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精神科に通うのは恥ずかしいことじゃない。多様な症状とその治療法を描き、精神科と精神病患者への誤解を解く話題のコミック『Shrink〜精神科医ヨワイ〜』

  • 2024.12.18
ダ・ヴィンチWeb
『Shrink〜精神科医ヨワイ〜』(七海仁:原作、月子:漫画/集英社)

もしも明日から精神科に通うことになったら、あなたは自分のことをどう思うだろうか。もしかしたら、「自分はおかしくなってしまったんだろうか」「こんなこと、誰にも言えない」などと思い詰めてしまうかもしれない。でも、断言したい。決してそんな風に思う必要はない、と。それを教えてくれたのは、2024年夏にドラマ化もされた『Shrink〜精神科医ヨワイ〜』(七海仁:原作、月子:漫画/集英社)だ。

本作の主人公は精神科医・弱井幸之助。彼が経営する新宿ひだまりクリニックには、日々、さまざまな不調を抱えた患者たちが足を運ぶ。それを治療する過程が各エピソードで描かれていくものの、当の患者本人が自分の病に対して偏見を持っていることも少なくない。メンタルは強いはずだったのになぜ自分が……。そう嘆きたくなる気持ちも、正直理解できる。心を病むなんて自分には起こるはずはないと思いがちだから。でも、弱井はその誤解もほどいてくれる。現代日本においては30人に1人が何らかの事情で精神を患っているという。つまり、これは珍しいことではなくて、ふとしたきっかけで誰の身にも起こり得ることなのだ。

パニック障害、PTSD、アルコール依存症、パーソナリティー障害、解離性障害……。なんとなく聞いたことがあるものから、あまり耳馴染みのないものまで、描かれる病気は実に多様だ。でもその実態までは知らないことがほとんどだろう。それを正しく知ってもらうべく、本作ではひとつひとつの病気が丁寧に描写されていく。ときにはショックを受けてしまうようなシーンもあるかもしれないけれど、そこは大丈夫。とても柔らかな絵柄も相まって、読者に過剰なストレスを与えないよう配慮されていることが伝わってくる。

また、病気の原因が現在の環境にあるだけではなく、その人の生まれ育った環境などに大きく関係することも示唆される。

たとえば、第1巻に収録されている「微笑みうつ」。営業成績がなかなか上がらず、上司から過度なパワハラを受け続けた男性が、ニコニコ笑いながらもうつ病になっていくさまを描いたエピソードだ。仕事に追い詰められた彼は次第に自分自身の価値を疑うようになっていく。何の役にも立っていない自分に生きている価値はあるのだろうか、と。どうしてそこまで自分を否定するのか。その理由の一端は、まさに彼の過去にある。学生時代に父親を亡くした彼は、父の仏前で「早く大人になって、母さんの面倒を見る」と約束していた。その強い責任感が、理想通りに生きられない自分を責めていたのだ。

このように、精神を患って苦しむ人たちを救っていくためには、患者自身の過去を理解し、本当の原因をやさしく解きほぐす必要があるのだろう。弱井はそれを実践しようとする。そして彼の丁寧で温かな言葉はひとりひとりの患者に向けられると同時に、読者にも向けられているようにも感じる。弱くたって構わない。ゆっくり治療していけばいい。弱井がそうやって患者に笑顔を見せるとき、読者であるこちらの心もたしかに癒やされていく。

また、第8巻収録の「精神障害者雇用」というエピソードでは、精神病の当事者が働くことの難しさを浮き彫りにしつつ、非当事者が彼らとどのように付き合っていけばいいのか、ひとつの答えが提示されている。腫れ物扱いするのではなく、同じ人間として接する。病気の有無はひとつの「違い」でしかなく、他に目を向ければ似ている部分や共通点だってあるのだ。当事者と非当事者との間に濃く引かれた線を薄めていきたい、という思いが伝わってくるエピソードで、その誠実さには思わず胸が打たれた。

そして最新の第14巻で描かれるのは、スポーツの現場のリアルだ。監督からのハラスメント、勝利至上主義の弊害、アスリートたちを縛り付けるもの……。アスリートたるや、タフなメンタルによってつらい練習を乗り越えてこそ一人前になれる。そういった世間の思い込みが選手たちを追い詰めていく。最新巻ではそこにメスを入れている。

精神科に通うのは、決して恥ずかしいことなんかじゃないんだよ。どのエピソードを読んでも、弱井がそんな風に語りかけてくれているような気がする。本作の存在はきっと、日本の社会にある偏見を無くしていくことに寄与するはずだ。

文=イガラシダイ

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