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あえて「ツッコまない」勇気/ツッコミのお作法⑥

  • 2024.12.9

「いま上半身だけ空の上にいるんですか?」 「いや上半身だけ空にいたとしてもシャツは空色のプリントにならねぇよ」

ランジャタイ国崎さんに会うと、僕の衣装であるグラデーションシャツをいじるこのやりとりが高確率で発生します。国崎さんとはお客さんが10人もいないライブに出ていた頃からテレビでも共演するようになった今に至るまで、すでに8年を超える付き合いです。その間、このくだりがウケたことは一度たりともありません。普通はウケるから色んなところでやるはずなのですが、あの人はスベればスベるほどそれを繰り返すという習性を持ちます。僕は一切そういった癖はないのでなんとかウケようとツッコミのワードを変えてみたりもしましたが、毎回ちょうど同じくらいスベります。しかし、どんな場面であっても国崎さんが走り出しちゃったら追いかけるしか選択肢はありません。絶対にウケないとわかっていてもツッコむのが礼儀です。まあそんな礼儀以前に、スベりにいってる時点で周りには失礼なんですけどね。

国崎さんに限らず、僕はいまだにシャツのグラデーションをいじられ続けていますが、それをありがたいと思えるのは僕が芸人だからです。社会全体では、見た目に対するいじりは「よろしくない」という認識が広まってきていて良い傾向だと思います。そもそも「いじり」というのは関係性ありき。関係性ができあがっている人から言われる分にはOKだけど、そうでもない人に言われたら「ん?」ってなることが大半だと思います。僕だって初対面で「モブキャラ顔ですね」とか言われたら……「助かるなあ」と思いながら「誰が量産型フェイスなんですか!」とツッコみますね。ごめんなさい、僕はもう感覚が麻痺しちゃってて参考にならなそうです。

でもそういった社会の変化や、関係性ありきという大前提を全部見落として、失礼ないじり方をしてくる人ってまだまだいますよね。なんなら自分が失礼なことを言っているという自覚がない人の方が多いかもしれません。だいぶ悪質なケースです。

そういうときに、ツッコミでうまいこと返すのもひとつの手です。たとえば、久しぶりに会った友達からいきなり「ちょっと太った?」とストレートに聞かれたら、「そうそう。年々ちょっとずつ増えててさ、ほぼ『天然ミネラル麦茶』よ」って返せばちょっとした笑いはとれるかもしれません。

ただ、そういうときに無理に頑張って返したりツッコんだりする必要はないと僕は思います。失礼ないじりにうまいこと返せてしまうと、いじってきた相手が「自分が面白いことを言ったから面白い流れができた」と勘違いしてしまうリスクがあるんですよね。要は相手を調子に乗らせてしまうというか、結果としていじりがエスカレートしてしまう可能性もあると思います。僕はそれが仕事につながるからいいんですが、普通の社会ではうまく返しすぎるのもいかがなものかと思っています。自分次第でこいつをウケさせることもスベらせることもできるんだぞというマインドくらいでちょうどいいかもしれません。

冗談か本気かわからない相手には無理してツッコまない

この連載のタイトルは「ツッコミのお作法」ですが、ツッコまなくていいときはツッコまないのもお作法といえそうです。

たとえば、そういうシチュエーションとしてほかに思い浮かぶのが、「相手がボケてるのか真剣に話してるのかわからない」という場面。これは日常生活でも結構ありますよね。「冗談? 本気? どっち?」というやつです。

そういうとき、僕はいったん「本気」ととらえて話を真剣に聞くことにしています。相手も本気だったらそのまま真面目に話せばいいだけですし、冗談だった場合には「いや、真剣に聞いちゃいましたよ」「騙されたわ」と受け身が取れます。相手の真意を自分が汲み取れなかったという方向に持っていけるので、なんだったらちょっと可愛げも出ると思います。

ここで最初からツッコミを入れてしまうと、どうしても茶化している感じが出てしまいます。相手も冗談のつもりだった場合はセーフですが、「いや、本気で言ってるんだけど」と返されたときのリカバリーはかなり大変です。万が一この状況に陥った場合におすすめなのがシンプル謝罪です。とにかく誠意のこもった「ごめんなさい」で許してもらいましょう。ツッコミでどうにかする方法?あるかあ!

■ツッコミ例 「真剣に聞いちゃいましたよ」 ■ツッコミ名称 ツッコミ保留 ■解説 冗談か本気かわからないことを言ってくる相手に対し、まずはいったん真面目に話を聞いてみるという、ツッコミを保留するスタンス。ダ・ヴィンチWeb

冗談のつもりで話している相手に「いったん本気で聞いてみる」を選択した場合、「冗談が通じないな」「真面目かよ」と返してくる人もいるかもしれません。でもこの「真面目かよ」って、かなり悪質な返しだと思うんです。「ツッコミのお作法」でいうならだいぶ無作法。だって本来、真面目なほうが絶対いいんですから。真面目が悪になるケースなんてタカアンドトシさんの漫才以外であってはならないんです。そういった「故意の真面目」以外でそういうこと言われても気にする必要はまったくありません。僕はそっちの方がよっぽど人間として好きです。まあ、僕に好かれたところでなんですけどね。

バラエティ番組の現場は常に「チーム戦」

お笑いの世界でも、無理してツッコもうとしないほうがいいシーンは確実に存在します。

最近、とある番組に呼ばれたときに「絶対に無理して前に出ないでください」とスタッフさんから事前に言われました。過去になんとか笑いをとろうと無理して前に出た人がいて、うまくいかなかったことが多々あったんだろうなという口ぶりでした。とにかく無理しないようにした結果、ひな壇でじっとしていたら収録が終わりました。ギャラ泥棒をしてしまって申し訳ない気持ちもありますが、スタッフさんとしては無理されるよりはよっぽどよかったのかなとも思います。

この仕事をしていてよく思うのが、バラエティ番組はチーム戦だということです。全員が均等に笑いを取るのはなかなか難しいし、ましてや「自分が絶対いちばん笑いを取る」と勇んだところでなんとかなるものではありません。

「今日の流れとここまでのパフォーマンスでいったら、今日はAさんが点を獲るぞ。BさんやCさんはその分目立たなくなっちゃうけど、番組としては絶対にそっちのほうがいいな」

みんながそう考えている中で「いや、俺はAさんより笑いをとれる」とBさんが出てきたらチームの邪魔になってしまいますし、また新たに流れをみんなで構築しなければならなくなります。

ある日『マルコポロリ!』(カンテレ)を観ていた時のこと。その回に出演していたサツマカワRPGが場の流れを止めてすこし前の話に戻して自分のフィールドに持っていこうと試みていましたが、その時はあまりうまくいってませんでした。僕もサツマカワの気持ちはよくわかるし、収録も終わりが近づいていてなんとか最後に笑いをとりたかった一心だったと思います。ただ、運が悪かったのがスタジオに永野さんもいらっしゃったということ。サツマカワの行動にスイッチが入った永野さんは激昂します。

「今こうやってお前が変なこと言って、スタッフさんも盛り上がっているように見えるけど、みんな終わりに向けて音を出してるだけで、別にウケてるわけじゃないからな。お前今日、新幹線で泣いて帰れよ!」

こんな澱みない罵倒、初めて見ました。現にサツマカワはこの日泣きながら東京に帰ったとのこと。かわいそうに。しかしこの一連がとても面白かったことからその後もマルコポロリ内でたびたび取り上げられ、結果的にサツマカワの人柄や可愛さが出て良い方向に転んだと思います。しかしこれはだいぶレアなケースで再現性はかなり低く、基本的には無理せずじっとしておくのが吉です。近くに永野さんがいる場合は特に。

仕事においてはときに前に出すぎないのも大事

「自分が自分が」で現場を乱す人と、「今日は何もできなかったな。置物になっちゃったな」という人だったら、たぶん後者のほうが次にまた呼ばれる可能性が高いと思います。スタッフさんは「笑いをとってほしい」「個性を活かしてほしい」と思い、それができるという信頼があるからこそ我々を呼んでくれています。そこで奮わなかったとき、芸人としては「期待に応えられなかった」と反省しますが、スタッフさんはスタッフさんで「出ていただいたのに輝かせられなかった」と反省されることがあるそうです。

その話を初めて聞いたとき、「こんな親身になってくれていたんだ」と気づきました。そこからは「絶対に爪痕を残すぞ」と力むことなく、チームとして番組が盛り上がることを優先して考えられるようになりました。それからというもの、ただ自分が前に出られなかっただけなことを「番組のためだ」という言い訳で慰めるようにもなってしまったので考えものですね。

ひとつの番組が人生のすべてではありません。お笑いでいうところの“かかってる"状態、つまりは意気込みすぎて空回りしている若手に対して「今日売れようとすんな」みたいなツッコミがよくありますが、本当にそうなんだと思います。

バラエティという特殊な場の話が普通の社会でどれだけ応用できるのかわかりませんが、必ずしも常に周りをさしおいて「結果を出そう」と思いすぎなくてもいいんじゃないでしょうか。それで普通に減給とかされちゃったらすみません。

ダ・ヴィンチWeb
番組収録中に相方のお抹茶と一枚

(取材・文/斎藤岬)

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