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「母になって後悔してる」を考える。〈後編〉「悔やむのは子どもを産んだことでなく、この社会で母になったこと」

  • 2024.12.5

女性たちの言葉にできない思いと生き方に迫った『母親になって後悔してる、といえたなら―語りはじめた日本の女性たち―』(新潮社)。著者でNHKの記者とディレクターである髙橋歩唯さん・依田真由美さんと、柏木友紀telling,編集長による対談の後編では、子ども側の受け止め方、母親たちを取り巻く家族のかたちや社会課題について考えます。

「ダブルスタンダード」の環境が母の苦しさに

柏木友紀telling,編集長(以下、柏木): お二人の本でインタビューを受けた女性たちは、30代から50代の方々でした。彼女たちの中には専業主婦だった自身の母親から「女性は、仕事を持って自立した方がいい」と言われて育ち、働きながら子どもをもうけたものの、仕事と子育ての両方を担う難しさに直面した人も多いようですね。

依田真由美NHKディレクター(以下、依田): それぞれの世代によって違いが見られました。幼少期の家庭環境が、父親は企業戦士で母親は専業主婦、といった構図の方もいましたし、その下の世代は、女性活躍が広がり始めた時代に育った両親のもとに生まれ、ご自身が母親になってから、仕事を頑張り、家事も子育ても完璧にしなければいけないといった「ダブルスタンダード」を求められることに苦しむ方々が多いように思いました。もっと若い世代になると、夫と妻の育児分担などといった課題が出てくるのかもしれません。

NHKディレクターの依田真由美さん

柏木: 役者で映像制作を学ぶ大学生、かつ2歳児の母という3足のわらじを履く40代の女性が、ワンオペ育児に悪戦苦闘する日常をセルフドキュメンタリーに残す様子もつづられていましたね。彼女は出産後、舞台の稽古や学業には時間が取れず社会との距離ができていくつらさを感じ、仕事の話をする夫に対して、「自分はずっと子どもと一緒で、友達と話す時間や自分の思いをアウトプットできる間もない。とても孤独」と吐露していました。

依田: 女性も男性も、ともに活躍できる道が示されているように一見見えるのにもかかわらず、女性にとっては家庭内での役割や家事、育児の負担が楽になっているわけではないですよね。夫だけ出世して、夜遅くまで働いていることにうらやましさを覚えたり、女性同士でも、独身の友達が自分の好きな道を歩んでいるのに、自分だけが前に進んでいない、といった不安や焦りを感じたりすることもあると思います。

髙橋歩唯NHK記者(以下、髙橋): あるワーキングマザーの女性は、仕事と家庭の両立を理想にしていたもののマミートラックに陥り、キャリアアップにはほど遠く、仕事への達成感が得られない現実に大きな葛藤を抱えていました。彼女が語った、「この社会で母になったことに後悔がある」という言葉は、今の30~40代で子どもを持つ女性たちに共通する課題に思えました。

柏木: インタビューで高橋さんは、「もう一度選べるなら、母になりますか」と質問しています。彼女たちの苦悩や状況を聞いたうえで、この質問をどのような思いで聞いたのでしょうか。

髙橋: 女性たちがそれぞれ自分の人生を客観視して冷静に見つめていたからこそ、本音を聞きたい気持ちがありました。「もう絶対に産まない」「産んだからこそ、いいこともあった」……そのそれぞれが、偽りのない答えだとは思いますが、その場で話してくれたことが、彼女たちの人生の全てではない。たとえ、後悔を感じたとしても、その後、何らかの経験や出来事で、彼女たちの受け止め方は変わるかもしれません。

「自分は後悔への折り合いをつけたんだ」と話してくれた方が、「今も、深い後悔で身動きが取れなくなるような瞬間が訪れる」とも話していたので、多くの場合、「後悔」という気持ちが完全に消えるわけではなく、「母になってよかった」「母にならなければよかった」といった、相反する二つの気持ちがひとりの人間の中に存在しているのだろうと感じます。

NHK記者の髙橋歩唯さん

母の後悔、子どもはどう理解する?

柏木: 多くの母親たちは、「後悔は母になったことに対してであり、子どもを産んだことではない」と語っていますが、“後悔”を子どもに伝えることには、懸念の声もあったそうですね。その中で、母としての責任を一身に背負って苦しんでいた女性のお子さん二人がその母の後悔について、非常に理性的に受け止め、母親に対して思いやりある回答をしていたのが印象的でした。

それぞれ、「母は子どもを産んだことでなく、母親という立場になったことに後悔している部分があり、私たちを産んだことを否定されている感じはしない」「僕は、母だってひとりの人間でもあると理解できる。でも、子どもと母親は一体であると考えて、母の“後悔”を知ることで、自分が否定されているように感じる人たちもいるのではないか」などと話していました。

髙橋: 企画した段階や、報道後のコメントなどでは「母になった後悔なんて言われたら、子どもが傷ついてしまうのでは?」などという意見は確かにありました。でも、想像するだけではなく、実際に子どもたちにとってどういう経験になるのかを、取材を通して知りたいと考えました。

インタビューしたお子さん二人は、普段から家族で社会問題や母親像の違和感について話し合う機会があり、日々の会話の中で、母親の“後悔”について耳にしていたそうです。今回のお二人が「母親が自分たちに後悔の刃を向けているのではない」と理解していることにほっとしたのと同時に、子どもの年齢や性格、親子関係によって受け止め方は異なるので、やはり後悔を子どもと話すことは簡単ではないとも感じますし、「後悔をすべての子どもに伝えるべきだ」とも思いません。

取材をした女性たちで、子どもに対して怒りをぶつけて「後悔している」と言った人はいませんでした。母親が後悔の気持ちを持つのは、子どものせいではありません。でも現実には、母親から責められ、怒りをぶつけられながら後悔を伝えられ、傷ついたという経験をした子どもはいます。子どもを傷つけた母親を批判するだけではなく、母親がなぜ子どもに言わなくてもいいはずの「後悔」という言葉を伝えたのか、その背景を考えていくことが重要だと思いました。

telling,の柏木友紀編集長(一番右)と対談

母親になる・ならないという選択

柏木: 依田さんご自身も、母親が「子どもを産まなければよかった」と言ったことを覚えているそうですね。

依田: 母は、大学を卒業して国家資格も取得しましたが、出産を機に仕事を辞めて、3人の子育てや家事にすべての時間をあてていました。私には、母がいつも疲れているように見えました。そして、高校生の時に、口論の末、母から「後悔」の言葉を聞きました。

その時は、自分の存在を全否定されたような気がしましたが、その一方で、妙に納得もしました。母は、社会で活躍できたかもしれないのに、私も含めた家族は、「聖母像」のようなものを求め続けていたようにも思えて。家の中はきれいにしていてほしい、もっと優しいお母さんでいてほしい……などと、母への要求に限りがありませんでした。当時は、そんな母を見て、「自分は母親になんかなりたくない」と思っていました。

柏木:それでも、依田さんご自身は、このテーマの取材中に母親になることを選びました。どんな心境の変化があったのでしょうか?

依田: 母親とは自己犠牲を続けていくものだと思い、「私は自分らしく生きたい(だから子どもはいらない)」と日記に書いたこともありました。でも、ドーナト氏の著書を読んで、母の後悔は、母親という役割の重さに対するもので、子どもを産んだことではないことにようやく気づきました。それに、取材した方々が、苦しみながらも、それぞれ自分らしい道を模索し、見つけていることにも励まされました。私も、母親の役割から抜け出すように努力しながら、母になることができるかもしれないと思えたんです。

今、子育てをしていると、そのことが口で言うほど簡単ではないと実感していますが、母親になったことは、いろいろな学びにつながっています。

依田真由美さん

柏木: ご自身の人生と取材した方々の思いが、まさにシンクロしていますね。母親の後悔を子どもが知ることについては、どのように思いますか?

依田: 「後悔を子どもに伝えるべき」とは必ずしも思いませんが、もし伝える場合は、子どもとしっかりと対話していくことが大事だと感じます。私自身は、息子の年齢を見極めて、母親の後悔を語る本を出したことへの思いや、母親の役割の重さについて、ちゃんと向き合って話していきたいです。息子はまだ小さいですが、いつかこの本を読んでもらえたら嬉しいです。

柏木: 子どもたちが従来の母親像を持ったまま育つのと、母親に求められる役割の重さに気づいて生きていくのとでは、やがて違う世の中になっていくかもしれませんね。髙橋さんは、パートナーとお二人での生活を維持することを選択したそうですね。

髙橋: 今の社会の状況では、少なくとも私は子どもを産むと、自分がどんなに頑張ってもどうにもならないことが増えるように感じました。仕事だけをバリバリしたいわけではないけれども、育児と自分の生活を両方パツパツにするまで頑張ることが自分の望んでいることではないので、子どものいない生き方を選んでいます。取材した方々から、「母親になって幸せ」という素敵なストーリーだけではない、まっすぐで真摯な言葉を聞けたのは、母になることを考える上でありがたいことでした。

事実婚を選択した理由

依田: 子あり・子なしという違いはありますが、私たちは二人とも、事実婚なんです。私の場合、なぜ、たいていの女性が夫の姓を名乗るのかな、両親は名字と名前の字画を考えて私に名付けてくれたのに……などというモヤモヤが生まれ、「みんなが夫の名字に変えているから」という理由で自分も改姓することには違和感があったので、別姓の事実婚のかたちがしっくりきました。

子どもができた時に夫とも話し合いましたが、母親になったのを理由に自分が大事にしたいことを曲げるのは、やっぱり違和感があったので、名字は変えませんでした。息子には、父親と名字が違っても、家族としてお互い尊重して生きていこうと伝えていきたいです。

髙橋: 私も、改姓する選択肢はなかったし、パートナーも同じ思いだったので、お互い相手に強いることはなかったです。自分に合った形でパートナーと一緒にいられたら、という思いがありました。

髙橋歩唯さん

柏木: 自身の名前をそのまま名乗り続けるということは、自分らしく生きるための選択のひとつでもありますね。夫婦同姓を定める民法の規定については、女性が仕事を続けるうえでも弊害が大きいとして日本経済団体連合会(経団連)が早期に改正を求める提言を今年6月に出したほか、国連の女性差別撤廃委員会からも10月、「選択的夫婦別姓」を可能にする法改正を行うように4度目の勧告が出されており、今後制度化がなされるのかどうかが注目されています。

母親も後悔したっていい

柏木: 「母になったことの後悔」を考えることは、女性も男性も社会の中でお互いの生き方を尊重し合えるようになるために、大切なテーマだと感じました。今、母親になって後悔している方、母親になることを迷っている方、この本にまだ出会ってない方たちに向けて、最後にお二人からメッセージをお願いします。

依田: 「母親になって後悔している」とは、とても言いづらいことですし、考えること自体、自分を否定したくなる気持ちにつながる人もいるかもしれません。でも、母親たちは「頑張ったから後悔している」のだと思います。

私は、この取材から、母親が「産んだ後悔」を語ること自体、タブー視されることはあってはならないと感じました。「後悔」という言葉を口に出してはいけない、それはすなわち、負の感情を抱く母親の口を塞ぐことだと。「母親だって後悔したっていいじゃん、あなただけが後悔しているわけではないよ」と伝えたいですし、抱える様々な悩みのひとつと捉えて、自分を責めないでほしいです。

髙橋: 取材を始めた時は、救いのない、つらい話になるのでは、と思いましたが、実際は、母親たちが苦しみを乗り越え、自分を取り戻していく過程を知ることができました。今、悩んでいるお母さんたちには、自分を客観的に見つめ、何らかのヒントを得るきっかけにしてほしいですし、パートナーや祖父母世代、子育て支援に携わる方、周囲に働く母がいる職場でも読んでいただけたらと思います。そして、この本が、これから子どもを産むかどうか、その選択に迫られている人の助けにもなれたら嬉しいです。

朝日新聞telling,(テリング)

●髙橋歩唯(たかはし・あい)さんのプロフィール
1989年生まれ、新潟県出身。2014年NHK入局。松山放送局、報道局社会部を経て、国際部記者。ウェブ特集「“言葉にしてはいけない思い?” 語り始めた母親たち」、クローズアップ現代「“母親の後悔”その向こうに何が」などを執筆・制作。家族のかたちをテーマに取材。

●依田真由美(よだ・まゆみ)さんのプロフィール
1988年生まれ、千葉県出身。2015年NHK入局。札幌放送局を経て、報道局社会番組部ディレクター。クローズアップ現代「“母親の後悔”その向こうに何が」、同 「ドキュメント“ジェンダーギャップ解消”のまち 理想と現実」、 BSスペシャル「再出発の町 少年と町の人たちの8か月」などを制作。若者やジェンダーの問題を中心に取材。

■柏木友紀のプロフィール
telling,編集長。朝日新聞社会部、文化部、AERAなどで記者として、教育や文化、メディア、ファッションなどを担当。教育媒体「朝日新聞EduA」の創刊編集長などを経て現職。TBS「news23」のゲストコメンテーターも務める。

■小島泰代のプロフィール
神奈川県出身。早稲田大学商学部卒業。新聞社のウェブを中心に編集、ライター、デザイン、ディレクションを経験。学生時代にマーケティングを学び、小学校の教員免許と保育士の資格を持つ。音楽ライブ、銭湯、サードプレイスに興味がある、悩み多き行動派。

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