医療でイスラエルとパレスチナの分断に橋を架けるべく、 ガザ地区ジャバリア難民キャンプ出身のパレスチナ人としてイスラエルの病院で働く初の医師なったイゼルディン・アブラエーシュ博士。映画『私は憎まない』は、博士の半生を追ったドキュメンタリーだ。Photo: © Filmoption

パレスチナ・ガザ地区へ戻るたび、私は自宅に向かう前に必ず娘たちの墓を訪れます。そしていつもこう伝えるのです。「君たちを忘れないよ。私は諦めていないよ」と。2009年にガザ地区でイスラエル軍の砲撃を受けて亡くなった娘のビサーン、マイヤール、アヤ、そして姪のヌールのために、そして2023年の10月7日以降に殺された50人以上の甥や姪、姉妹や兄弟たちのために私は誓います──人道、正義、自由、パレスチナ人の尊厳、そしてこの世界で声を上げることができない人々のために、闘い続けることを。

娘たちの死は、私にとって耐え難い悲しみでした。ですが、娘たちを失った直後の私の涙と叫びがテレビで生放送されたことで、それを観た当時のイスラエルのエフード・オルメルト首相が一方的停戦を発表しました。そのおかげで、戦闘が一時停止され、多くの命が救われたのは確かです。あの瞬間、娘たちは単なる犠牲者ではなく、平和を守る象徴として生き続けているのだと感じました。そして、数秒前まで娘たちと同じ部屋にいた私が生き延びたことにもまた意味があると気づかされました。命を救われたのはこの使命を果たすためであり、次の世代がより良い未来を生きられるようにする責任が私にはあるのです。彼女たちの犠牲を無駄にせず、愛と平和のために行動することこそ、私の役割だと確信しています。

Photo_ © Filmoption
Photo: © Filmoption

そのためには、憎しみにとらわれることなく、精神的にも肉体的にも強くあり続けなければなりません。憎しみは毒であり、私たちを蝕む病だからです。人間には憎む権利があります。特に最も愛する存在を奪われたとき、憎しみの感情が芽生えることは自然な反応です。しかし、私は自分に問いかけました─この悲しみと怒りを、この強い衝動をどのように扱うべきなのかと。そして選んだのは、残虐な行為とその犯罪性に反対の声を上げ、暴力の連鎖を防ぐために責任を持って行動すること。これこそが、より多くの命を救うために必要な道筋だと信じています。

娘たちは“遠い場所”にいますが、私が倒れない限り、彼女たちは決して敗北することはありません。敗北とは、肉体の滅びではなく、魂がついえることなのです。私が前を向いて歩み続ける上で支えとなっているもの─それは、信仰と教育です。どんな困難にも忍耐強く立ち向かえば、神は報いてくださり、どんな悪い出来事にも何か良いことがあると教えてくれます。

そして教育は人を啓蒙し、視野を広げてくれます。たとえるならば、私にとって教育はライフジャケットのようなものです。溺れそうになったとき、救命具を身につけることで命を守ることができます。教育は私がこの世界で生きるためのパスポートでもあります。こうして世界中の人と対話し、日本へ来ることができるのも教育のおかげです。マイヤールは亡くなる直前、ろうそくに火を灯して勉強していました。娘たちは学びを愛していました。彼女たちの遺志を継ぐためにも、(移住先である)カナダで慈善団体ドーターズ・フォー・ライフ財団を設立し、中東地域出身の若い女性に教育の機会を提供し、平等や平和の担い手となってもらうべく支援を行っています。

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Photo: © Filmoption

2023年10月7日から一年が経過しました(※取材は2024年10月中旬に行われた)。この365日間、実際にどれだけの時間が経過しているか、わかりますか? それは3153万6000秒です。誰が次に犠牲となるかもわからないその一瞬一瞬が、死の脅威に満ちています。今この瞬間は生きていたとしても、数秒後には命を奪われてしまうかも知れません。恐怖は心を殺します。生よりも死に近い場所にいるガザ地区の人々は、何千万回も死を経験しているに等しいのです。惨状の中にいる私たちは、この世界でどのような存在なのでしょうか?

日本の皆さんは、戦争の意味を知っています。広島や長崎への原爆投下や東京大空襲などを経験し、破壊や喪失を理解しているからこそ、できることがあります。ただ傍観するのではなく、声を上げ、今起こっていることを周りに伝えてください。現在ガザで使われている軍事兵器は、かつて日本の街や人々を破壊したのと同じ爆弾であり、同じ加害者によって、同じ工場で作られています。その何が一番恐ろしく残酷かというと、そうした兵器を作っている人々は自由だということです。私たちは正義からどれだけ遠いのでしょうか。

アカウンタビリティ(説明責任)や透明性が欠如している今の世界では、今日の犠牲者はパレスチナ人ですが、明日は誰が犠牲になるかわかりません。私たちは同じ船に乗っています。パレスチナ人の自由は、皆さんの自由でもあります。パレスチナ人の尊厳は、皆さんの尊厳でもあります。平和、正義、平等を実現することで、世界全体が恩恵を受けるのです。だからこそ、一緒に平和の岸に辿り着けるように行動しましょう。それこそが、今私たちに求められていることです。

Text: Izzeldin Abuelaish as told to Mina Oba Editor: Yaka Matsumoto

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