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思わず嗅ぐことをためらった、彼との始まりを象徴するあの香り

  • 2024.12.7

ついこの間、雑貨屋で香水を色々試していると、あの人の香りをいくつか見つけた。ちょっとくらい楽しかった想い出に浸れるかなと、嗅いでみたりもした。

◎ ◎

「あ〜こんなの付けてたな、こんな匂いだったっけ?」

別にどうも思わなかったし、意外と淡白な感情でいる自分に少し驚いた。

でもひとつだけ、どうしても手に取れない香りがあった。

彼がよく付けていたのは、エルメスの香水だった。爽やかで、大人っぽい香り。柔らかい雰囲気の彼にぴったりの香水だった。他にもいくつか付けていたけれど、彼も1番お気に入りだったのか、それを纏っていることが多かったし、わたしも1番好きだった。

たくさん嗅いだ。彼の首筋から香るフワッとした匂いは心が落ち着いた。

◎ ◎

それなのに、もう思い出せない。あれだけ嗅いだのに。大好きだったのに。その香りの記憶は別れて数ヶ月で消えてしまった。

でも、正直思い出したくない自分もいる。思い出したら、なんとなく心がキュッとなって、若干おセンチになってしまう気がする。

他の香水は嗅げたのに。嗅いでもなんとも思わなかったのに。その香りだけは、反射的に「嗅がないほうがいい」と思った。

◎ ◎

その香りだけ嗅げない理由。それはたぶん、彼との「始まり」の香りだから。

彼と初めて会った日、彼はその香水を付けていた。見た目が自分の好みだった、話しやすかった、という印象を受けた一方で、「めちゃめちゃいい匂いだな……」という香りのインパクトも強かった気がする。

彼は地元の人じゃなかったから、「都会の男の人はこんなおしゃれな匂いの香水を付けるのか……」と、そのときはほんの少しだけ構えてしまった。

だけれどその香りも、彼とお付き合いするようになって、いつの間にか安心感のある大好きな香りに変わった。

「今日付けてる香水いつもの?」

そう聞いて、横にいる彼のホワッとした笑顔を見るのも好きだった。

◎ ◎

エルメスの香水は、良い香りだと思う。でもわたしは、エルメスの香水じゃなくて、それを付けている「彼」から放たれるその香りを好きになっていたのだと思う。

初めて会ったときの香りは「エルメスの香水」だったけれど、時間が経つにつれて、その香りはいつしかわたしの中で「彼の香り」になった。この2つの香りは、完全に別物だ。

雑貨屋に陳列されているのは「エルメスの香水」だ。「彼の香り」ではない。だから嗅いだとしても、他の香りと同じように案外大丈夫かもしれない。

想い出がより詰まっているのは「彼の香り」だ。だけどその香りも、彼と会わない限り思い出すことはもう絶対に無い。まるで幻の香り。

◎ ◎

でも「エルメスの香水」も、わたしにとって彼との始まりを意味する、純粋で特別な香りであることは確かだ。

その純粋な香りを、彼との関係が終わっている今嗅ぐのは、ちょっと刺激が強くてキツい。初めて嗅いだときの、あのときめきとか、キュンとした気持ちを思い出すかもしれないと思うと、やっぱり嗅げない。少しでも「懐かしい」と思ってしまったら彼が恋しくなる気がする。

香りは忘れたけれど、彼との想い出は、たぶん完全にはなくならない。きっとラストノートみたいに、淡く、濃厚にわたしの中で残り続けるのだと思う。

■ももちゃんのプロフィール
ノーフードノーライフ。しめ鯖と酢もつが好きです。「毎日ゴキゲン」をモットーにしているおしゃべり好きな地方の会社員。

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