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中華圏最大の映画賞「金馬奨」に見る台湾映画のおもしろさ。最多受賞『鬼才之道(原題)』は極上ホラーコメディ

  • 2024.12.8
映画『鬼才之道(原題)』より 写真提供:牽猴子股份有限公司
映画『鬼才之道(原題)』より 写真提供:牽猴子股份有限公司

【写真】人間を怖がらせないと消滅してしまうユニークな幽霊

11月23日、「台湾のアカデミー賞」といわれる中華圏最大の映画賞・第61回金馬奨(ゴールデン・ホース・アワード)の授賞式が開催された。

長編劇映画賞・監督賞に輝いたのは、国際的共同制作の『未完成の映画(原題:一部未完成的電影)』。台湾映画勢も充実の作品が並び、多様なおもしろさをアピールした。今回からそのなかから、筆者一押しの『鬼才之道(原題)』をはじめとする注目作をご紹介したい。

最多5部門受賞! 極上ホラーコメディ『鬼才之道(原題)』

「オバケは死なない」「試験もなんにもない」とは『ゲゲゲの鬼太郎』のテーマソング。しかし、映画『鬼才之道(原題)』に登場するオバケはあっさり死ぬ。

死後に現世をさまよっていたとしても、生前の自分を象徴する物品を処分されたが最後、30日後には消滅してしまうのだ。この世界にとどまるには、自分が人間を怖がらせる能力をもつ「価値ある幽霊」だと認められなければならない。つまり、こちらのオバケには試験もある。

若くして命を落とした女性幽霊・同學は、消えてしまいたくない一心で幽霊界へのデビューを図るも、取り柄と自信のなさゆえチャンスに恵まれずにいた。ある日、彼女は幽霊界の元トップスターで今は落ち目のキャサリンと、その男性マネージャーのMakotoに出会い、ブレイクを目指して猛特訓に励むことに。

ところが彼女は、現トップスター幽霊であるジェシカとキャサリンの対立や、さらには心霊系YouTuberの企みにも巻き込まれてしまう。果たして、同學は無事に自分の価値を認めてもらえるのか。そもそも、なぜ彼女は幽霊になってしまったのか?

幽霊の世界を芸能界・映画界になぞらえ、人間社会の悲喜劇を描き込んだホラーコメディで、金馬奨の公式上映では満員の客席が爆笑の嵐に包まれた。

『モンスターズ・インク』シリーズを彷彿とさせる設定だが、まさにピクサー映画さながらの間口の広さに、台湾発ローカル・ホラーの伝統と味わい、抱腹絶倒のユーモア、そして生きることのほろ苦さと愛しさを詰め込んだ極上のエンターテインメント。これでもかと笑わせたあと、最もバカバカしい瞬間にほろりと泣かせるのが心憎い。

金馬奨では長編劇映画賞・監督賞・脚本賞を含む11部門にノミネートされ、美術賞・視覚効果賞・アクション賞・主題歌賞・衣裳メイクアップ賞の最多5部門を受賞した。残念ながら主要部門の受賞は逃したが、この物語に説得力をもたらした世界観と、作品を支えたスタッフ陣のパワーが高く評価された形だ。

監督・脚本は、日本でも話題となった台湾ホラーの大ヒット作『返校 言葉が消えた日』のジョン・スー。飛び散る血しぶきやおなじみのホラー演出を逆手に取りつつ、短編時代に培ったコメディセンスを炸裂させ、さらに日本製ホラーへのオマージュまで盛り込んだ。

主人公の同學役は『返校』に主演したワン・ジンで、今回は身体を張りまくったコメディエンヌぶりを発揮。Makoto役は日本でも積極的に活動したチェン・ボーリンが演じ、キャサリン役のサンドリーヌ・ピンナは、シリアス・コメディの両面を巧みに演じ分けて金馬奨の主演女優賞にノミネートされている。

写真左:チェン・ボーリン、写真中央:サンドリーヌ・ピンナ、写真右:ワン・ジン 写真提供:牽猴子股份有限公司
写真左:チェン・ボーリン、写真中央:サンドリーヌ・ピンナ、写真右:ワン・ジン 写真提供:牽猴子股份有限公司

製作は、台湾映画には22年ぶりの出資となったソニー・ピクチャーズ。それゆえだろうか、本作は台湾映画の“らしさ”を濃厚に残しつつも普遍的なストーリーテリングが大きな魅力だ。

海外の批評家や観客にも絶賛されており、トロント国際映画祭のミッドナイト・マッドネス部門では観客賞次点に選ばれたほか、アメリカのファンタスティック・フェスト、スペインのシッチェス・カタロニア国際映画祭など各国の映画祭で賞に輝いている。

もちろん、日本でもヒットするポテンシャルを秘めている作品だ。配信で見られるようになるのもうれしいけれど、ホラーとコメディは映画館でたくさんの観客と一緒に観るのがいい。日本公開の実現を祈るばかりである。

せりふと演技で、映画はこんなにおもしろい『女兒的女兒』

映画『女兒的女兒(原題)』より。写真は母ジン・アイシャ役を演じたシルヴィア・チャン 写真提供:東昊影業
映画『女兒的女兒(原題)』より。写真は母ジン・アイシャ役を演じたシルヴィア・チャン 写真提供:東昊影業

『鬼才之道(原題)』とともにトロント国際映画祭に出品され、コンペティション部門を戦ったのが、巨匠監督ホウ・シャオシェンがプロデュースした『女兒的女兒(原題)』だ。金馬奨に先がけて、東京国際映画祭でも『娘の娘』という邦題で上映された。

同性愛者の娘ズーアルが、パートナーとともに交通事故に遭い死亡した――。台北に住む60歳の母親ジン・アイシャは、その知らせを聞きアメリカに飛んだ。そこでアイシャが知ったのは、ズーアルが体外受精を試みていたという事実だった。

娘たちが子どもを持つことに反対していたアイシャに、遺された受精卵をどうするかが委ねられた。代理母の出産後に引き取るか、養子に出すか。受精卵ごと廃棄するか、冷凍保存を続けるか。アイシャは、若い頃にニューヨークで養子に出したもう一人の娘・エマと再会し、大きな決断を迫られる。

監督・脚本は『台北暮色』のホアン・シーが手がけ、金馬奨のオリジナル脚本賞を受賞した。母と娘2人のぎくしゃくした関係、喪の作業、人工生殖、老後の生活、元夫との関係、そして認知症を患うジン・アイシャの母など、あらゆるテーマを一切の混乱なく物語に織り込んだ手腕には舌を巻く。

母ジン・アイシャ役を演じた名優シルヴィア・チャン(プロデューサーを兼任)は、金馬奨の主演女優賞にノミネート。ズーアル役のユージェニー・リウは、『オールド・フォックス 11歳の選択』などに出演する注目株で、同じく助演女優賞候補に選出された。

ズーアルの生前と現在、ふたつの時系列を行き来しながら展開する会話劇だが、娘の死という事件以外に大きな出来事は起こらない。しかし、チャン&リウとエマ役カリーナ・ラムという実力者3人の演技合戦が、全編にわたってひりひりとした緊張感を維持し、ささやかなユーモアで観客を惹きつける。

そして淡々としたやり取りの先に、母親の決断と、その先の未来が待っている。優れた脚本と演技の力で、映画はここまでおもしろくなるのかと膝を打つ秀作だ。

映画『女兒的女兒(原題)』より。写真は娘ズーアル役のユージェニー・リウ 写真提供:東昊影業
映画『女兒的女兒(原題)』より。写真は娘ズーアル役のユージェニー・リウ 写真提供:東昊影業

いま、台湾映画がおもしろい理由

惜しくも受賞や主要部門へのノミネートは逃したが、ほかにも金馬奨には見ごたえのある台湾映画が並んだ。

音楽部門(半野喜弘、Meuko! Meuko!)の候補となった『蟲』は、2019年の香港逃亡犯条例改正案を発端とする民主化デモと、台北の都市再開発を背景に、貧困化した少年たちが闇の仕事に手を染め、やがて取り返しのつかない悲劇へと転げ落ちてゆくスリラー。腐敗した政治家と大企業、裏社会という権力が、未来ある若者と古き良き町並みに襲いかかる。

日本の今にも通じる物語でもあり、台湾と中国の緊張関係をつねに意識させる野心作だ。監督は長編デビューとなった台湾系アメリカ人のKEFF(王凱民)で、よく練られた脚本とスタイリッシュな演出が冴える。発語障害を持つ主人公という難役を演じたのは、「HIStory3 那一天~あの日」の新鋭ウィルソン・リウ。共演者は注目株デビン・パン、名優ユー・アンシュン、歌手・俳優のマー・ニェンシェンと豪華だ。

短編劇映画部門にノミネートされた『囚犬(原題)』は、高校でクラス長を務める優等生の少女と、ヤンキーたちの“いじられ役”である少年の親交を描いた。監督のヤン・ハオシュアンは、2人の繊細な心理と、かけがえのない青春の時間を短い時間で的確に演出。しかしそれだけで終わらないのが本作の強みで、思わぬツイストが用意された後半では、集団の相互監視と冤罪のモチーフにより、戒厳令の歴史とその後の政治状況にも目配せする。

そのほか、『夕霧花園』のトム・リン監督が暴力的な父親を殺した娘とその母を描いた『小雁與吳愛麗(原題)』(助演女優賞をヤン・クイメイが受賞)、豪華キャストによる鬼才チョン・モンホン監督のサスペンス大作『餘燼(原題)』、日本統治下で太平洋戦争に参加した台湾の歴史に迫った約5時間の巨編『由島至島(原題)』(ドキュメンタリー映画賞を受賞)など、日本未登場の優れた作品が多数ノミネートされた。

現在の台湾映画界は、エドワード・ヤンやホウ・シャオシェンに代表される台湾ニューシネマの時代から長い年月を経て、現代にふさわしい、自分たちの表現を模索する才能が続々と登場している。歴史的・地理的・政治的に複雑な自国のアイデンティティを見つめ、アメリカやヨーロッパ、アジアなど世界各地の状況とカルチャーを咀嚼しながら、切実な社会問題に向き合ってゆく、“台湾ならでは”の新たな映画が続々と作られているのだ。

だからこそ、今の台湾映画はすこぶる刺激的でおもしろい。今年の金馬奨は、そのことをあらゆる角度から確認できる最良の機会だった。ここから台湾映画はどのような発展と進化を遂げてゆくのか、来年のノミネート作品も今から楽しみでならない。

文/稲垣貴俊

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