1. トップ
  2. ライフスタイル
  3. 韓国の白磁工房〈スタジオ・ソマン〉。白磁のまだ見ぬ可能性を夫婦で切り開く

韓国の白磁工房〈スタジオ・ソマン〉。白磁のまだ見ぬ可能性を夫婦で切り開く

  • 2024.12.15
陶芸家のイ・インファとキム・ドクホの工房内

今、韓国で最注目の作家、1986年生まれのイ・インファさんと、1つ年上の夫、キム・ドクホさんの工房〈スタジオ・ソマン〉を訪ねる。チェさんイチオシの夫妻である。

ソウルから車で2時間余り。田園風景が広がる江原道・楊口(カンウォンド・ヤング)に、2人の自宅兼工房はあった。モダンな建物の1階がアトリエ、2階が来客をもてなすダイニングと自宅スペースになっている。ダイニングの大きく開いた窓のそばに、仲良く2人の作品が並ぶ。

外光を受けて、インファさんの大きな白い器が柔らかい輝きを放つ。夏空のような爽やかなブルーのフラワーベースはドクホさんの作品だ。どちらもシンプルでスタイリッシュ。白土を用い、主に、轆轤(ろくろ)成形と練り込みという伝統的な技法を用いて制作しているが、それぞれの個性が溢れている。

陶芸家のイ・インファとキム・ドクホの工房内
青いパネルは、余った土を韓紙に塗って焼いた作品。
陶芸家のイ・インファとキム・ドクホの工房内
家族の愛猫チンジュ。夫妻の作品のような白毛、美しいブルーの目をしている。

夫妻はソウル大学美術大学院修了後、大学が設立した楊口白磁研究所の研究員として、創作に励みながら白磁の研究に8年勤しんだ。「ここ楊口の白磁土は非常に質が良く、400年もの間、朝鮮白磁の原料として官窯で使われてきたんです」と、ドクホさん。

今や、その白磁土も稀少となったため、採掘は中止。ストックを、楊口の作家と、楊口で開かれる展覧会のための作品にのみ、ほんの少量使うことが許されている。

「ソウルでは光の入らない地下で生活していたので、田舎で暮らすようになって、日が昇る、月が出る、雨が降る、風が吹く、そんな何でもない日常を美しいと感じ、豊かな自然の中で時間の流れをより明確に感じるようになりました」。

だから、独立後はソウルに戻らず、楊口に工房を構えたいと考えていたら、ちょうど近くの美術館の広大な敷地内にアーティスト村を造る計画が始まり、〈スタジオ・ソマン〉を建てることができた。2020年のことである。

陶芸家のイ・インファ
アトリエで器を持ち上げ、日差しにかざして、ごく薄く仕上げた口縁の光の透過具合を確かめる。韓国の新世代を代表する一人として知られる、人気陶芸家イ・インファさん。

刺激を与え合い、助け合い、夫婦仲良く制作を続ける

早速アトリエを案内していただく。天井が高く、サイドから明るい陽光が差し込む。「制作過程も、出来上がった作品を見るのも、自然光が一番いいんです。だから、大きな窓をたくさん付けました」

「光の透過」をテーマにしたインファさんの作品は、伝統のパッチワーク「ポジャギ」からヒントを得た。「白いポジャギを窓に掛けると、布を通して光が差し込むでしょう。焼き物でもそんな表現ができたらと」。

最近、生物の目の進化の過程を知って、ハタと膝を打った。視覚がない生物から始まり、光を感じる受容体ができ、くぼみができて光が差す方向を感知できるようになり……と進化していくのだが、ボウルの形にすることで、もっと光を感じられるようになるのではと思ったのだ。大きな半球はたくさんの光を取り込み、内側に光源があるように輝く。

「大きくなると器としての機能は限られるけど、どんどん大きいものを作りたくなって」。光は刻々変わり、季節によっては大きく変わる。「そんな時間の流れを、器の中に取り込んで、器を通して感じてみたい、と思ったんです」

インファさんが制作途中の上半分が透けているボウルを見せてくれる。きれいな形だなと思ったら、上半分だけを持ち上げて、わざと「アッ」と驚いてみせた。きれいに上下に割れている。窯から出したあと、早く冷やしすぎたために割れたという。性質の異なる土を混ぜているので割れやすいのだ。

陶芸家のイ・インファの作品
インファさんの器。向こうが透けるほど薄い仕上げ。

制作方法はこうだ。光を通す土と通さない土を合わせて成形したあと、1週間ほど置いて完全に乾燥したら回転台にのせ、高速で回しながら外側と内側を削っていく。薄い部分は大きい作品で2mm、コップなどの小品は1mmだという。それから釉薬をかけて焼成するのだが、高温の窯の中では約15%収縮する。釉薬もそれに合わせた収縮率にしなくてはならない。釉薬作りには白磁研究所での実験が役立っているという。

一方、ドクホさんは、白土と、コバルトの顔料で青く彩色した土を合わせて、轆轤を挽く。回転しながら土が流れて混ざり合い、自然に模様ができる。どのくらい混ぜると美しいか計算しつつ、偶然生まれる面白さもチェックしつつ、一瞬を見逃さず成形していく。

陶芸家のイ・インファとキム・ドクホの工房内
青の器はドクホさん作。クリーンでモダンの極み。

「この作業で生まれる模様には、すごくエネルギーを感じます」。インファさん同様、形ができて完成ではない。乾燥したら削る作業に入る。レーザーで削る面の見当をつけ、金属のヘラで慎重に削っていく。現れる模様で作品の表情が決まる。緻密な計算と偶然性がせめぎ合う。

成形の際に残った土や、削りかすも捨てることはない。韓紙(ハンジ)(手漉(す)きの伝統紙)にブルーの土を塗って焼いたり、白い韓紙の上に削りかすを並べてつけたり。そうやって、オブジェやアートとしての作品を生み出してもいる。

「お昼をどうぞ」ということで、ダイニングへ。これから夫妻とともにチームとして活動をしていくという、インファさんの弟のジェジュンさんと妹のアンナさんも手伝って、キッチンは大にぎわいだ。

「結婚するまで、オブジェとかシリンダーとか、大きな作品ばかりを作ってきました。でも結婚を機に、せっかく陶芸家同士なんだから、自分たちが使う食器は自分たちで作ろうということになって。そうして作ったものが、思いがけず支持をいただいて、レストランやカフェなどからの注文も増えました」

食卓には、おいしそうな料理が並ぶ。色とりどりのナムルやキムチが白い器に映えて、目に鮮やかだ。どれもシンプルで美しいだけでなく、使い勝手がよさそうな器ばかり。使ってこそ、良さがわかる。まるで、プレゼンテーションのような食卓。

陶芸家のキム・ドクホの作品
自作した大小の白磁が映える、ビビンパの食卓。

「僕たちの創作の根底には、常に朝鮮白磁へのオマージュがあります。長い歴史の土台の上に、コンテンポラリーな表現はある。何かにぶつかったとき、立ち返るのはいつも朝鮮白磁です。その造形、磁肌、余白の美を現代的にどう捉え、どう表現するのか。白磁を象徴する土地の一つといってもいいこの楊口で、夫婦助け合って創作できる幸せをしみじみ感じています」

陶芸家のイ・インファとキム・ドクホの工房内
静かに制作するインファさん(右)とドクホさん。
陶芸家のイ・インファとキム・ドクホ、アンナ、ジェジュン
夫妻の右にはアンナさん、左端はジェジュンさん。

profile

イ・インファ/キム・ドクホ

1986年ソウル生まれのインファさん、85年生まれのドクホさん、共にソウル大学美術大学院でMFA(美術学修士)を取得。2020年に工房〈STUDIO SOHMAN〉設立。今年からインファさんの弟と妹も加わり、チームで創作に取り組む。ソウル市内でも随時、個展あり。告知はスタジオ公式サイトや@deokho_inhwaで。
HP:https://studiosohman.com/

元記事で読む
の記事をもっとみる