1. トップ
  2. 恋愛
  3. 先祖からの贈り物。ありふれた名字でも存在するのはあなたしかいない

先祖からの贈り物。ありふれた名字でも存在するのはあなたしかいない

  • 2024.12.12

「元気な女の子ですよ」
病室に響き渡る元気な産声。私は生まれた。

◎ ◎

その時、母は、きっと安堵した表情で名前を言ったのだろう。

生まれ落ちた子は、必ず素敵な名前は付けてもらえる。だが、名字は決まった物を使わなければならない。

シンプルかつ、風景を想像できる、日本人にはぴったりな名字に、どう名前を組み合わせるか、非常にセンスが問われる。

だから、母は私の名前をつける時に、ひどく頭を悩ませた。「ずっと幸せでいてほしい」「そこまで苦労せずに生きてほしい」と願ったらしい。

身内は皆、神を信じるタイプである。
字画が悪ければ厄が多いだの、一晩中考えつづけた結果、名字がネックになり、決まらず「そういった専門の方」に頼んだとか。これは後に聞いた話である。

◎ ◎

因みに私の名字は「岸」である。
正直、そこまで悪くはない。端的すぎでないし、呼びやすいし。
だが、小学生から、岸さんが呼び易すぎて、名前で呼んでもらえないことが多い。
洗濯機を「せんたっき」と呼ぶように、岸さんは「きっさん」と簡略化されてしまう。

名字が4文字以上、また名前が3文字以下ならば、確実に名前で呼んでもらえるのに、と、小学生の頃、帰宅途中の道で不意に思い出し、少し拗ねたこともあった。

あの憧れのアーティストの名字だったらせめて、とか、総理大臣の名字だったら、など、叶わぬ妄想をしては、くすくす笑っていたりした。

◎ ◎

そして月日は経ち、今、私は人生の4分の1くらいの所を歩んでいる。
名字について考えるキッカケになったのは、19年と少し人生を歩んでいたくらいの頃だった。

男っ気がなく、可愛らしさのカケラもない、幼い頃には全く想像できない事だが、私に彼氏ができたのである。

「結婚できれば、名字が変わるね」なんて先も約束できないことを言っては、私は顔を赤らめて嬉しそうに笑った。これが幸せというものか、という反面、縦社会に苦しめられ、将来に対しての不安が募っていった。

◎ ◎

本当に疲弊した時に、もし名字が変わったらどうなるんだろう、と先の人生を考え始めた。

昔の人から受け継いだこの名字をやめ、他人の先祖からいただいて、新しく生まれ変わると言っても過言ではない。結婚=第2の人生というのも、少し名字が関係しているのではないかと思ったりした。その人の名字を名乗ることにより、リセットされた始発点から、また新たに歩みを進める……。
これが、「名字が変わる覚悟」というものか。

それに、今までの自分の名字が入った思い出が、まるで他人のような思い出になってしまうのではないのか、と少し思ったりした。

◎ ◎

なんとなく名字のことが引っかかり、母にその事を尋ねてみたら、意外と違和感はないらしい。

それに「数回書類の氏名の部分に、間違えて旧姓を書いた時は、嬉しくて。笑いながら旧姓を書き換えたわ」それに……「幼少期に頑張っていた頃や、名誉がリセットされる訳ではないよ」と、ゆっくり笑い、私の頭を撫で、あの頃を懐かしみながら話した。

その中で、旧姓のまま生きていく人がいる、というニュースを小耳に挟んだが、それもそれでいいと思う。生まれ持った定まったものを、死ぬまで大切にするのはとても良いことだ。きっとどこかで、名字生みの親が良かったと胸を撫で下ろしているに違いない。

◎ ◎

名字は、選べないからこそ、味がある。ありふれた名字であっても、存在するのはあなたしかいない。
与えられた名字、名前はあなたがいる証。その名字が変わらなくても、変わっても、あなたの一部として、大切にしてね、と。

「選べない」素敵な贈り物をもらったあなたへ。

■明日翔のプロフィール
バイト2つ掛け持ち、まあまあ多忙な音大生。寝る、描く、書く、弾く事が趣味。バンドも好きで、サザンオールスターズをこよなく愛している。大の柴犬好きだが、犬アレルギーで飼えない。
X @kuwata_ero

元記事で読む
の記事をもっとみる