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「嘘偽りのない私でなければ」素直になって自分に好物を問いかけた結果、思い浮かんだ思い出の味/好きな食べ物がみつからない④

  • 2024.12.9

『好きな食べ物がみつからない』(古賀及子/ポプラ社)第1回【全6回】 自分が本当に好きな食べ物がわからなかったエッセイストの古賀及子さん。「好きな食べ物はなんですか?」この問いに、あなたはうまく答えられますか? 自分のことは、いちばん自分がわからない。どうでもいいけど、けっこう切実。放っておくと一生迷う「問い」に挑んだ120日を、濃厚かつ軽快に描いた自分観察冒険エッセイ『好きな食べ物がみつからない』をお届けします。

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『好きな食べ物がみつからない』(古賀及子/ポプラ社)

嘘をやめて素直になる

自分を表明することは自分をよく見せようとする欲といつも隣り合わせだ。有名人が経歴を詐称し発覚してニュースになるのをたまに見るが、小5のあの日好きな食べ物をアボカドと言った行為も同じ、つまり詐称だった。

自分を開示するときにつきまとう、どうしても出てくるちょっと盛りたい気持ち、あれは本当にあぶない。足をすくわれる。よく見せたい、ウケたいという麻薬には、やはり手を出してはいけない。アボカドは、おそろしい食べ物だった。

精神の統一が必要だ。私は嘘偽りのない私でなければならない。難しく考えず、心を空っぽにして素直になることから好きな食べ物をあらためて探しはじめよう。

とにかくひたすら無垢になる。そうして好きな食べ物を思い浮かべてつかまえたい。

両足を肩幅に開いてすっと立ち、足の裏で大地の息吹を感じながら全身をゆるませる。ただ純粋に好きだと、食べ物を思い浮かべたときに自然に胃が動くのは何か。脳と胃に光るその食べ物とは……。

……。

……。

……。

……もしかして。

……ぼんやり見えてきたこれは……。

……チーズケーキか!?

きみとぼくとチーズケーキの思い出

20代前半のころ、付き合っていた人とクリスマスの当日にケーキを買おうとデパートの地下の洋菓子コーナーに行った。どのテナントもケーキは予約で完売で、でもチョコレートケーキで有名なトップスのブースで「チーズケーキでしたらご用意があります」と、ひとつ売ってくれた。

濃厚なレアチーズケーキだった。丁寧に砕いて固められたクッキーの土台に、レアチーズ部分がクリームで覆われてのっている。上部は美しくも控えめにデコレーションがなされ、小さい塊ながらずっしり重い。

買うだけ買って行くあてもなくて、12月の終わりで寒かったけれど、公園のベンチに座ってふたりの膝と膝のあいだに置いて食べた。味がおいしくて、状況は楽しくて、細く長方形の形のチーズケーキは両端からどんどん減った。乾いた空気の風が少し吹いて、夜だった。チーズケーキは真っ白で雪みたいに、街灯に照らされて白飛びして見えた。

精神を統一し、仁王立ちして自分自身に「好きな食べ物は」と問いかけた結果浮かんだのが、この思い出だった。

子どものころはそうでもなかったはずなのだけど、クリスマスの記憶がきっかけか、それとも単に味に目覚めたのか、私にとっていつからかチーズケーキは好んで食べるもののひとつとして輝き続けている。こってりした乳と発酵による奥深い味わいの向こうに甘さと酸味が成立しているのがいい。

先日このトップスのチーズケーキを久しぶりに食べたところ、当時のままの味で感動した。ちょっと懐かしい、トラディショナルで真面目な味がする。フレッシュで、レモンの風味がしっかりしている。

世界でいちばん濃厚なケーキだと、それくらい過激な印象があったけど、重いケーキがいくらでもある今食べると驚くほどではない。国内で最高層であった霞が関ビルが今や他の建造物におされてむしろ小さく見えるみたいなことか。けれどその分、伝統的な生真面目さからくるレモンの果実感が特長として迫る。

チーズケーキを好きな気持ちを、他の店のケーキも食べて確かめたい。

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