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「母になって後悔している」を考える。〈前編〉「母性神話」に押し込められた女性たちの叫び

  • 2024.12.4

母になった後悔……。女性たちが胸の奥に封印してきた思いをつづった『母親になって後悔してる、といえたなら―語りはじめた日本の女性たち―』(新潮社)が出版されました。以前、NHKのウェブサイトでこの問題を扱ったところ大きな反響を呼び、報道番組「クローズアップ現代」でも特集されました。母親たちが抱えてきた悩みや、彼女らを取り巻く社会課題について、著者である髙橋歩唯記者と依田真由美ディレクターの二人と、結婚や出産を巡る女性の生き方に向き合ってきたtelling,の柏木友紀編集長が語り合いました。

産まない後悔と、産んでからの後悔

柏木友紀telling,編集長(以下、柏木): 今回、お二人の著書では、母親になったことに後悔の念を抱いた母親たちへのインタビューを中心に、さまざまな困難に直面する女性たちの生き方がつづられています。センセーショナルなタイトルですし、母親たちの切実な叫びが心に響きました。このテーマをNHKの番組で扱うことはひとつの挑戦だったのではないかと思いますが、どんなきっかけから今回の企画に取り組むことになったのでしょうか?

髙橋歩唯NHK記者(以下、髙橋): 私自身、30歳を過ぎてから「産む」ことについて、周りの人たちから助言を受ける機会が本当に増えました。例えば、「子どもがいるのはとても素晴らしいことだ」「産まずに後悔しない?」などという言葉です。

NHK記者の髙橋歩唯さん

女性が出産できる年齢に限りがあることは、もちろん知っています。でも、周囲のお母さんたちを見渡せば、仕事と子育ての両立がとても大変そうで、充実した毎日を送れているのかというと、必ずしもそうとも思えませんでした。私自身の人生を考えた時に、果たして「産むこと」が進むべき道だろうか、産まない選択は本当に「後悔」につながるのかな?と思ったのと同時に、ふと、「もしかしたら産んで後悔することもあるのかもしれない?」という逆の視点が浮かびました。

その疑問について調べていたところ、イスラエル人の社会学者、オルナ・ドーナト氏の著書『Regretting Motherhood(リグレッティング・マザーフッド)母親になって後悔してる』に出会いました。「今の知識と経験を踏まえて、過去に戻ることができるとしたら、それでも母になりますか?」という問いに、「いいえ」と答えた女性23人へのインタビューをもとにした内容です。子どもは愛しているけれども、母親であることを後悔してしまう彼女たちは、こう言います。「子どものために人生を諦めた」「母になることで奪われたものは取り戻せない」……。著書は世界各国で話題になり、日本でも2022年3月に邦訳版が出版されました。SNSの投稿でも母親たちからの反響が大きいと知り、取材を始めました。

柏木: 「産んでからの後悔」に着目されたのですね。ドーナト氏の研究を記録したこの本は、学術的な筆致ですが、それでも女性たちの琴線に触れた。以前からそうした思いを抱えていた人が少なくなかったのでしょう。

髙橋: ドーナト氏をはじめとした専門家や、この本を読んだ母親たちへのインタビューを記事にして、NHKのウェブサイトで配信したところ、1カ月の間に全国の読者から300件以上のコメントが届きました。その1つひとつが長文で熱量があり、多くが「母になったことを後悔している」という言葉への共感でした。皆さんの反響も後押しになり、テレビでの放送を目指すことになりました。

依田真由美NHKディレクター(以下、依田): 私も、ドーナト氏の本を読んで関心を持ち、ぜひ番組でも展開したい」と、髙橋記者に声をかけました。彼女とは同じ年齢でもあり、問題意識を共有して取材を続けていたさなか、私の妊娠が分かりました。2022年12月に放送したクローズアップ現代「“母親の後悔”その向こうに何が」では、もうすぐ母になる私自身の視点も含めて、女性たちが胸の内に秘めていた複雑な思いを伝えました。放送翌年に生まれた息子は、もうすぐ2歳になります。

NHKディレクターの依田真由美さん

自分が透明になっていく

柏木: 番組の制作後も1年以上取材を重ね、今回の書籍にまとめられたと伺いました。本を読んで最初に思ったのは、女性たちが母親としての責任を非常に強く感じており、常に頑張っている、もっと言えば頑張り過ぎているのでは、ということでした。「女性は子どもを産んで一人前」、「母は愛情深く模範的でなければならない」などといったプレッシャーを感じているようでもありました。

依田: インタビューした女性の中には、子どもが生まれたことで命への非常に大きな責任を自分一人背負ったと感じ、「出産した瞬間、母になった後悔を感じた」と打ち明けた方がいました。彼女はその後もワンオペ育児に悩み、「私が私である部分が消えてしまい、自分が透明になっていくような感覚がする」と語っていました。その言葉はとても印象的でした。

彼女は、結婚を機に仕事を辞めて、生活が子ども中心になり、自分の人生を生きられなくなったと感じたことで、自分が何者であるかが分からなくなったのだといいます。それは、子どもを産んだ女性が、「母親」という役割に押し込められるからではないかと思います。

出産後、これまで自分が頑張ってきたことが、すべて無にされてしまうような経験をした人は、少なからずいるのではないでしょうか。しかも、周りからは「良い母親」になることを求め続けられ、一旦その枠から外れようものなら、非難の目を向けられてしまう。そのつらさはとても大きなものだと実感しました。

柏木: 「子どもの母親」ではあるけれど、自分自身を見てはもらえない……。それはまさに、女性たちにとってアイデンティティの危機であり、自己の喪失でもあります。

依田: 例えば、いろいろな場面で「~ちゃんママ」と呼ばれることで、自分の名前が奪われ、存在する意義が失われていくように感じるのも、母親にとっては、大きな苦しみのひとつかもしれません。

telling,の柏木友紀編集長と対談

「理想のお母さん像」への違和感

髙橋: 「理想のお母さん像」を周りからあてはめられ、母親自身もその理想像の枠に捕らわれて悩んでいますよね。取材した女性たちの中には、「理想通りの母になる必要はない」と頭では分かっていても、その一方で、どこかで他の母親と自分を比べて、小さなコンプレックスを積み重ねる部分もあると話していました。例えば、SNSの投稿に影響を受けたり、街ですれ違う母親を見て、「自分より子どもに優しく話しかけている」と思ったり……。

柏木: 母親は優しさに満ちあふれた存在だという「母性神話」のようなものがまだ一部にはあり、それらに捕らわれて女性が自らを追い込んでしまうこともありますよね。telling,でも、などの記事で、母親たちのリアルな声として、すべての女性に「母性」が備わっていると捉えられることへの悩みについて考えたこともあります。

髙橋: 取材では「母親になった途端、自分の見る世界がこれまでとガラッと変わった」「子どもにとって安心できる存在にならなければと思うのに、実際できたという自信がない」といった声も聞きました。それらは、自らの思い込みだけでなく、彼女たちの家庭や職場が持つ価値観によっても影響されるように感じました。

髙橋歩唯さん

父親は後悔しない?

柏木: 母親の後悔を語る上で、お二人は男性側の視点についても取材しています。「子育ては女性がするもの」という考え方がまだまだ社会では根強く、周りが女性たちに求める“母親像”の水準は高いのに、夫やパートナーの父親としての存在自体が希薄なため、いろいろな掛け違いが生まれているようにも思います。父親の存在についてはどのように感じましたか?

依田: 「父親になって後悔している人っているのかな」という声を聞きました。以前に比べて、若い世代の父親は育児に積極的ですが、依然として、母親が子育ての主体とみられることは変わらず、周りからも「お母さんの方がいいよね」などと言われてしまう。母親は父親と違って、四六時中子どものことを中心に考えてきちんと面倒を見る存在だと見られがちです。男性側が、あくまで子育ての「協力者」という立場の場合、責任を負うこともなく、後悔するような気持ちにまで達しないのではないでしょうか。

そして、その男女差がなぜ生まれるのかと考えると、家庭内での育児・家事分担の比重だけに限らず、社会が背負わせる母親の役割の重さも、本質的な問題のように思いました。

依田真由美さん

髙橋: 男性の育児参加を阻むような社会環境もありますよね。この本を担当した男性編集者は、子どもの検診に両親で付き添ったところ、注意や助言を受けるのは母親ばかりで、隣にいる自分は疎外感を覚えたという体験をしたそうです。男性の中でも、子育てに対して非常に積極的、あるいは全く参加しない、など、スタンスは人それぞれ。職場では「男性だから子育てにはそれほど関係しないでしょ」とされ、実は家事や育児をパートナーと分担していれば、労働時間や評価などでハンディを負う人がいるかもしれません。

柏木: 男性が育児のために時短勤務をする環境が整っているとは、まだまだ言えない状況ですよね。男性にとって、生き方のパフォーマンスを評価される主な基準は「仕事」なのかもしれませんが、女性には、母親として、妻として、そして仕事面でも、それぞれ評価の物差しがあてられ、たくさんのハードルが待ち受けています。職場では、女性が出産して復職後に時短勤務を選んだりすると、いわゆる出世コースから外され「マミートラック」に陥る問題もあります。

対談の後半では、母親の後悔を知った子どもの視点や、家族のかたち、子育てを巡る社会課題について、考えていきたいと思います。

朝日新聞telling,(テリング)

●髙橋歩唯(たかはし・あい)さんのプロフィール
1989年生まれ、新潟県出身。2014年NHK入局。松山放送局、報道局社会部を経て、国際部記者。ウェブ特集「“言葉にしてはいけない思い?” 語り始めた母親たち」、クローズアップ現代「“母親の後悔”その向こうに何が」などを執筆・制作。家族のかたちをテーマに取材。

●依田真由美(よだ・まゆみ)さんのプロフィール
1988年生まれ、千葉県出身。2015年NHK入局。札幌放送局を経て、報道局社会番組部ディレクター。クローズアップ現代「“母親の後悔”その向こうに何が」、同 「ドキュメント“ジェンダーギャップ解消”のまち 理想と現実」、 BSスペシャル「再出発の町 少年と町の人たちの8か月」などを制作。若者やジェンダーの問題を中心に取材。

■柏木友紀のプロフィール
telling,編集長。朝日新聞社会部、文化部、AERAなどで記者として、教育や文化、メディア、ファッションなどを担当。教育媒体「朝日新聞EduA」の創刊編集長などを経て現職。TBS「news23」のゲストコメンテーターも務める。

■小島泰代のプロフィール
神奈川県出身。早稲田大学商学部卒業。新聞社のウェブを中心に編集、ライター、デザイン、ディレクションを経験。学生時代にマーケティングを学び、小学校の教員免許と保育士の資格を持つ。音楽ライブ、銭湯、サードプレイスに興味がある、悩み多き行動派。

■齋藤大輔のプロフィール
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。

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