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イザベル・ユペールと京都、奈良、直島を散策。観ているだけで癒される『不思議の国のシドニ』スポット紹介

  • 2024.12.15

フランスを代表する女優、イザベル・ユペール主演の最新作『不思議の国のシドニ』(公開中)は、日本を舞台にした物語。ドキュメンタリー映画からキャリアをスタートさせ、長編フィクションでは『ベルヴィル・トーキョー』(11)、『静かなふたり』(17)を手掛けたフランス人女性監督エリーズ・ジラールが、かつて自身が初めて日本を訪れた時の体験や感情を基に、一人の作家の喪失と再生を描く、美しいラブストーリーを撮り上げた。

【写真を見る】“奈良の大仏さま”こと盧舎那仏座像に溝口が手を合わせる

イザベル・ユペール演じる喪失感を抱えたフランス人作家のシドニ [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA
イザベル・ユペール演じる喪失感を抱えたフランス人作家のシドニ [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA

フランス人作家のシドニ(ユペール)は、デビュー作が日本で再販されることになり、躊躇しつつも、日本の出版社からの招聘に応じる。来日中の彼女の案内役は、寡黙な編集者、溝口健三(伊原剛志)。桜の季節に京都、奈良、直島など、溝口と共に様々な場所を旅するシドニの前に、亡くなった夫アントワーヌ(アウグスト・ディール)の幽霊が現れる――。

寡黙な編集者、溝口健三と共に京都、奈良、直島を旅する [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA
寡黙な編集者、溝口健三と共に京都、奈良、直島を旅する [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA

訪れた場所の景色に癒され、そこで語り合う溝口とも少しずつ心を通わせていくシドニ。各スポットが映しだされた透明感ある映像には、ジラール監督が抱いている日本映画や日本文化への愛が随所にちりばめられている。日本の伝統文化と現代的な文化の共存に惹かれる、というジラール監督がスクリーンに収めた魅惑のスポットの数々を紹介していきたい。

奈良ホテルも重要なシーンで登場 [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA
奈良ホテルも重要なシーンで登場 [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA

国際交流の舞台にも使用されてきた葵殿(ウェスティン都ホテル京都)

シドニの記者会見場として登場するのが、ウェスティン都ホテル京都の中にあり、これまで国賓、公賓の晩餐会にも使用されてきた、国際交流の舞台にふさわしい雅な宴会場「葵殿」。壁には京都三大祭りを描いたステンドグラスがあしらわれ、窓の外には東山の自然や京都市文化財登録の美しい回遊式庭園が広がる。記者からの質問の一つ一つに真摯に答えるシドニの話に、離れた席から静かに耳を傾けている溝口の姿が印象的だ。

桜や青もみじ、季節の草花による彩りも美しい真如堂/涅槃の庭

取材のあと、溝口の案内でシドニが訪れる洛東の隠れ寺「真如堂」は、永観2年(984年)に戒算上人が開創した比叡山延暦寺を本山とする天台宗の寺。正式には鈴聲山真正極楽寺(れいしょうざん しんしょうごくらくじ)といい、正真正銘の極楽の霊地という意味を込めて名付けられ、その本堂を表す真如堂が通称として定着した。清澄な空気が漂う広い境内は紅葉の名所として親しまれているが、桜や青もみじ、季節の草花による彩りも美しく、一年を通じて散策を楽しめる。

溝口の案内でシドニが訪れる洛東の真如堂 [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA
溝口の案内でシドニが訪れる洛東の真如堂 [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA

本堂の仏間から先は有料拝観エリア。シドニが眺める枯山水庭園「涅槃の庭」は、名造園家、曽根三郎が1988年に作庭したもの。生け垣の向こうには、比叡山や大文字山を含む東山三十六峰が望める。庭は入滅(お釈迦様の最期)をモチーフに、北を枕にして横たわるお釈迦様と、それを取り囲む仏弟子や生類を石組みで表し、ガンジス川の流れを白砂で描きだしている。シドニのように縁側に座り、自分自身と向き合いながら心ゆくまで鑑賞したい場所だ。

縁側に座り、自分自身と向き合いながら心ゆくまで鑑賞したい真如堂の涅槃の庭 [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA
縁側に座り、自分自身と向き合いながら心ゆくまで鑑賞したい真如堂の涅槃の庭 [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA

また、涅槃の庭に面した3つの部屋にある墨画の襖絵のうち、スクリーンに映るのは中央の間の鶴の絵。明治期に活躍した画家、前川文嶺・孝嶺親子によって描かれた襖絵で、シドニは「あの鳥、フランスにもいるわ」と溝口に伝える。

“奈良の大仏さま”で親しまれる東大寺

滞在2日目。この日の取材を終えたあと、シドニと溝口はタクシーで奈良を訪れる。鹿が草を食む奈良公園を歩き、2人が向かったのは東大寺の金堂・大仏殿。溝口が手を合わせる“奈良の大仏さま”の正式名称は盧舎那(るしゃな)仏座像といい、智慧と慈悲の光明を遍く照らしだす仏、という意味がある。盧舎那仏が乗る蓮華座は「蓮華蔵世界」と呼ばれる広大な世界を表し、この世のすべてのものは互いに密接につながっているという教えを体現している。

東大寺の“大仏さま” [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA
東大寺の“大仏さま” [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA

広大な東山を借景にした青龍庭園が一望できる料庭八千代(南禅寺八千代)

シドニと溝口が昼食をとるシーンで登場するのは、京都の旅館、南禅寺八千代の庭園レストラン「料庭八千代」。食事だけの利用も可能で、広大な東山を借景にした青龍庭園が一望できる空間のなか、季節感あふれる器に盛りつけられた京料理を楽しめるのが魅力。シドニはここで、溝口に初めて涙を見せ、亡き夫アントワーヌの話をする。

季節感あふれる器に盛りつけられた京料理が楽しめる料庭八千代 [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA
季節感あふれる器に盛りつけられた京料理が楽しめる料庭八千代 [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA

谷崎潤一郎の墓がある法然院

シドニがファンという裏設定があったのか、「陰翳礼讃」などフランスでも人気の高い文豪、谷崎潤一郎の墓参りをするシーンも描かれる。谷崎の墓は2つ存在し、一つは東京の巣鴨にある慈眼寺、もう一つは京都市左京区の法然院の墓地にある。法然院は谷崎自身がモデルとされる卯木老人を主人公にした小説「瘋癲老人日記」のなかにも登場する。

谷崎潤一郎の墓がある法然院 [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA
谷崎潤一郎の墓がある法然院 [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA

「無駄がないわね」とシドニがコメントした谷崎の墓は、生前、あちこちの名刹を見て回った末に法然院を墓所とすることに決め、自ら選んだ自然石と桜で作庭した。鞍馬石の墓石2基のうち、左の墓石には「寂」、右の墓石には「空」の文字が彫られ、どちらも谷崎の自筆である。左側に谷崎と晩年まで共に暮らした三番目の妻、松子夫人、右側に松子夫人の妹、重子夫妻が眠っている。墓の横にある谷崎が植えた枝垂桜も有名。

歴史ある木造建築と大正ロマンの香りが感じられる晴鴨楼

シドニが京都で泊まる宿の一つが、鴨川から歩いてすぐの場所にある天保2年創業の老舗旅館「晴鴨楼」。畳に布団が敷かれた純和風の客室、歴史ある木造建築と大正ロマンの香りが感じられる内装などは外国人観光客にも人気。案内された部屋でシドニは、亡き夫アントワーヌが立っている姿を見て驚き、思わず宿から逃げだしてしまう。翌朝、ようやく事態を受け入れたシドニは、トランプをしていた幽霊の彼と初めてちゃんと話をする。

鴨川から歩いてすぐの晴鴨楼 [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA
鴨川から歩いてすぐの晴鴨楼 [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA

寺院の装飾を彷彿とさせる書林 其中堂

シドニがサイン会をする「書林 其中堂」は、京都の仏教書専門店。昭和漆喰の壁に、木製の欄干や欄間、瓦のひさしなど、どこか寺院の装飾を彷彿とさせる外観は、見るからに歴史を感じさせる佇まい。店内は木目の床、高い天井から下がった電燈、木製の書棚が落ち着いた雰囲気で、入り口の上には顧客だった哲学者、西田幾多郎の書「応作如是観」の額がかかっている。2階の倉庫へとつながる階段に、幽霊のアントワーヌが腰をかけ、シドニとファンの交流を見守ったり、記念撮影に飛び入り参加したりする様子が微笑ましい。

京都の仏教書専門店で歴史を感じさせる書林 其中堂 [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA
京都の仏教書専門店で歴史を感じさせる書林 其中堂 [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA

新選組誕生の地としても知られる金戒光明寺

無事にサイン会を終えたシドニと溝口は、金戒光明寺を訪れ、お菓子とお茶でひと休み。金戒光明寺は、法然上人が初めて草庵を結んだ地であり、浄土宗大本山。また、幕末の京都守護職を務めた会津藩主、松平容保が本陣を構えた寺で、新選組誕生の地としても知られる。シドニたちが座っているのは、源平の戦いの故事に由来する鎧之池を中心とした池泉回遊式庭園「紫雲の庭」。池を眺めながら、夫アントワーヌとの出会いを話すシドニと、「僕らは多かれ少なかれ、死者とつながっている」と応える溝口との会話が心に沁みる。

金戒光明寺の紫雲の庭でひと休みするシドニと溝口 [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA
金戒光明寺の紫雲の庭でひと休みするシドニと溝口 [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA

美術館とホテルが一体となったベネッセハウスミュージアム

数日間を共に過ごし、距離が縮まったシドニと溝口の関係をいっそう深める役割を果たす特別な場所が、瀬戸内国際芸術祭の会場として知られる直島。2人は四国汽船のフェリーに乗って、シドニが「カプリ島にいるみたい」と言った直島へ渡る。フェリーが直島の玄関口、宮浦港に近づくと、真っ先に目に入る屋外展示作品である草間彌生の「赤かぼちゃ」も映しだされる。かぼちゃの中は空洞になっており、作品の内部に入って鑑賞することも可能だ。

直島滞在中、シドニと溝口が宿泊するベネッセハウスミュージアムは、「自然・建築・アートの共生」をコンセプトに、美術館とホテルが一体となった施設。絵画、彫刻、写真、インスタレーションなど、ジャンルを超えて、各国のアーティストたちの作品が展示されている。安藤忠雄の設計による建物は、本作において、日本文化の現代的な一面を表現する役割も担う。

安藤忠雄によって設計された直島のベネッセハウスミュージアム [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA
安藤忠雄によって設計された直島のベネッセハウスミュージアム [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA

ホテルの部屋に各自チェックインしたシドニと溝口が落ち合って、一緒に鑑賞するのは、杉本博司が世界各地の海の水平線を同じ構図で撮影した「海景」シリーズ。展示場所であるテラスの壁は、本物の瀬戸内海を挟み込むように立ち、鑑賞者がある地点に立つと、瀬戸内海の水平線と作品の水平線が重なるという仕掛けがある。

自然の景観を楽しみながら、屋外作品周辺や浜辺を自由に散策できることも直島の魅力で、劇中でも、シドニと溝口がアートを鑑賞したあと、いつしか手をつなぎ、浜辺に向かう美しいシーンがある。帰りのフェリーで「もう直島が恋しいわ」とシドニがつぶやくほど、どこか世俗から離れたマジカルな場所として登場する直島は、今後さらに人気を集めそうな予感。

直島の浜辺も散策 [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA
直島の浜辺も散策 [c]2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA

このほか、奈良ホテルやホテルオークラ神戸など、シドニが宿泊する各ホテルの部屋も、シドニとアントワーヌが2人きりで会話をする重要なシーンの舞台として登場。最愛の夫を亡くした喪失感に打ちのめされて以来、凍りついてしまったシドニの心を、日本の静かな風景が優しく溶かしていく物語は、観ているこちらも不思議と癒されるような感覚になる。この映画を通して、シドニと一緒に旅をしながら、日本の魅力を再発見してほしい。

文/石塚圭子

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