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国民が愛した西田敏行 “治外法権”なアドリブ芸と隠し切れない愛嬌を持った名優の足跡を振り返る

  • 2024.12.9
「ロケーション」 (C)1984松竹株式会社
「ロケーション」 (C)1984松竹株式会社

【写真】国民の心を癒した西田敏行“浜ちゃん”と三國連太郎“スーさん”コンビ

2024年10月17日、西田敏行の突然すぎる訃報に日本中が驚いた。俳優として国民的人気を博した西田。さまざまな作品で強烈な印象を残し、愛嬌ある笑顔が見る者を惹きつけ、お茶目で飾らない人柄が愛された大人物だ。彼の足跡を振り返ると、死後もなお語り継がれる名作タイトルが両手で収まらないほど挙げられる。俳優として歩んできた西田の輝かしい人生を、この機に深く掘り下げていく。

順風満帆な俳優人生と、そこに生まれたハマり役

西田は幼いころから映画俳優に憧れ、役者の道を志した。中学生を卒業してすぐに、故郷・福島の“なまり”を矯正するべく上京。学校生活を経て舞台役者として活動をはじめる。当初は銀幕のスターに憧れていた西田だったが、映画演技を学ぶ前に“基本の演技ができていなければならない”という考えから舞台へ足を踏み出したのだそうだ。

そうして始まった西田の俳優生活は、本人いわく「順風満帆もいいところ」だった。最初に所属した劇団こそ短命だったが、次に所属した青年座は食事代・交通費も出る旅公演がメインの劇団。間もなく同劇団で主役に抜てきされた西田は、その後もNHKの連続テレビ小説への出演を皮切りに数多くのドラマや映画で姿を見せるようになる。

言わずと知れた猪八戒役のドラマ「西遊記」、横溝正史の映画「悪魔が来りて笛を吹く」では金田一耕助を演じ、映画「ロケーション」ではピンク映画のカメラマンとしてお茶目さと愛嬌を振りまいた。次々にその実力で作品をヒットさせた西田は、本人が言うとおりの順調な俳優人生を歩んでいく。なかでも西田最大の当たり役と言えば、国民的映画となった「釣りバカ日誌」シリーズだ。

同作で西田が演じたのは、趣味の釣りを愛する万年平社員“浜ちゃん”こと浜崎伝助。ドラマ「北の家族」でも“大工の源さん”と親しまれた西田だが、“浜ちゃん”の人気ぶりは一線を画している。

そんな浜崎の会社社長・三國連太郎演じる“スーさん”こと鈴木一之助との間で結ばれた面白おかしい絆と縁が魅力的な同シリーズ。1988年にスタートした第1作から2009年の「釣りバカ日誌20 ファイナル」まで20本ものタイトルが劇場公開され、さらに「釣りバカ日誌スペシャル」「花のお江戸の釣りバカ日誌」の特別編を含め全22作という長寿作品となっている。その愛されぶりから、2019年には濱田岳が“浜ちゃん”、西田敏行が“スーさん”を演じる形でリメイクドラマが放送されたほど。

共通の趣味を持ち、平社員と社長という立場を超えて絆を育んだ浜ちゃんとスーさん。もちろん最初は「相手が誰だか知らずに気安く接していた」という状況なのだが、これが視聴者の立場からするとハラハラドキドキさせられる。さらに浜ちゃんの能天気な性格や小気味良いせりふ回しも相まって、思わずクスッとさせられてしまう。

昭和の名作「男はつらいよ」が家族や周りの人々とのつながりを扱った人情モノというなら、「釣りバカ日誌」は平成の人情喜劇。勘違いやすれ違い、相手を思いやってこそのトラブル…といった要素は共通するものの、より計算された喜劇らしいタッチが目立つ。

また「釣りバカ日誌」は、平成という時代に起きたさまざまな問題を映画のなかでも描いている。視聴者の身の回りで起きている現実の事件を浜ちゃんたちはどう感じたのか、どう乗り越えていくのか…という視点もまた「釣りバカ日誌」の醍醐味だ。視聴者と状況をリンクさせることで世界観に奥行きを持たせ、喜劇らしい笑いで小さな希望を覗かせる。うす暗い気持ちのときこそ見たくなる、そんな造りが同作を国民的人気作まで押し上げたのかもしれない。

西田敏行の顔

西田と言えば「浜ちゃん」…というイメージが先行してしまいがちではあるものの、もちろん西田が取り組んだ役のなかにはさまざまな顔がある。たとえばドラマ「おんな太閤記」で演じた豊臣秀吉の役では欲と猜疑心にまみれてしまった秀吉の晩年を、「アウトレイジ 最終章」では迫力ある暴力団役を、ドラマ「ドクターX」では絶大な権力を笠に着た傍若無人な院長役を演じた。

そのどれもが強烈なインパクトを残す名演ではあったものの、やはりどうしても“浜ちゃんからのギャップ”という意味で暴力団役の作品が印象に残っている人も多いはず。だがそうした役の面白いところは、迫力ある役柄とせりふのなかでも時々にじみ出てしまう西田の愛嬌にある。

映画「ゲロッパ!」では、間もなく収監されることが決まった暴力団の組長・羽原の役を務めた西田。収監されることを機に組を解散させると宣言したかたわら、「25年前に生き別れた娘」と「ジェームス・ブラウン(JB)の公演」だけが心残りだと漏らす。そしてそれを聞いた子分たちが、親分のために「JBの誘拐」を企てるというひと騒動を起こしてしまう…という物語。

ドスのきいた関西弁で迫力をかもしだす西田だが、あえてのオーバーな演技によって上手くコミカルさを演出している。特に羽原の娘を想う気持ちを聞いたタクシー運転手と一緒になって泣いてしまうシーンでは、顔どころか体全体で“泣きの演技”を披露。泣きすぎて運転もままならなくなった運転手を助手席に移動させ、客なのにタクシードライバーの帽子をかぶって運転しようとする姿はどこまでアドリブなのだろうか。

とはいえこうした西田が持つ隠しきれないほどの愛嬌は、やはり役とリンクしたときに大きく映える。「釣りバカ日誌」はいわずもがな、1996年に公開された映画「虹をつかむ男」も西田らしさが大きな武器になった作品だ。

西田敏行の味

同作は渥美清の逝去にともなって終了した「男はつらいよ」に代わる正月映画として公開された。吉岡秀隆など「男はつらいよ」の出演メンバーもそろっており、監督は山田洋次という豪華編成。西田が演じたのは、古びた映画館「オデオン座」を経営する白銀活男という人情味あふれる男だった。

吉岡演じる平山は就職に失敗して旅をしているうちに、白銀に出会う。そこでバイトとして働くのだが、そのうち白銀が想いを寄せていた女性が再婚するという話を聞いて映画館「オデオン座」を閉館すると言い出し…。

名作映画を上映する「オデオン座」を経営するだけあって、白銀の映画愛は半端なものではない。まさに自身が演じる勢いで魅力を説明するシーンは1度や2度ではなく、その度に西田迫真の演技を目の当たりにできる。

同作でも西田のコミカルさはこれでもかというほど輝いており、田中裕子演じる未亡人・八重子との一幕が印象深い。銀幕で見た海外映画の感想を感慨深げに語る八重子。その言葉をそばで聞いていた白銀は、なぜかか細い声で「うん…」「感動…」と繰り返すのだ。その直後の「これが映画や!」と目を輝かせて語る弾んだ声色と併せて、西田の表現力の幅を思い知らされるというもの。

「虹をつかむ男」は第2作「虹をつかむ男 南国奮斗篇」も公開されるなど人気を博すのだが、そこには西田の味ともいうべき武器が強く作用しているように思う。それが彼の茶目っ気からくるアドリブ力だ。

“西田といえばアドリブ”と言われるほど、アドリブの演技を楽しむことで知られていた西田。さまざまなシーンで飛び出す自然なひと言だが、実はそこに監督も脚本家も意図していなかったせりふや演技が混じっていたりする。共演したキャストが「ジャズみたい」と驚くほど、演技が乗ってきたときに繰り出すアドリブのバリエーションは多かったという。

せりふならなんとなくわかりそうなものだが、良く知られているのが「白い巨塔」の一件。しゃべりながらカツラを直したり、はたまたなぜかカツラを反対につけてきて突然戻したり…とやりたい放題だ。「ドクターX~外科医・大門未知子~」で共演した内田有紀の残した「西田敏行さんは治外法権です」という言葉が印象深い。

西田が遺した名作ドラマ・映画は数多い。そのなかでも今回取り上げた複数の作品が、CS放送「衛星劇場」にて放送予定。西田を語るうえでは欠かせない「釣りバカ日誌」のなかから「釣りバカ日誌7」が12月9日(月)深夜3時ほか、「釣りバカ日誌8」が12月13日(金)午前10時15分ほかに放送となる。

さらに「虹をつかむ男」(12月27日[金]夜6時)、続編「虹をつかむ男 南国奮斗篇」(12月27日[金]夜8時15分)、「ロケーション」(12月28日[土]夜11時40分)、「ゲロッパ!」(12月28日[土]朝10時30分)など、西田の魅力が詰め込まれた作品群を「追悼 西田敏行」として特集。名と技を作品に込めて後世に託した西田を悼むにあたっては、彼の愛した作品たちを見ながらというのもいいだろう。

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