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関係性が崩壊した父の記憶を呼び戻すのは、油をかぶったようなあの匂い

  • 2024.12.9

油をかぶって何日も放置した匂い。
いわゆる加齢臭や色々と頑張った証である汗の匂い。

一般的には臭い、嫌なにおいと言われる部類に属するという人が多いとは思うが、私にとっては思い出の匂いでもある。

◎ ◎

以前執筆したエッセイの中にもチラホラと書いてはあるが、私はとんでもなく家庭環境が悪かった。父親はDV、母親はヒステリック。そんな中でも私は両親が大好きであった。今でもそれは変わらない。

父と母はよく私の頭の上で喧嘩をしていたが、その中でも度々理由として上がるのが歯磨きと洗濯であった。父は歯を磨く際に嗚咽が酷かった。嘔吐反射が強めだったのだ。私も、うがいや歯医者での治療が結構辛いからおそらく遺伝的に喉が弱かったのだろう。

まぁそれにしてもとんでもない音量と回数の嗚咽がカエルの合唱のごとく、朝の7時から始まるのだ。母が心配して「病院に行ったらどう?」とか、「こういう風にしたら緩和するらしいよ」とか言うことはもちろんなく、それを合図に世界のどんな目覚ましよりもけたたましく効果的な怒鳴りあいが始まる。根本的に夫婦関係は破綻していた。

朝から仕事や学校が憂鬱だという人もいるだろうが、私は家にいる方が憂鬱だったため、いつも早く起きてささっと準備して1時間は早めに学校へ着いていた。

◎ ◎

そしてもう一つが洗濯。
基本的には家族みんな一緒くたに、衣類の分別もほとんどされずに洗濯されていた。思春期になったら始まるというお父さんとは洗濯物一緒に洗わないで!が私は発動しなかったのでそれは特に気にならなかった。

しかし、母が一緒に洗濯したくない病を発症してしまった。

元々、鉄工所で働く父の作業着はさすがに油だらけなので分けていたが、普段着までも一緒に洗いたくないと言い出した。

まぁたしかに加齢臭はあったし、作業着も決していい匂いではなかった。だけど別に無理という程ではなかった。これはおそらく私と父は血が繋がっているからなのだろう。父と母は夫婦ではあれど元は他人だ、匂いがどうしても許せなかったのかもしれない。

毎日のように臭い、汚いと母から聞かされ、私はそちらの方がしんどくて右から左へ受け流していた。

◎ ◎

そしてまあその他の理由も重なった結果、両親は離婚し母について行くことになった。あれからもうちょうど10年くらい経つ。

父とは14歳の頃から1度もあっていない、これから会う気もない。やはりDVされた記憶や父の思想はとても共感できないからである。

だけどたまに電車で、街中で、店の中で。あの油をかぶったような匂いを嗅ぐと父を思い出す。

父は今何をしているんだろうか。1人で暮らしているのか、はたまた別のパートナーがいるのか。今もあの場所に住んでいるのだろうか?

会う気はないがふと心配になる瞬間が出てくるのだ。

◎ ◎

正直言うと顔も声もちょっと朧げになり始めている。
連絡先も消してしまったから連絡もとれはしないし、写真もほとんど残っていないし、地元から遠く離れて生活しているし、両親ともに交友関係も広い訳では無かったため誰かを通して噂すら聞くこともない、まさに絶縁状態なのだ。

なのに匂いとは不思議なものである。一瞬で蘇るのだ、いい記憶も嫌な記憶も。

事実、証明だってされているらしい。声から忘れて最後に残るのは嗅覚。匂いなのだと。

◎ ◎

厄介なのは、そんなに特別な匂いではないということだ。
どこかのブランドの何とかという香水だったら幅は狭かっただろうに。
ほんとに普通の加齢臭だったり汗の匂いだったりする。

街のいたるところからから同じ匂いがすることがある。

いい匂いであり嫌な匂い。頭の中にとんでもない量の映像が言葉が感情が出てくる。複雑だけど私は現在それでしか父親の存在を感じ取ることが出来ない。

嬉しいような悲しいような、忘れられない匂いである。

■吉田朝美のプロフィール
劇団で演者として活動、その後舞台裏方に転身 友人の影響でタロット占いをスタート 占いの世界にどっぷりとはまりSALON MOON SERENE設立 Instagram:assami_yoshida

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