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第22回「恋愛は裏切っても、蒙古タンメン中本は裏切らない」/酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない㉒

  • 2024.12.13

「ねえ、ちょっと聞いてんの?」

小刻みにふるえる身体が、わたしの焦りを物語っていた。 普段から感情的になることは滅多にない自分が、行き場のない怒りをばらまいてしまった。

なのに、うんともすんとも返事をしてくれないことに、余計腹が立つ。 自分でも何でそんなに腹を立てているのかわからない。

「あんたが返事をしてくれないなら、太陽と話をさせてくれない?」

ここらで勘がいい方は、お気づきだろう。 わたしは、空に対して一人喧嘩を売っていた。

ここ数日の冷え込みは耐え難いもので、ついに我が家でもこたつを導入した。 ようやく、氷のように冷え切ってゾンビ化した足を温めることができる〜と思った瞬間、猫がいたのだ。

一人用のこたつに、猫が3匹。

少しでも足を伸ばそうとしようものなら、噛まれて追い出される。 一緒に住まわせていただいている分、猫様には逆らうことができない。

その結果、根本的に悪いのは外が温まる前に、ささっと帰ってしまう太陽のせいだという結論に至ったのだ。

「秋服を着るタイミングが一度もなかったんですけど」 わたしの言葉なんて何もなかったことにして、空はブラックホールのように黙って吸い込んでいく。

あれだけ夏の空に文句を言っていたのに、寒くなったらなったで、それも困る。 何かのせいにしかできない身勝手な自分が、嫌いになりそう。だめだ、だめだ。

冷蔵庫に眠っていたヨーグルトドリンクを、ぐびぐびと一気に飲み干し、外に飛び出した。

走れ酒村。

走れば、こたつも暖房も何もいらないはずだ。 自家発電で温まることができる。

しかし、日頃から引きこもっている人間に体力などあるはずもなく、開始3分で断念。 ぜえぜえ、はあはあ、そんなわたしに手を差し伸べてくれたのは、真っ赤に染まった蒙古タンメン中本だった。

辛くて旨くて幸せで

普段から辛さ耐性はないけれど、蒙古タンメン5辛の辛さ抑えめで注文すれば大丈夫。 先にレモンサワーで乾杯して、アルコールに凍った心を溶かしてもらおう。

カウンターで部活帰りの高校生たちが、わんぱくに麺を頬張っている。 このあと家に帰って、さらに夕飯も食べるんだろうか?

保護者のような気持ちで、その小さいようで大きい背中を眺めていると、目の前にストーブのように温かい丼が差し出された。

猫舌だけど、味噌のいい香りに我慢できず早速スープをごくりと飲む。 どこまでもコクが広がり続ける味噌スープには、味噌汁に近い実家のような優しさも溶け込んでいる。

ここに帰ればいつだって、あったかいラーメンが待っている。 麺をすするとじゃがいもの収穫みたいに、よいしょと旨みが次々運ばれてくる。

辛さの中に旨みって存在したんだ…ということを教えてくれる一杯だ。 くたくたに煮込まれ、甘みがデレデレになってしまった野菜にきゅんっとさせられる。

そこへピリッと辛い麻婆豆腐も運ばれてきて、おい辛ーーー!!

この豆腐がおいしすぎて、ライスを頼まずにはいられない。 粉チーズやサーティワンのアイスクリームくらいの量があるクラッシュニンニクなんかをトッピングするのもよし。 パンチが効いているので、口の中でニンニクが、ポッピングシャワーすること間違いなし。

いつか、北極ラーメン9辛をすすれるようになることが今の目標だ。

どうやら辛いと思った時こそ、水を飲まない方が攻略できるんだとか。 水というオアシスに頼りたくなる瞬間はあるけれど、何もないからこそ、辛さと直接向き合うことができるんだ。

オアシスに逃げ込んで曖昧にすることなく、向き合った結果、今までわからなかった旨みや食べ方、そういうものがわかるようになるのかもしれない。 これはラーメンだけでなく、人間にも当てはまることなのかもしれない。

『ナミビアの砂漠』

「ナミビアの砂漠」という映画に出てくる主人公カナも、自分のことがわからない。 だからといって、自分に向き合うことはなく、つまらなすぎる世間にうんざりしながらも、なんとなく生きている。

21歳、趣味も特になければ、将来の夢も特にない。 紙ストローは苦手で、四六時中タバコを吸って携帯をいじっては、とりあえず彼氏と一緒に過ごしている。

やりがいを感じることも、やってみたいこともない。 退屈だから、刺激を求め恋愛にズブズブになり、恋人に依存するようになるのだけど、慣れてしまえばそれも退屈。 どうしてそうなってしまうのか、彼女自身が理解できないのだから、わたしたちもわかりっこない。 孤独で居場所もなければ、彼女の心の中は砂漠のようにカラカラで、常に刺激を求めて飢えている。

だからこそ、わたしは彼女に教えてあげたい。 恋愛は裏切るけれど、蒙古タンメンなら裏切らないということを。

いつだって蒙古タンメンは刺激を与えてくれる。

5辛に物足りなくなっても、7辛、9辛とさらにその上が待っている。 北極ラーメンが終点かと思いきや、そこからさらに辛さを足すことだってできるんだ。

つまり、永遠に刺激的な初恋にときめきを抱けるということ。 自分のことも相手のこともわからず、自暴自棄になり追い詰められる日々にさようなら。

ラーメンなら食べ続けるうちに、わからなかった辛さの中のおいしさに気付くことができるんだから。 ひとつでもわかることがあれば、生きていく上で、それが自信につながっていく。

オアシスは好きな人でも、水でもなく、きっと心の中に生まれていくものなんだろう。 辛いと旨いが一緒でうれしい蒙古タンメンは、わたしたちに生きるヒントを教えてくれるんだ。

そんなことを、トッピング別皿で注文した背脂に麺を絡ませ、こってり甘い最後の一口を味わいながら、考えるのでした。

すっかり、身体は汗をかくほど温まり、他者を思いやるほどの余裕を持つことができている。

これでしばらく、こたつは猫様に占拠されていても大丈夫そうだ。 小説の一ページを切り取ったようなオレンジがかった空が、街全体を包み込む。

スーパの買い物帰りのお母さん、公園帰りの子ども達、恥ずかしそうに手を繋いで歩く高校生カップル。 穏やかな時間が心の隙間を埋めていく。

この夕暮れみたいな優しい感情がいつまでも続きますように。

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