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「映画に余白を残すことが大切」イザベル・ユペール、最新作『不思議な国のシドニ』に込めた思いとは?

  • 2025.1.1

どんなジャンルの、どんな時代の設定でも、イザベル・ユペールはいつもスクリーンの中の世界観にピタリとはまることに驚きを隠せない。20代はコスチュームプレイが多く、古典の世界観が似合ったが、ここ数年は、毒っ気が効いたサスペンスから、現代の女性たちをエンパワメントする軽妙なドラマまで、演技の幅はますます拡大し続けている。最新作『不思議な国のシドニ』では、自著のキャンペーンで日本にやってくる小説家シドニを演じている。行く先々で突如登場する亡き夫の幻影との邂逅、伊原剛志演じる編集者との間に立ち上がる仄かな恋心。コメディでもありラブロマンスでもある今作との向き合い方を聞いた。

――ラブロマンスだと聞いて『不思議な国のシドニ』を拝見しましたが、シドニが日本に行くのを逡巡しているファーストシーンや、関西国際空港に到着したときの警備員の誘導の仕草のおもしろさなど、この作品はコミカルな部分が多いですね。

シナリオにバスター・キートンの無声映画のような動きと書かれていたわけじゃなく、撮影の現場で決まっていった流れですね。特に空港の日本人の動きはユニークだけど、それはエリーズ・ジラール監督がその場で「これがいいわね」と決めたスタイルです。

――シドニは、フランスではとても素敵なマダムだと思いますが、日本に来たことで、その枠からはみ出していきます。少女時代に両親の死を経験し、その時から大人にならざるを得なかったのではないかとユペールさんを見ていて想像したのですが、京都、奈良、直島と旅をする中で、封印していた少女らしさが出てきた気がします。

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フランス人作家のシドニは、出版社から日本に招聘される。当初はあまり乗り気でなかった日本行きだったが、寡黙な編集者の溝口に案内され、日本の読者と対話しながら、桜の季節に京都、奈良、直島へと旅をする。そんな彼女の前に、亡くなった夫アントワーヌの幽霊が現れて......。

その質問は、監督のエリーズにしてほしいものね。私自身はシドニのキャラクターに関して、そこは考えていなかった。幼い時に両親を亡くして、その後も夫を亡くして。シドニがなぜ、死というものに向き合うような人物になったのか。おっしゃるような幼少時代の封じ込めがあったのか、その設定についてはエリーズに聞いてみてください。私もちょっと聞いてみます。余談ですけど、今年フランスで公開されたアンドレ・テシネ監督の『Les Gens d'à Côté』で演じた役柄でも、夫の亡霊が出てくるの。本作のようにメインの人物として出てくる幽霊ではないんだけど。それはいったい、なぜなんでしょうね。宗教と関わっているのか、スピリチュアルなものを求めている人が増えているのか。単なる偶然の一致なのか。私にはよくわかりませんけれども。

――ユペールさん自身は幽霊との邂逅や、幽霊との会話は起こりうると思いますか?

いいえ、信じない。エリーズも信じていないわよ(笑)。ただ、愛した人の記憶は信じます。でも、実際に愛した人の幽霊の存在は信じません(笑)。もし、そういうことがあったら、いい話ねって思うけど。

――私は今作を見て、本当に気を付けようと思ったシーンがありました。シドニが日本の記者やジャーナリストからインタビューを受ける場面が度々登場しますが、みな、目の前の作家への関心よりも、作家から受けた影響など自分語りを始めてしまう光景に、自制をこめて反省しました。ユペールさん自身、世界のあちこちでさまざまな人のインタビューを受けてこられました。相当、記者の方からの自分語りのエピソードを収集されているかと思いますが、いかがでしょう?

今作の話で言えば、愛しい人たちを失ったり、家族を失う体験というのは、福島をはじめ、東日本大震災だけではなく、いま世界中で、本当にいろんな人たちが感じている普遍的なものだと思うんです。だから、シドニにジャーナリストたちが自分の喪失の体験談を語りだすという行為はとても自然なことだと思う。そういう意味で、私はあの場面は全然、違和感がなかったと思いますね。周りの人の死を受け入れる・受け入れないという時点で、自分自身が、いつか死というものを受け入れなければいけないわけですよね。観念的な死というものは、誰にでもつきまとうもの。本当に身近な人の死で苦しむということもありますけど、いま世界中で紛争が起きているじゃないですか。日々、世界で生じている数々の死についても、私たちはやっぱり日々意識させられるもの。だから死について語ることはとても大切なことだと思います。

――なるほど。伊原剛志さん演じる編集者の溝口健三との関係性もワクワクしながら拝見しました。旅を通して少しずつ、距離が近づいていきますが、クライマックスのシーンが、ここではネタバレになるので詳しく言えませんが、意表を突く構成となっています。

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編集者溝口を演じる伊原剛志は、今回全編にわたってフランス語での演技を行なっている。

現実的な話で言うと、私たち、この映画に関してはそんなに予算がなかったので、毎日、早く撮らなきゃっていう使命があったわけです。でも、映画のいいところは、制約の中からクリエイティビティが生まれるってこと。今回、時間の制約があるから、エリーズはああいうラブシーンにしたのか、そこの狙いは私にはちょっとわかりませんが、偶然の幸運というか、1時間で全シーンを撮れてしまったの。制約が思いがけないオリジナリティを生んだっていうシーンですよね。だって、私自身は映画を見ていてラブシーンが出てくるといつも「ああ、退屈だな」って思っちゃうから(笑)。成功したラブシーンを観るのは稀でしょう。今回のラブシーンは、時代性を設定していないように思う。あれは現在形の出来事なのか、ひょっとしたら未来に起こる予兆なのか。それとも、過去のことなのか。そういうテンポラリティを指定していないところが、すごくオリジナルでいいなと思うところなの。

――シドニと溝口が静けさの世界に閉じ込められたような印象を受けました。

本作には、シドニと溝口がタクシーに乗るシーンがとてもたくさんあります。後部座席にふたりで並んで座っていて、ほとんど言葉を交わさないですよね。で、いざ交わす言葉としては、あまり確信をついていないような言葉ばかり。それが今回の作品では生きていると思います。

――ユペールさんとしては、今作の溝口健三のような大変なシャイボーイはどう思いますか?

まだ、答えは出ていません(笑)。今作は、前もってすごく話し合って出たきた演技というより、本当に自然な形で演技しあっているんです。たとえば、空港について、健三がシドニのスーツケースをぱっと手に取って、ものすごい速足で歩いていくでしょう。あれは伊原さんが突然、そう動き出して、彼はとても背が高い人ですから、早足って言ったら本当に早足で、私みたいな小柄な人間は小走りしないとついていけない(笑) 。あそこはそうしようって決めたわけじゃなくて、本当に伊原さんがああいう走り方をしたんですね。

――なるほど!観ている側からすると、健三は目の前に現れた実物のシドニにドキッとして、照れを振り切るようにはしたんだろうかなど、さまざまな解釈が可能ですよね。彼は言葉が少ない人ですが、逆に感情は動作に豊かに現れるような印象を受けました。

健三が、ほとんど言葉数が少ないっていうことが、観客に想像させる余地をたくさん残していると思います。シドニのハンドバッグをぱっと奪い取るような仕草もするでしょう。あそこも何かを雄弁に語っていると思わせますよね。それが本作のいいところかな。台詞で全部説明してしまうと、そこで想像の余地は終わりになってしまうでしょう。

――ユペールさんは2021年の第34回東京国際映画祭で審査員長を務められ、会期中、濱口竜介監督とトークイベントに出演されました。その時のユペールさんの映画史の知識量があまりにも豊穣なので、濱口監督がユペールさんのことを「ユペール監督」と言ってしまった瞬間がありました。ユペールさんは濱口監督に、彼の『ハッピーアワー』(2015年)の撮影当時にアマチュアだった4人の主演女優達の素晴らしさを語り、同時にあの年、演技経験のないアマチュアの方を審査員として主演女優賞に選んでいます。俳優にとっての経験値についてはどうお考えですか?

私自身は演技をする時に経験や、それまでのキャリアは、その時々の作品の演技の良さを決定づけるものじゃないと思っているんです。その証拠に、いままで全然演技したことない子役だって素晴らしい演技を見せる作品がたくさんあるでしょう。じゃあ、自分のように経験を重ねた者はどうなのかというと、私はやっぱり映画というものを信用しているんだと思います。もちろん私自身は演技をするときに何か節約するような、最低限で済ませるってことは絶対にない。でも、やりすぎもしない。そうすることによって、映画に余白を随分と残すことが大切だと思っているので。そうすることで、実際に作品となった時、私のミニマリストの演技が効いてくると考えています。だから、私の演技方法は足し算というより、引き算の理論ですね。

――映画史の知識についてはどう考えられますか?日本の男性の映画監督たちと話す中で、俳優は別に映画を観なくていい、僕らが演出するんだからという方々もいて討論になったことがあります。ユペールさんのご意見を伺いたいです。

あら、映画の知識なんて要らないわよ。

――え?そうですか?

あのね、想像力、イマジネーションというのは、自分の部屋に閉じこもっていても飛翔するものです。そのいい例が、私も演じたことがありますけど、『嵐が丘』を書いたブロンテ姉妹。彼女たちはお屋敷から出ないで、あれだけの作品を作り上げることができたんですから。私は、女優は引きこもりであっても、想像力さえあればやっていけると思っています。 ただ、矛盾したことを言うかもしれないけれど、私自身は引きこもって、閉じこもっていていいかというと、そうじゃないの。私は、本当の女優として、やっぱりいろんな人に会うことが必要だと思います。私はすごく好奇心が強い。いろんな人と出会って、自分の中にいろんなアイデアが生まれ、そういう形で私のキャリア、女優としての道が自ずと出来上がったから。私は先程、引きこもっていても女優になれるといいましたけど、自分自身のパーソナルなケースで言えば、人との出会いで気付かされたことがたくさんあるといえるでしょう。

イザベル・ユペール_オフィシャル©️masahiro miki.jpg
Isabelle Huppert/俳優1953年、パリ16区生まれ。舞台やテレビでの活動を経て71年に映画デビュー、78年『ヴィオレット・ノジエール』、2001年『ピアニスト』でカンヌ国際映画祭女優賞を受賞、16年の『エル ELLE』ではアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた。その他多くの作品に出演。09年のカンヌ国際映画祭と24年のヴェネチア国際映画祭では審査委員長を務めた。

『不思議の国のシドニ』

●監督/エリーズ・ジラール

●出演/イザベル・ユペール、伊原剛志、アウグスト・ディールほか

●2023年、フランス・ドイツ・スイス・日本映画

●96分

●提供/東映

●配給/ギャガ12月13日(金)より、シネスイッチ銀座ほか、全国にて順次公開

https://gaga.ne.jp/sidonie

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