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能登半島に漂う、言葉にならない悲壮感 ~輪島便り~若き塗師・秋山祐貴子さんが綴る、 輪島の現在(いま)

  • 2024.12.16

輪島便り~星空を見上げながら~ 文・写真 秋山祐貴子

干し柿
秋になると人々は赤い実を軒先に干す。冷え込む風に吹かれ、柿の木は葉を落とし、軒先の実はどんどん甘くなっていく。

拭うことのできない焦燥感

能登半島では、人々が元旦の地震や9月の豪雨からの復旧・復興に向けて、地べたを這いつくばるようにして過ごしています。さらに、11月の終わりには約半年ぶりに大地が大きく揺れ、このあたりの地殻変動は引き続き活発です。

 

ポキっと折れている心の傷口に薬を塗ったり、絆創膏を貼ったりして取り繕ったりしているけれど、この半島に漂う言葉にならない悲愴感が癒えるまでには、まだまだ時間がかかりそうです。

 

 

実りの秋を迎えて

令和6年の秋は、例年よりあたたかな陽気が続いています。10月はじめ、金木犀の香りが漂うころ、野原には静寂な佇まいの草花、そして山にはきのこやどんぐりが。日が短くになるにつれ、木々の深い緑が徐々に色褪せてくると、枝木に絡まった野葡萄のつるの先には、青い宝石のような実が輝きはじめます。

蕎麦の花
野山の斜面一帯に広がる溝蕎麦(ミゾソバ)の花畑は、満天の星のようだ。

11月を迎えると、道端には石蕗(ツワブキ)や山茶花(サザンカ)の花々が咲き、冬の訪れを告げます。明けがたには草木に露が降り、錦のように色づいた里山の鮮麗な景色が目に飛び込んできて、うっとりして時間を忘れます。

紅葉
朝昼夕と日の当たりよっても、山々の色づき具合が変わって見える。

落ち葉のじゅうたんを歩いていると、心が洗われるようです。この時期は年間を通じて空気が澄んでいて、丘の上からは、水平線に行き交う船や遠く離れた島々の輪郭がくっきりと浮かび上がります。

輪島の七ツ島
輪島の海沿いの小高い丘から望む「七ツ島」。その姿かたちがくっきり見えるのはこの季節ならでは。

輪島港では漁が再開

食卓には、芋やむかご、野生のきのこ、銀杏、生姜、根菜などが彩りを添えます。この地域で収穫された林檎やサルナシというキウイフルーツに似た小ぶりの実も出回る時期。輪島港では地震後に復旧工事が進み久しぶりに漁が再開されて、店先にはズワイガニの雌である「香箱蟹(コウバコガニ)」が並んでいます。

香箱かに
香箱蟹を茹でると、鮮やかな色に変わる。この蟹の漁の解禁は、毎年11月初めから年の暮れまで。

夕方5時くらいにはあたりが真っ暗になります。空気がひんやりしてくると、鍋や煮込み料理がよりいっそう美味しく感じられます。

あつあつの汁物を入れたお椀を両手で包むように持ち上げると、手に伝わってくる温もりだけでなく、気持ちまでもほっこりして穏やかになります。その時々の旬を見つけ、風情を胸に刻むことが、日々を生きる励みとなっている気がします。

茸
松林で採れる芝茸(シバタケ)。地元の方々は毎年色んなきのこの生える場所を、秘密にして大切にしている。
味噌汁
芝茸(シバタケ)のお味噌汁。ヌルっとしたきのこを茹でると赤紫に。

黒島の冬支度

黒島の町を歩いていると、ブルーシートのかかった家の軒先に柿の暖簾を見かけます。町のお父さんやお母さん達は、ひとつひとつ皮をむいた柿を吊るし、そのお世話をするようにして干し柿を拵えています。ちょうど1年前ここに引っ越してきたとき、その丁寧な仕事ぶりに釘付けになったのを思い出します。

柿の葉寿司
まだらに色づいた葉を愛でながら、柿の葉寿司をつくって楽しむ。

今なお倒壊して手つかずのままや応急処置を施した状態の建造物が多い一方で、冬本番の風雨や積雪を前に、瓦屋根や建具の修理をしている家もあります。黒島町が伝統的建造物群保存地区のため、なかなか進んでいなかった倒壊した建造物の公費解体が所々ではじまっています。

公費解体
元旦の地震で倒壊したまま雨ざらしになっていた角海家住宅(重要文化財)に、秋になって防炎シートによる養生がようやく行われた。

そして、4月下旬に続いて11月上旬に災害復旧に係る地元説明会が開かれ、これからのまちづくりに向けた話し合いも継続していて、若宮八幡神社の再建への取り組みも動き出しています。

 

住民悦明会
11月初めに開かれた住民説明会。再建の施策の話が進むものの、様々な事情が絡み合って、頭を抱えている住民が多い。

ようやく引っ越し

この1年間放浪するように暮らしていた私の日常が、猛暑だった夏を経て秋の訪れとともに変化しています。「元気にしとった?」と声を掛け合う人と人とのつながりが、何ものにも代えがたい毎日です。自力ではどうしようもない状況のなか、地元の方々をはじめボランティアや有志の方々に助けていただき、思いもよらぬめぐり合わせが起きています。

地震で壊れた車を廃車手続きしたあと、代車を譲っていただいたこと。5月下旬から4カ月に渡り居候させていただいたご近所さんのところから輪島市の仮設住宅と仮設工房への入居が決まり、仮設に入りきらない荷物を保管する場所をお借りできたこと。

被災した家になだれこんで倒壊していた土蔵を片付けていただき、荷物を運搬できる通り道ができたこと。傾いて開かなくなっていた扉を直していただいたこと等々。

時が満ちて、まるでパズルのピースが合わさっていくように、輪島市内に暮らしながら被災した家から荷物を運び出せる条件が整っていき、荷物を3箇所に分散させての引っ越しまっただなかです。危険と隣りあわせの日々ですが、皆様の寛容さやあたたかなご縁の数々に救われるような思いで、今ここで息をしています。

解体
夕暮れの解体作業現場は何だか切ない。建物の壁が取り壊されたら、向こう側に水平線が現れた。

亀のあゆみで「この道を進んでいこう」

黒島の昔ながらの家の外観の特徴は、黒瓦屋根、下見板張りという木製の板を貼り重ねた外壁などが挙げられます。その壁の下地は、割った竹を縦横に組んだ竹小舞に藁などの天然素材を混ぜた土が何層にも塗り重ねられ、表面は漆喰や新建材などで仕上げられています。

土壁
地震で土壁が崩れ落ちた建造物。その下地に組まれた竹小舞から、かつては地産地消で家を建てていた古きよき時代を思う。

地震の揺れで倒壊した壁面を眺めていると、悲しみがこみあげてくる一方で、その見事な構造や手仕事に見入ってしまいます。ここで暮らしてきた先人の知恵の結晶とも言える建築様式や左官技術であるけれど、被災した家の荷物は崩れ落ちた土壁まみれ。まだ使えるもの、もう使えないもの、カビたりサビたりしているもの…その状態を確認し選択していく作業は思った以上に時間がかかります。

時雨の晴れ間に掛かる虹。それは色とりどりの希望の光

それぞれの物に感情がともない気持ちが揺れ動いて、色んな味の涙が止まりません。早く漆の仕事を再開したいのに思うように進まず、片付けや掃除の反復作業に何をやっているのかよく分からなくなります。たまに荷物全部を大きなトラックにまとめて積んで、どこか遠いところへ現実逃避したい衝動に駆られます。

暮らしの再建に向けて町のなかを行ったり来たりする作業を繰り返すうち、秋がどんどん深まっていきます。この時期の北陸の日本海側らしく、空は灰色の雲で覆われ、突然雷が鳴って時雨れています。その晴れ間にかかる虹を見かけると、荒っぽい天気に翻弄されながらも「この道を進んでいこう」と、色とりどりの希望の光が心のなかにじんわりと差しこんできます。

虹
引っ越し作業の合間に時雨が止み、隆起した浜辺から隣りの集落を眺めると、大きな虹がかかっていた!
photography by Kuninobu Akutsu

秋山祐貴子 Yukiko Akiyama

 

神奈川県生まれ。女子美術大学付属高校卒業。女子美術大学工芸科染専攻卒業。高校の授業で、人間国宝の漆芸家・故松田権六の著作『うるしの話』に出合ったことがきっかけとなり漆の道に進むことを決意する。大学卒業後、漆塗り修行のため石川県輪島市へ移住する。石川県立輪島漆芸技術研修所専修科卒業。石川県立輪島漆芸技術研修所髹漆(きゅうしつ)科卒業。人間国宝、小森邦衞氏に弟子入りし、年季明け独立。 現在輪島市黒島地区で髹漆の工房を構えた矢先に、1月1日の震災に遭遇する。

 

 

 

関連リンク

 

秋山祐貴子ホームページ

 

『輪島便り~星空を見上げながら~』とは…

 

輪島に暮らす、塗師の秋山祐貴子さんが綴る、『輪島便り~星空を見上げながら~』。輪島市の中心から車で30分。能登半島の北西部に位置する黒島地区は北前船の船主や船員たちの居住地として栄え、黒瓦の屋根が連なる美しい景観は、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されてきました。塗師の秋山祐貴子さんは、輪島での16年間の歳月の後、この黒島地区の古民家に工房を構え、修復しながら作品制作に励もうとした矢先に、今回の地震に遭いました。多くの建造物と同様、秋山さんの工房も倒壊。工房での制作再開の目途は立たないものの、この地で漆の仕事を続け、黒島のまちづくりに携わりながら能登半島の復興を目指し、新たな生活を始める決意を固めています。かつての黒島の豊かなくらし、美しい自然、人々との交流、漆に向ける情熱、そして被災地の現状……。被災地で日々の生活を営み、復興に尽力する一方で、漆と真摯に向き合う一人の女性が描く、ありのままの能登の姿です。

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