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「また振られた!」慶応卒・外銀勤務の29歳女。毎回同じ理由で、彼氏に振られ続け…

  • 2024.12.9

恋に仕事に、友人との付き合い。

キラキラした生活を追い求めて東京で奮闘する女は、時に疲れ切ってしまうこともある。

すべてから離れてリセットしたいとき。そんな1人の空白時間を、あなたはどう過ごす?

▶前回:「インスタ副業してる?」上司に疑われた28歳女。窮屈な職場への嫌気から、ある行動に…

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鎧をはずせる場所/咲菜(29歳)「代々木上原の銭湯」


「え?今、別れるって言った?」

隼人の言い方があまりにも軽く、早口だったから、咲菜は聞き違えたのかと思った。だいたい、2週間ぶりの恋人からの電話が別れ話だなんて、酷すぎる。全く予感していなかった出来事に、咲菜は呆然となった。

「いや、俺だってこんな結果は嫌だけど、いつも思うんだ。咲菜に俺って必要?って」

「必要だよ。隼人に会えるのを楽しみに、毎日仕事してるんだもん」

とにかく引き留めたい一心で「隼人が自分にとってどんな存在か」を思いつく限り言葉にした。咲菜は、外資系証券会社に勤めているが、2年前に投資銀行部門に異動になってからは、確かに隼人との時間は思うように取れていない。

毎晩咲菜が帰ってくるのは24時過ぎ、そして翌朝6時には会社のデスクに座っている。いわゆる激務だ。

IT企業に勤務している隼人は、週2出社で残りは在宅ワークという生活スタイルで、時間的に咲菜よりもはるかに自由がきく。

彼と付き合って3年になるが、あまりにも時間が合わないことは、咲菜だって自覚していた。

スマホを耳に当てたまま、咲菜はソファにダイブし、天井を仰いだ。

今日みたいにたまに早く帰って来た日に、こんな電話を受けるなんて、ツイてないにもほどがある。

また、隼人に思いとどめてもらうには、何を言えばいいのか考えながらも、会えないことが理由で別れを切り出した彼が腹立たしかった。

そして、またか…と咲菜は思った。

いつも自分の前を去る男が言い残す言葉。「俺、要る?」

咲菜が慶應大学の法学部を卒業し、外資系の証券会社に就職してから7年が経つ。来年30歳。区切りの歳だ。

会社での評価は高く、時々同業他社からハンティングの声もかかる。そんな自分自身の力や価値を知るために、時々人材派遣会社の面接を受けることもある。

― 私を欲しい会社はあっても、私を必要な男性はいないのか…。

これまで恋愛の終わりを、仕方がないものと受け入れてきた。泣いて落ち込んだり、仕事に支障を来すようなことはない。

確か、隼人の前に付き合っていた彼は、海外赴任が決まったからといって、当然のように別れようと言ってきた。

「だって一緒にこないだろ?」と。

もちろん、彼の言うとおり、別れたくないからついて行く、という選択肢は、咲菜の中にはなかった。

隼人との関係もそうだ。

「会えないから別れたい」と言われても、時間が自由になる仕事に転職するつもりはないのだ。

激務でも、咲菜は仕事が楽しい。自分のポジションに責任を持っているし、これから学びたいことだってたくさんある。

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とはいえ、いつか結婚はしてみたいという気持ちがないわけではない。ただ、咲菜の中で、絶対に譲れない条件があるのだ。

その条件とは、結婚するなら咲菜が何も諦めなくてもいい人と結婚する、ということ。例えば、家事が分担できず咲菜の時間ばかりが削られたり、仕事のやり方を変えなくてはならないような結婚はごめんだ。

そういう意味では、隼人は諦めざるをえない。

「わかった。今まで、ありがとう」

咲菜は、物分かりよく隼人からの電話を切った。

そして、深いため息をつきながら、ソファから立ち上がった。冷蔵庫から飲みかけの白ワインを取り出し、グラスに注いだ。

そろそろと一口含み、ちゃんとワインの味がすることを確認してから飲み干した。

― 年末に、彼にフラれるなんて寂しい…。

グラスに少しワインを注ぎ、バルコニーに出てみる。ひんやりとした冬の空気を頬に感じながら、4階から通りを眺める。

咲菜が住む渋谷区大山町は、瀟洒な住宅が立ち並ぶ閑静なエリア。

通り向かいの住宅の窓からクリスマスツリーの電飾が瞬きするように煌めいているのが見える。しばらくぼーっとそれを見ていると体が冷えてきた。

― シャワーしよ…。

室内に入り、バスルームに行く。

しかし…。

― お湯…出ないんだけど。

いくら待っても、シャワーはお湯に変わらない。咲菜はイラつきながらバスローブを羽織り、管理会社に電話をした。

咲菜のマンションは、電話は24時間受付ではあるが、さすがに修理をこの時間によこすのは難しいという。

「だからって、明日は一日中仕事だし、立ち合いできないし、今日来てくれないと困るんですけど!」

ヒステリックに電話口でクレームを並べるが、無理なものは無理だった。だが、気分をすっきり切り替えるために、お風呂には入りたい。

― どうしよう…。ジムにシャワーだけ浴びに行くかな。

咲菜は、ジムバッグに着替えをつめ、家を出た。



咲菜はこの分譲マンションを4年前に購入した。

オフィスのある虎ノ門からほどほど離れていて、落ち着いた住環境だ。そして方南町にある実家にも近いとあって、即決した場所だった。

咲菜は着替えをまとめ、マンションを出た。

代々木上原のジムまで、ひたすら暗がりの住宅街を下っておりていく。

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不意に後ろから自転車のライトに照らされ、咲菜は道路の端に寄りながら歩き続けた。すると自転車は、横を通り過ぎた少し先で止まった。

「咲菜じゃない?」

自転車に乗ったまま振り向く声の主に、咲菜は目を凝らした。

「櫻子!!何年ぶり?」

中学校の同級生の櫻子だった。ひとしきり再会を喜ぶと櫻子が尋ねた。

「咲菜、こんな時間にどこに行くの?」

「家のお風呂が壊れちゃって。実家に行こうと思ったけど夜遅いから、ジムのお風呂借りようか…」

突然、櫻子は咲菜の話を遮った。

「ナイスタイミング!私もお風呂行くところ!一緒に行こうよ!銭湯」

櫻子が意気揚々と、咲菜を誘う。

「えっ?銭湯?まさか櫻子んちもお風呂壊れたの?」

びっくりした様子の咲菜に、櫻子が答えた。

「違うよ。銭湯が好きなの。代々木上原の銭湯、知らないの?」

「行ったことないな。だって銭湯ってお年寄りとか、お風呂が狭い一人暮らしの人がいくイメージなんだけど」

咲菜が言うと、櫻子がガハハと笑った。

「ダメだ、咲菜はバリキャリで、人と会話できなくなってるって噂で聞いたけど、ほんとみたいだわ。ほら、行こ!一回行くと、癖になっちゃうから!」

しばらく歩くと、真っ暗な細い道に青白く光る看板が見えた。

連れていかれたところは、昭和の風情漂う銭湯。

敷地内のコインランドリーには多数の洗濯機が設置されていて、そこを通り抜けると入り口がある。

櫻子は慣れた様子で靴を脱ぎ、奥の番台で二人分のお金を払うと女湯の暖簾をくぐって行く。咲菜は辺りをキョロキョロと見回しながら、櫻子の後に続いた。

脱衣場はもうすぐ23時になろうとしているのに、混んでいた。

「え?こんなに人いるの?」

驚く咲菜に櫻子は言った。

「ここはちょっと有名な銭湯だからね」

櫻子は、この昭和風情あふれる銭湯に、週に何度か温冷浴をしにくるのだという。

「温冷浴?」

聞いたことがない言葉だ。

「今夜は咲菜に正しい温冷浴を伝授しよう」

櫻子は服を脱ぎ始めた。

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櫻子いわく、温冷浴とは、温冷交代浴のことで、熱いお風呂と水風呂を交互に入る入浴法。水とお湯の温度差によって血管が収縮し、自律神経に刺激を与えるそうだ。

交感神経と副交感神経がスムーズに働くようになり、疲労回復や、冷え改善、ダイエット、安眠、美肌など多くの効果が期待できる、と櫻子が言う。

浴場には、洗い場の奥に、電気風呂のほか、超音波風呂がある。

咲菜は、櫻子にならって髪をシャンプーし全身を洗ってから、櫻子の後について、超音波風呂の湯船につかる。

「あっつ」

寒い外を歩いてきたからなのか、家のお風呂よりもだいぶ熱く感じる。

「2、3分つかってから、隣の水風呂に移るよ」

水風呂は細長いL字型で、すでに2人の女性が首まで水につかっていた。

「つ、冷たい…」

咲菜はつま先を水につけるが、それ以上入る勇気が出ない。何しろ、今は12月だ。

「大丈夫よ。慣れてくると気持ちいいから」

櫻子は手桶をつかって足元に水をかけてから、水風呂の階段を下り、他の2人と同じように首まで水につかった。

それを見て咲菜も気持ちを奮い立たせ、体を水に沈める。すると、どうだろう。さっきまで、肌を刺すように冷たかった水が、まるで体を優しく包むかのように、熱った体を冷やしていったのだ。

咲菜はうっとりと目を瞑った。

何か考えようと思っても何も思い浮かばない心地よさだった。

「しばらくつかってると、冷えてきたなって感じるから、そしたらお湯の方に移ってみて。そうすると、また水に入りたくなってくるから」

お湯、水、お湯、水を体が欲するままに、繰り返すのだと櫻子が言った。

言われた通りにすると、交互に回数を重ねるにつれ、快感に変わっていった。

「櫻子、なんか癖になりそう…。岩盤浴やサウナとは全然違う。水風呂は確かに冷たいけど、ふわっとまとわりつくようなひんやり感。

湯船も気持ちいいんだけど、すぐに水につかりたくなっちゃう」

そして、二人は、1時間ほど温冷浴を楽しんだ後、銭湯を後にした。



「あー、お腹すいたな」

20時。いつもなら、一旦食事をして残りの仕事を片付けるところだが…。

― 今日は金曜日だし、銭湯行って締めたい!

食事をとらず、あと1時間だけ仕事をして、マッハで帰ることを決めた。

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櫻子に温冷浴を教えてもらってから、1ヶ月。今や咲菜は温冷浴のとりこだ。

咲菜にとって、隼人との別れのダメージは、思っていた以上に大きかった。彼と別れたら、プライベートのLINEはほとんどなく、彼がいなかったら自分には仕事しか残らないことを痛感した。

そんな時は、一人で銭湯に行った。

銭湯に行けば、誰かがいた。たまたま湯船に使ってた年配の女性に、相談を聞いてもらったこともある。

それに、温冷浴をした日はぐっすりと眠りが深く、翌朝スッキリと目覚めることができる。体調が明らかに変わった。

また、そのほかにも想定外の出来事が。

「あ、佐々木くんからLINEが来てる」

櫻子繋がりで、銭湯仲間ができたのだ。佐々木とは、代々木上原住みで表参道のヘアサロンに勤めている。

『23時くらいからファイヤーキングカフェで飲んでるからおいでよ。櫻子もいるよ』

『行く行く!』

咲菜は二つ返事をした。

櫻子の他にも、銭湯を愛する仲間が数人集うらしい。仕事も出身校も地元も全く共通点のないものたちが、ただ温冷浴っていう共通項だけで集まる夜…。

仕事以外の楽しみが増えるにつれ、オンとオフのメリハリがつけられるようになったみたいだ。恋愛だって自分に合わせてくれなければ、付き合わなくてもいい、って思っていたのに、今の咲菜は違う。

― なんであんな可愛げのないことばっか言ってたんだろう。

温冷浴で自律神経が整っている今だったら、もっと違う対応ができたのに、と咲菜は思うのだった。


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