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目立たず、大人しく生きていこう。そうして、わたしは幽霊になった

  • 2024.12.16

ときどき、自分は幽霊なんじゃないか、と思う時がある。
別に誰かに無視されたとか、体が透けたとか、そういうことがあったわけではない。
足もあるし、地面にはしっかりと23センチほど接触している。

◎ ◎

そう感じるのはいつも突然で、電車に座ってぼーっとしている時、雑踏の中にいる時、スーパーで買い物をしている時など、さまざまだ。
なぜか、自分がこの世に存在していることがよくわからなくなる。
普通に歩いているのに目の前の道が急になくなったみたいな、そんな気持ちになってしまうのだ。
なぜかすごくそれが恐ろしい。
そわそわして、LINEやSNSを見て、自分とつながりがある人がいることを確認してしまう。

◎ ◎

わたしは中学生くらいまで、とても活発で明るく、また素直だった。
勉強もピアノも嫌いだったが、小さな田舎町の中ではできる方だったので、学校ではたびたび人前に立っていた。
作文を書いて表彰されたり、生徒会に入ったり、学校の合唱の伴奏係をしたり。
でも、自分からやりたいと言ったことは一つもない。全部頼まれたからやっただけ。
素直だったから、親はもちろん先生にも人助けの精神で従っていた。

でもそのせいで、悲しいことがたくさんあった。
今でこそ小さいことのように思えるが、当時あの世界が全てで、本当につらかった。

◎ ◎

まず、わたしがピアノを弾けるのが周囲にバレだしたころ、ピアノの先生は真顔で「いい?能ある鷹は爪を隠すのよ。調子に乗ると必ずトラブルが起きるから、ピアノの話は学校でしないこと」と言った。
先生からしたら、レッスンの時に関係ない学校のピアノの伴奏をみてあげるタイムロスとか、いろいろあっての言葉だったと思う。

でも、それにひどく感銘を受けた親が過激派になり、伴奏を頼まれた時にいちいちどういう経緯で了承したのか事細かに確認してきた。
一度断る素振りは見せたのか?他の人を紹介したのか?今思えばとても失礼な話だ。
ついにはわたしが調子に乗らないように褒めることもやめてしまった。
内心自分の子が目立つことは喜んでいるくせに、よその人に褒められるとまんざらでもない顔をする。
この一連の茶番が面倒すぎて、頼まれても本気で断るようになった。

◎ ◎

学校の先生はこちらの事情を知らずに、わたしを万事屋のように思っていた。
頼めば何でも文句を言わず受け入れるので、他にも生徒会、弁論大会や作文、支援学級の同級生の世話係など、ありえないほど出番があった。
また年頃のせいか、部活を始めて痩せたら途端に男の子から話しかけられたり、告白されたりすることが増えた。

そのうち本当に、わたしがずるいと騒ぐ同級生が現れた。そりゃそうだ。
陰で、ひいきされている、媚売ってる、ぶりっ子、調子乗ってる、いろんなことを言われた。
同級生からはぶかれたり無視されたり、いやがらせをされるようになった。

先生に相談しても、自分がやらせたくせに何もしてくれなかった。
むしろ、自分がやったことに誇りを持て、みたいなことを言っていた。
親はもともとわたしの悩みを悩みと思わない人なので、相談しても無駄だと思ったが、
一応話してみると案の定断らないおまえが悪い、目立ったおまえが悪い、そんなこと相談してくるなと逆に叱られた。
一緒にいた友達も離れていった。アンチわたしのグループにあることないこと吹き込まれていた。

◎ ◎

ここでわたしが、ポジティブ変換できるタイプならよかったが、そこまで大人ではなかった。

わたしがでしゃばったからいけなかったんだ。
頼まれたからには頑張ろうと思ってたけど、結果人助けになってないんだ。
自分がいることで悲しい思いをしている人がいるんだ。

つらい気持ちの方が断然上回ってしまった。
だからこれからは、おとなしく、自分を出さず、目立たず、生きていこう。そう思った。
この時に、自分らしさは死んでしまって、わたしは幽霊になったんだと思う。

◎ ◎

高校、大学は何もせず、わたしに注目が少しでも当たりそうになったら全力で逃げた。
そのうち、昔は人前に出ても平然としていられたのに、見られることに過剰に拒否反応が出るようになった。

そうすると、今度は目立たないからこそ、誰の記憶にも残らない人間になってしまった。
存在感がなさすぎて、話しかけられないし、話すきっかけが何もない人になっていた。
大学なんて地元の人は全然いない。自分で友達をつくるしかない。
でも人の輪に入れない。入れたとしても自分だけ浮いているような、ひいて見ているような気持ち。

クラス名簿やバイトのシフト表に自分の名前があることが不思議に感じた。
誰かがわたしに話を振ってくれて、会話が成立すると、逆に安心する。
ちゃんとわたしは見えている。幽霊なんかじゃない、存在している。そう思えた。
嬉しくて、ほっとして、話しかけてくれるその人たちは絶対裏切らないようにしようと決めた。

◎ ◎

社会人になり大人になった今、心のバランスを取り戻しつつあると思う。
友達もできたし家族も恋人も近くで支えてくれている。
でもそれから、話しかけてくれる人に執着するところは変わらない。
自分は意外とさみしがりだったことに最近気づいた。
誘われたら何でも断らずに行く癖がついた。取り残されたくない。

わたしは幽霊になってから、正直自分の輪郭がわからない。
自分がふわふわとした空気のような、何も見えない暗闇にただよっているような、抽象的な存在に感じてしまうのだ。
でも、今周りにいる大切な人たちが、触れ合ってくれることで、わたしの輪郭をなぞってくれるから、自分の形がわかって、ちゃんと存在していることがわかって、安心する。

◎ ◎

わたしの大切な人たち、本当にありがとう。
みんながいてくれることで自分の存在をかみしめていることは知られないように。
今日もわたしは誰かと連絡をとっている。

■ハチのプロフィール
どうでもいいことが気になるアラサー。辛党。常にうっすら酔っ払ってる。
X:@bee_r_nomitai

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