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光をデザインする/龍崎翔子のクリップボード Vol.68

  • 2024.12.12

龍崎翔子<連載コラム>HOTEL SHE, 、香林居、HOTEL CAFUNEなど複数のホテルを運営するホテルプロデューサー龍崎翔子がホテルの構想へ着地するまでを公開!

光をデザインする/龍崎翔子のクリップボード Vol.68

私たちは、物そのものを見ているのではなく、光を見ているのだと気づいたのはいつ頃だろうか。なんの変哲もない街角が、美しい光に包まれただけで見違えるように思えるのはなぜなのだろうか。ある写真家が、「被写体ではなく光を撮っている」と言っていたのを、私はよく思い出す。昔はあまりピンと来なかったその言葉の意味が、身に染みるように腑に落ちたのは、香林居の開業前の、ある昼下がりのことだった。

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長きにわたる工事を終えて、竣工したばかりのビルに入りひと部屋ずつ確認して回っていた私は、仕上がった部屋がなんだかもの寂しく、がらんとして素っ気なく感じられることに焦りを覚えていた。高額な建築費をかけてリノベーションをしたのに、すべて図面通りのはずなのに、空間に納得がいかないなどということがあっては許されない。開業間近で、今から修正することも叶わない。でも明らかに何か物足りない。そんな私の猛烈な不安に気づいた建築家の長坂さんは、「カーテンが入ったらまた印象が変わるから安心して」となだめすかしてくれた。泣きそうな気持ちになりながら半信半疑でその場を後にした翌日、果たしてその言葉の通り、窓際と浴室にファブリックが設置された後の空間は、昨日とは全く異なる表情をしていた。

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淡いピンクとグリーンの偏光のカーテンが、金沢の薄靄がかった街の光を室内に取り込み、空間を朧げに、それでいてレフ板のように滑らかに美しくみせていた。あまりの美しい光景に驚いて語彙を失っている私に、「カーテン入れると全部持っていかれるの悔しいわあ」と言いながら、長坂さんは苦笑いしていた。間取りも、仕上げも、家具も、天気も時間帯も何も違わない。ただカーテンが窓辺にかかり、ファブリックを通して光が差し込むだけで、空間全体が全く異なる印象を纏い出す。私たちは空間を見ているのではなく、空間を満たす光を見ているのだった。

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思えば、カーテンとは光を遮る物だった。少なくとも私の家においては。刺繍が入った厚手の花柄のカーテンに、白いレーヨンのレースカーテン。幼い頃は、暖かい光に満ちたレースカーテンが、そよ風に呼吸するのを眺めるのが好きだった。そして、カーテンを閉じると、昼間でも辺りは真っ暗になった。カーテンとは、光を遮り、人の視線を遮るものだと思っていた。初めて、カーテンは光を形作るものだと知った。

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オフィスをリノベーションすることになった時もそうだった。築30年の4階建ての一軒家。大きな吹き抜けのガラス窓を覆うように、全長5メートルのカーテンをオートクチュールで製作していただいて、窓辺に吊り下げた。大がかりなリノベーションは特にしていないけれど、それだけで、散らかったオフィスに情緒と美意識が宿るような気がした。

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カーテンとは、光を遮るものではなく、光を彩り、空間を満たすためのものなのだ。そのことに気づくのに、どれだけ時間がかかっただろう。私たちは、光の反射を通じて世界を見ている。なのであれば、美しい光の反射する世界は、さぞ美しく見えることだろう。つい最近、自宅のカーテンを変えた。目隠し用の遮光布から、向こう側が透けるギリギリの透明度の、玉虫のような輝きを帯びた乳白色のカーテンへ。吊り下げてからしばらくして、部屋に入ると、空間全体が天国のような淡い光に包まれていた。引っ越したばかりの殺風景な部屋が、極楽浄土の光を帯びる。そして気づく、これこそが、ファブリックの生み出す景色なのだ、と。

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プロフィール

龍崎翔子
龍崎翔子

龍崎翔子/SUISEI, inc.(旧:株L&G GLOBAL BUSINESS, Inc.)代表、CHILLNN, Inc.代表、ホテルプロデューサー
1996年生まれ。2015年にL&G GLOBAL BUSINESS, Inc.を設立後、2016年に「HOTEL SHE, KYOTO」、2017年に「HOTEL SHE, OSAKA」を開業。
2020年にはホテル予約システムのための新会社CHILLNN, Inc.、観光事業者や自治体のためのコンサルティングファーム「水星」を本格始動。
また、2020年9月に一般社団法人Intellectual Inovationsと共同で、次世代観光人材育成のためのtourism academy "SOMEWHERE"を設立し、オンライン講義を開始。2021年に「香林居」、2022年に「HOTEL CAFUNE」開業。

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