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だから闇バイトに誘われた…時給1万円でPS5購入にかり出されたごく普通の大学生が持っていた"資格"

  • 2024.12.9

フリマサイトなどで誰でも簡単にできてしまう転売。しかし、営利目的で継続すれば、違法性が問われる。フリーライターの奥窪優木さんは「ごく普通の大学生が企業などに就職せず、転売ヤーになったきっかけは、ある会員資格を持っていたため、LINEでPS5の購入に動員されたことだった」という――。

※本稿は、奥窪優木『転売ヤー 闇の経済学』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

ごく普通の大学生が職業として「転売ヤー」を選ぶまで

「秋葉原のヨドバシカメラに9時までに来れますか?」

都内に住む男子大学生SがそんなLINEのメッセージで目を覚ましたのは、2022年3月下旬、土曜日の朝7時半のことだった。授業のほとんどがリモートになって以来、これほど早くに起床することがなくなっていた彼は、メッセージの送り主に気づくまでに数秒を要した。

メッセージを送ってきたのは、1カ月ほど前にSがたまに覗くLINEのオープンチャット上のカメラ関連コミュニティで、求人募集を連投していた人物だった。

ビジネスマンと電話
※写真はイメージです

オープンチャットとは、LINEのアカウント名やIDを知られることなく、参加者同士が匿名でコミュニケーションを取ることができる掲示板のような機能である。

「経験不問 商品仕入れの簡単な補助業務 即金でお支払い」

コミュニティの会話の脈絡と無関係に書き込まれる投稿に反応する者はいなかったが、Sは興味をそそられた。アルバイト先の飲食店から、新型コロナによる時短営業を理由にシフトを削られ、収入減に陥っていたからである。興味本位でその投稿に記されていたリンクをクリックすると、『曹宝』と名乗るLINEアカウントに繋がった。

「アルバイトの件に興味がありまして」とメッセージを送ると、すぐに「既読」が付き、数分後にはこう返信があった。

「ヨドバシのクレジットカードは持ってますか?」

LINEのオープンチャットで「闇バイト」に誘われる

曹宝が言っているのは、ヨドバシグループの「ゴールドポイントカード・プラス」のことである。

しばしばカメラ用品を購入するSは、入会費も年会費も無料のこのクレジットカードの会員になっていた。おそらく曹宝も、カメラ関連コミュニティならこのカードの会員も少なくないだろうと踏んで、投稿をしたものと思われる。

会員であることを告げると曹宝からは、

「ヨドバシカメラで商品を代理購入してもらう仕事です。1時間以内に終わります。報酬は1万円です」

と送られてきた。

なんとなく怪しさを感じ、返信せずに曹宝とのやり取りを終えた。先方からもそれ以上のメッセージが送られてくることはなかった。

ヨドバシカメラの会員限定販売でPS5を買うミッション

それから1カ月ほど経った土曜日の早朝に曹宝から突然送られてきたのが、くだんのメッセージだ。

飲食店のバイトのシフトも元には戻っていない。幸いこの日は予定もない。秋葉原までは、自転車と電車を乗り継いで40分ほどで行ける距離だ。

「行けます」

彼はそうLINEで返信した。

急いで寝癖を整えて着替えを済ませ、まさに玄関を出たちょうどその頃、曹宝から新たにLINEメッセージが届いた。

「今日購入していただくのはプレイステーション5の通常版です。価格は5万4978円ですが、ヨドバシのクレジットカードで買えますか?」

2020年11月にソニーが発売したプレイステーション5(PS5)。その人気のほどはもとより、世界的な半導体不足もあって1年半たっても需要に供給が追い付かず入手難が続いていた(なお、2023年1月30日、同社はPS5の供給量増加を発表し、その後、不足は緩和している)。

2022年3月当時は、大手家電量販店での購入は「自社発行のクレジットカードによる支払に限る」という条件が付けられていることがほとんどだった。購入履歴が残り、転売目的の複数購入を防ぐことが目的だ。

「PS5を購入したらヨドバシの地下駐車場に持ってこい」

そこで曹宝は、ヨドバシの「ゴールドポイントカード・プラス」の保有者を集め、彼らの名義でPS5を代理購入させようというのだ。

「買えますか?」というのは、クレジットカードの限度額以内に収まるかどうか、という意味だ。学生であるSに与えられたショッピング限度額は10万円。ふだんこのカードを使っておらず、この月も与信枠がそのまま残っていた。

とはいえ、なかなかの高額商品である。Sはマンションの駐輪場へ向かいながら逡巡した。「購入したはいいが、買い取ってもらえなかったらどうしよう」。しかし、その気になれば返品・返金が可能であると考え、「買えます」と答え、自転車にまたがった。

Sがヨドバシカメラ・マルチメディアAkibaの正面入口にたどり着いたのは8時45分頃のことだった。営業時間前のようで、入口のドアは開いているものの店内は薄暗く、買い物客の姿はない。

秋葉原
※写真はイメージです

ここまでの道中に受信した、曹宝からのLINEには“ミッション”が書かれていた。

「到着したら6階にあるゲーム売り場行って、列に並んでください」
「購入したら商品とレシートを持ってB3Fの駐車場に来て、この車を探してください」

練馬ナンバーの黒い箱バンの写真も添えられていた。

クレカ会員限定の販売でも転売ヤーは潜り込める

まごつくSを尻目に、開け放たれた入口から中へと入って行く人たちがいた。彼らの後に続き、売り場の奥へと進んでエレベーターに乗り込む。他の同乗者も行き先は6階だった。

エレベーターを降りると、「プレイステーション5ご購入の最後尾はこちらになります!」と繰り返す店員の声が耳に入った。声がする方へ進むと、店内を縫うように続く行列が目に入った。ざっと数えても60~70人はいる。この頃、年明けからの新型コロナウイルス流行の第6波がようやく小康状態となっていた。都内の桜の名所が3年ぶりのにぎわいを見せているということはネットニュースで知っていたSだったが、実際にこれだけの人だかりを見るのは久しぶりだった。

Sは到着する前まで、はるかに混沌とした光景を想像していた。秋葉原までの電車の中で、「ヨドバシカメラ秋葉原 PS5」とスマホで検索し、約1年前に同店舗で起きた事件について知ったからだ。

2021年1月、同店で行われたPS5のゲリラ販売会場で、購入を求める客が殺到し、乱闘騒ぎにまで発展していた。この騒動後にゴールドポイントカード・プラスによる購入という条件が課せられたのである。

それ以来、同様の混乱は起きていない。そういった意味では、この条件導入は一定の効力を発揮しているようである。ただ、Sのような転売目的の購入者が紛れていることをみると、転売ヤー対策としてはあまり効果がないのかもしれない。

元締めはゲリラ販売の情報を素早くキャッチしている

ともあれSは、エレベーターの同乗者たちに続いて行列の最後尾に加わった。午前9時になると、レジカウンターに店員が配置され、PS5の販売が始まった。

この時期は、同店をはじめ大手家電販売店でのPS5のゲリラ販売は土日や祝日の早朝に行われることが多かった。販売情報は、前夜や当日早朝といったギリギリのタイミングで各店舗がそれぞれ公開しており、いくつかのサイトやTwitterアカウントが、それらをまとめていた。そうした情報を日々チェックする根気強さと、ゲリラ販売を察知するとすぐに店舗に向かう行動力がなければPS5を入手することは不可能だった。

列に並んでいるのは、20~30代の男性が中心だが、初老の男性や若い女性の姿もチラホラと混じっている。

スマホゲームで時間を潰しつつ、列が進むのを待っていたSがレジカウンターにたどり着いたのは、販売開始から40分ほどしてからのことだった。

PS5を受け取って1万円くれたのは生粋の日本人ではない?

Sの頭に一抹の不安がよぎっていた。それはいつかネット記事で見た、転売対策についてだった。希少性の高いトレーディングカードやプラモデルの販売時に、本物のファンにしかわからないような商品にまつわるクイズを出題して、転売ヤーを排除するというものだ。

この時、店員がSに尋ねたのは「通常版かデジタル・エディション(ディスクドライブを持たない廉価版のこと)か」という質問だけで、購入の資格を問うようなクイズが課せられることはなかった。ゴールドポイントカード・プラスで決済を済ませると、すぐに紙袋に入れられたPS5が渡された。

ホッとしたのもつかのま、Sはミッションがこれで終わりではないことを思い出し、エレベーターで地下3階へと向かう。

地下駐車場
※写真はイメージです

指定された車はすぐに見つけることができた。その車の近くに、Sの手にあるものと同じ、PS5が入った紙袋を提げた先客が2人立っていたからだ。

近づくと、助手席のドアから男性が降りてきて、先客の2人から紙袋とレシートを受け取った。それに倣い、Sも自身の紙袋とレシートを男性に渡す。男性は車の荷台のうえで、3つの紙袋から箱を取り出し、それぞれ開封して中身を確認した。荷台の奥には、数十箱というPS5がぎっしりと積まれているのが見えた。

中身の確認を終えた男性は、先客とSの3人に、それぞれ封筒を突き出し、「お金、確認してください」と告げた。そのイントネーションは、ネイティブの日本語話者とは違うクセのあるものだった。

封筒の中に入っていたのは、6万4978円。PS5通常版の購入代金に謝礼の1万円を加えた金額だ。当初聞いていた通り、代理購入のアルバイトは1時間以内に終了した。時給にして1万円。飲食店のアルバイトの時給と比べれば、8倍以上の金額であり、Sにとって美味しい話には違いなかった。

「自分でフリマサイトで売ればもっと儲かった」と気づく

こうして一人の転売ヤーが生まれた

しかし、Sは帰りの電車でスマホの画面を見ながらほぞをかんだ。自分が代理購入したPS5が、一体いくらで取引されているのか、フリマサイトで検索したのである。

すると、PS5の通常版(ディスクドライブ搭載版)が10万円を超える金額で取引されているではないか。ディスクドライブを持たない廉価版のPS5デジタル・エディション(当時の定価は税込み4万3978円)も、取引価格は9万円を超えている。先ほど購入した商品を、ヨドバシの地下駐車場にいた男に渡さず、自身でフリマサイトに出品していれば、取引手数料や送料を引いても、利益は3万円ほどにはなったはずだ。

買えるのは1回きり、情報弱者だった悔しさで転売ヤーに

割のいいバイトでホクホクした思いは一転、Sは取りそこなった2万円が、急に惜しくなってきた。同時に、「次こそはフリマサイトで自分で転売してやる」という闘志が湧き上がって来るのだった。

奥窪優木『転売ヤー 闇の経済学』(新潮新書)
奥窪優木『転売ヤー 闇の経済学』(新潮新書)

帰宅してからSは、PS5のゲリラ販売情報をネットで探しはじめた。すぐに、秋葉原のヨドバシではほぼ毎週末、PS5の販売が行われていることが分かった。

ところが、不都合な情報も目に入ってきた。「過去にPS5の購入履歴がある人は再購入できない」という事実である。Sの名義のゴールドポイントカード・プラスでは、秋葉原店だけでなく、全国のヨドバシ店舗でPS5の再購入は不可能なのだった。

Sは、自分の名前を盗まれたような気がして再び憤慨した。これほどあからさまに経済的に搾取されたと実感したのは、初めてのことだった。そして、自身の情報弱者ぶりを恥じた。

ヨドバシがダメでもビックカメラの会員になればいい

しかし、Sには希望も残されていた。ビックカメラの各店舗でも、ヨドバシカメラとほぼ同じペースで、PS5のゲリラ販売が行われていることが分かったのだ。条件もヨドバシと同様、「自社グループ発行のクレジットカードでの購入に限る。但し、過去にPS5の購入履歴がない人のみ」である。

Sはさっそく、「コジマ・ビックカメラカード」のオンライン申込ページへと進み、入会に必要な情報を打ち込んでいった。

これが、普通の大学生だったSが転売ビジネスに足を踏み入れることになったいきさつである。

奥窪 優木(おくくぼ・ゆうき)
フリーライター
1980年、愛媛県生まれ。上智大学経済学部卒。ニューヨーク市立大学中退後、中国に渡り、医療や知的財産権関連の社会問題を中心に現地取材を行う。2008年に帰国後は、週刊誌や月刊誌などに寄稿しながら、「国家の政策や国際的事象が末端の生活者やアングラ社会に与える影響」をテーマに地道な取材活動を行っている。2016年に他に先駆けて『週刊SPA!』誌上で問題提起した「外国人による公的医療保険の悪用問題」は国会でも議論の対象となり、健康保険法等の改正につながった。著書に『中国「猛毒食品」に殺される』(扶桑社刊)など。ツイッターアカウントは@coronasagi

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