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静かに降る雪。27年付き合ってきたはずの四季に新しい色を見た夜

  • 2024.12.6

目を覚ますと、家の前の通学路を小学生が行き交う声が聞こえた。小学校低学年だろうか、春先には親に渋々手を引かれ、夏は地獄のような暑さの中帰宅していった彼ら。木枯らしが吹く最近は、ちゃんばらごっこをしているのか、歩道を縦横無尽に駆け回りながら登校している。

彼らの声が聞こえるということは、また寝坊したということだ。なかなか起きられないのは冬が近づいているからだろう。蹴飛ばしていた毛布を引っこ抜き、四角く整えて全身を覆う。

◎ ◎

小学生の頃から冬が嫌いだった。夏は門限が18時なのに、冬は1時間早まるから。日の長い夏には、時計を見ておらず19時まで遊んでしまったこともある。恐る恐る帰宅すると、親も「もうそんな時間!?」と驚き、怒られずに済んだ。

中学、高校と成長するにつれて、日が短くなっていく季節の物悲しさを感じるようになった。さらに、社会人になると「冬季うつ」という言葉を知る。小さな「冬は嫌い」の蓄積で、夏の終わりの切なさに心が焼けそうになる。

◎ ◎

あれは年末だったと思う。冬の寒い日を実家で過ごしていた。めったに降らない雪が降るらしく、リビングのストーブは1日中ゴーゴー音をたてている。

買い物に行くつもりだったが、この寒さに予定は変更。貴重な休みを食っちゃ寝に費やす。分厚い雲がかかった空に気持ちも沈み、「来年もよろしくお願いします!」なんて挨拶が聞こえるテレビ画面だけが色鮮やかで眩しい。

夕食を終え自室に戻ると、ヒーターをセットしていたはずなのにヒンヤリとしている。今日は一段と寒いし仕方ないと思いつつ、カーテンを閉めに窓へ向かう。そういえば、雪は降ったのだろうか。上京してからもう何年も、積もった雪を見ていない。

◎ ◎

窓を開け、恐る恐る顔を出すと、一面の雪景色が広がっていた。家の前の道路と空き地に、足跡ひとつ無い柔らかな雪のベールがかかっている。見慣れない光景をじっと眺める間にも、空の見えないところからやってくる雪が、一欠片ずつ道路に積もっていった。真っ白な世界はハリー・ポッターの世界のようで、どこからかフクロウが手紙を持ってくるんじゃないかと空の彼方に目を凝らす。

異変は雪景色だけではない。雪が辺りの音を吸収しているのか、息を飲むほどの静寂に包まれていた。しんしんと降り積もる雪、の「しんしん」は聞こえないけれど、音のない世界で絶えず降り注ぐ姿を現すのにこの上ない言葉だ。夏の間あんなに鳴いていた虫たちは、どこへ消えてしまったのだろう。

幻想的な世界に目を奪われ、気づくとベランダへ足を踏み出していた。全身を冷気が包む中、鼻から思いっきり息を吸い込む。凍った道路と、土と、降り積もる雪の匂い。鼻の奥から肺まで、エルサの手が伸びたようにひんやりと冷たい。ファンタジーに吸い込まれそうになる私を、凍りつきそうな鼻腔が引き戻す。

◎ ◎

記録的な寒さであることも忘れ、見慣れたはずの景色をじっと見つめていた。冷たい空気を吸っては吐いて、冬のキラキラとした一面を堪能する。この、張り詰めた空気を好きになれたら、長い長い冬の夜を好きになれたら、冬季うつを跳ね返すのに必死な半年を少しは楽しめるかもしれない。27年付き合ってきたはずの四季に、新しい色を見た夜だった。

■ひなたのさくらのプロフィール
「わたしらしく」の背中をおす新卒フリーライター。マイテーマは人の生き方・働き方。

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