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彼の一言で、思い入れのない名字が人生を共にする相棒に変わった

  • 2024.12.11

それまで私は、大して自分の名字に興味を持ったことがなかった。金子。いたって特徴もなければ珍しくもない。気に入っている訳でもない。というか特別この名字を気に入るような要素がない。

◎ ◎

小学生の頃は「金」なんて漢字が名前に入っていると、他者から、まるでお金に目が無いがめつい家族なんて思われているんじゃないか、なんて思ったりもした。「お金の子」なんて、知らないうちに私の代名詞になってしまっているのかも。もしかしたら恥ずかしいのかも。なんて勝手に怯えた。

ちなみにクラスメイトにカネゴンなんてあだ名をつけられたときには(1週間ほどで自然消滅したが)いろんな意味で、乙女心が確かに傷ついていた。

とはいえ、先祖代々受け継がれてきた名字である。あまりにも否定的な感情を持つのは失礼にあたるだろう。幼いながらそんな風にも考えた。だから当時あれこれ金子について考えてからというもの、否定も肯定もしないで済むように、名字に特に関心を持たないようにしたし、関心がなくなった。

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月日が経ち、学生時代。当時付き合っていた彼に言われた。「金子の中には猫が隠れているよね」と。確かに。名字に関心が無さすぎてそんなこと1ミリも考えたことがなかった。大の猫好きな私が、20数年間この名前と共に生きてきて気がつかなかったことに我ながら驚いたし、ついに好きな人によって名字を好きになるときが来たのかと、ちょっと心が震えた。「お金の子」というイメージから猫のイメージへ。なんとも可愛いらしい名前じゃないか。

こう見えて大分ロマンチストな私は、好きな人に下の名前を呼ばれると毎回のように胸がときめいていたが、やっぱり名字を呼ばれてときめいたことはなかった。だから、ああついに、好きな彼によって名字もときめき要素の仲間入りか。なんて考えた。

考えたが、やっぱりときめかない。まあ、そんな簡単に長年持っていた印象がコロッと変わることもないだろう。私でさえ気がつかなかったくらいだ。好きだった彼に猫を見つけてもらったことは奇跡みたいなもので、世の中の金子に対する印象が猫になる訳ではない。金子に隠れている猫はだいぶ奥深くにいる。

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繰り返すが、私は自分の名字を否定したり、拒絶したりしている訳ではない。特別思い入れがない分、できれば何かの機会に、より好きになれたら良いなというくらいである。ご先祖様から頂いた名前に大して少々上から目線に感じるかもしれないが、要は、単純にこの名字を好きになりたいのだ。

彼とアニメ映画の企画展に行った後、私たちはカフェで一休みをした。企画展の感想を思いの向くままに話す私をお構い無しに、彼はスマートフォンの画面を睨んでいた。何やら細かい操作が必要なようだ。私の一人語りも尽き、薄まったアイスコーヒーのグラスに残った氷をストローでコロコロと転がしていた。すると、彼が満面の笑みでスマートフォンを差し出した。そこにはアニメ映画『猫の恩返し』のポスターに入り込めるよう作られたフォトスポットでの写真が写っていた。芝生に寝転んだ私の上に縦書きで『猫の恩返し』と書かれている。そして『猫の恩返し』の文字の上には「か」の文字が。「か猫の恩返し……」。ふふ、と、思わず吹き出した。この画像を見ているうちに、ただ、知らないうちに人間を癒す気ままな猫のようになれたらいいな、なんて思ったりした。

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彼によって、いつしか、ただ貰っただけだと思っていた金子という名字が人生を共にする気さくな相棒へと変わっていった。私の中の金子に対するイメージに彩りを加えてくれた彼に感謝である。だからいつも、誰かに感謝を伝えたいとき、行動で示したいとき、心の中で私は「か猫の恩返し」とつぶやく。

今日も共に、大切な誰かのために、目指すは、金子(か猫)の恩返し。

■shu-haのプロフィール
会社員。都内の大学院で文学研究をしていたが、社会勉強と生きていくために就職。社会の厳しさに立ち向かう日々。なぜが気づいたら大阪にいる生活。

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