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アンダーカバーの高橋盾にインタビュー ──日常と幻想の境界線を超えたダークファンタジー

  • 2024.12.3

アンダーカバーUNDERCOVER )がルックブックや東京でのショーでコレクション発表を行っていたコロナ禍、パリファッションウィークはポッカリと穴が空いているようで、同ブランドの存在感は、不在によってさらに強まることとなった。2023年春夏ウィメンズから、パリでのランウェイに復帰したアンダーカバーは、さらに強力なクリエイティビティを持ち込むことでその穴を刺激的に埋め、現地の人々に絶賛で迎え入れられた。2024年春夏ウィメンズのショーの最後を飾ったのは、暗闇の中で輝き、生きた蝶がひらひらと舞うテラリウムドレス。このセンセーショナルなコレクションは、『Business of Fashion』誌で、そのシーズンに印象的だったショーの第二位に選ばれたほど。続く2024年秋冬ウィメンズでは、その方向性は一変。映画監督ヴィム・ヴェンダースによるオリジナルの『Watching a Working Woman』が朗読される中、「日常」にフォーカスしたコレクションを披露し、静けさとともに、ある日常と緊張感が詩的に交差し合う美しいショーだった。どのコレクションの内容も全く異なりながら、どれもアンダーカバーらしいのは、すべてがデザイナーの高橋盾を貫くアナーキーな精神に基づいているからだ。

このブランドには、同シーズン内で、メンズとウィメンズのどちらかのコレクションをランウェイで発表し、もう一方をプレゼンテーションで発表するというしきたりがある。ウィメンズのショーが絶好調かと思いきや、2025年春夏はメンズの発表形式をランウェイに切り替えた。高橋は「特に深い意味はなく、ただメンズのショーを再度やってみたかっただけ」と飄々と語るが、この切り替えの大胆不敵さもアンダーカバーらしい。もちろん、自身の内なる声に従う高橋にとっては、ごく自然で当たり前のことなのだろう。そのメンズショーでは、Youtubeのおすすめ欄に表示されて見つけたという、ミステリアスなビジュアルを持つオーストラリアのバンド、グラス・ビームスがコレクションを着用し、エキゾチックなサイケデリック・ミュージックを奏でる映像が流された。アースカラー、カットオフ、抜染、タペストリー、シースルーなど軽やかなファブリックが特徴の、民族やメディテーションを彷彿とさせるコレクションだ。

聖なるドーバーでのプレゼンテーション

メンズがショー形式だったため、2025年春夏のウィメンズコレクションはプレゼンテーション形式での発表に切り替わった。その会場となったのは、今年5月にオープンしたばかりのドーバー ストリート マーケット パリ。アンダーカバーとドーバーのつながりは強固だ。ドーバーは2004年にロンドンに1号店をオープンしているが、高橋はロンドン店内への出店に企画段階から深く関わり、わざわざ工事現場を視察するほどだった。世界で8店舗目となるパリ店でもアンダーカバーは扱われ、高橋はオープン直後に足を運び「ロンドン店のオープンのときに感じたフレッシュさにとても近い感じがして興奮を覚えた」そうで、「そんな聖なる場所でプレゼンテーションをやりたい」という思いから会場に選んだという。

プレゼンテーション当日、ドーバーの地下に降りると、決して広くはない穴蔵のような空間に、コレクションを纏った多数のマネキンが並び、小さな回転台の上ではマーメイドドレス等を着た生身のモデルたちがくるくると回っていた。今回のコレクションのコンセプトは「Daily Fetish」だ。高橋が最近関心を寄せている「日常」と、ハードな「フェティッシュ」が組み合わされた。頭にはネイルや金属のフェザーのカチューシャ、顔にはレースのアイマスク。首には、「KOSMIK WITCH」と書かれたスカーフが巻かれているものもいた。執拗に繰り返されるゴールドのファスナーや、メタルバックルがついた細いレザーのストラップなど、ハードコアなフェティッシュやボンテージのモチーフが散りばめられているが、服の素材自体は、フェティッシュでよく使われるエナメルやラテックスとは対照的に、スウェットやリネンの柔らかい素材が用いられている。そして、カーディガンやパーカーといったゆったりとした日常着は、しぼることでエレガントなフォルムに仕上げられる。ふたつの要素をドッキングさせ、ツイストすることで新しさを見出すアンダーカバーの真骨頂だ。

異なる要素が交差する服づくり

近くで見ると、より凝ったディテールに目が行く。裾や袖などに部分的にボンディングを施すことでハリを持たせシルエットのデフォルメを行い、特にシルクや麻などの軽く張りのない素材は、強弱のある独特のフォルムを生み出している。また、異素材をただ縫い合わせるのではなく、ニードルパンチという技法によって境界線をぼかすことで、よりエレガントに仕上がりに。「スパイスとして、中世ヨーロッパのイメージを取り入れたかった」と、レモンやロココ調のチェアの柄も、印象的にあしらわれていた。

レース、アクセサリー、リネンなど、2025年春夏メンズから素材や要素が継承されてもいる。2025年春夏メンズの舞台裏では、高橋は「ウィメンズ寄りのメンズをつくりたかった」とプレスに語ったが、ウィメンズのファッションのメンズ化も強く感じながら制作しているという。「“着飾る”というレベルでのファッションではメンズ、ウィメンズの境界線はあるべきだと思いますが」と前置きしながら、「概ねそれ以外での境界線は、以前に比べてかなりなくなってきているように感じます」と高橋。

同じくメンズコレクションに引き続き、イタリアのアーティスト、ロバート・ボシシオのアートワークも継続して使用された。高橋自身も彼の絵を所有しており、アンダーカバーとの親和性は間違いない。「ロバートの描く輪郭の曖昧なファジーな風景や人物たちは、私が思い描くダークファンタジーなアンダーカバーの世界観と、とても近いものを感じています」。高橋自身、近年はドローイングにますます時間を割いている。本人曰く「小さい頃からずっと絵を描いてきた延長」としながら、より本腰を入れて取り組むようになったのは確かだ。昨年は東京で初の個展をひらき、全作品が完売。今年の10月には香港でも個展を開催し、好評を博したばかりだ。

アンダーカバーが考え続ける日常

近年のアンダーカバーにおいて、「日常」がクリエイティブのキーワードであり続けているのは、高橋自身のライフスタイルの変化にも起因している。コロナ禍を機に、高橋は神奈川県の葉山に新しくアトリエを構え、そこで多くの時間をひっそりと過ごすようになった。高橋が言うように、「騒がしく慌ただしい都会や社交の場を離れ、より個人的でくつろいだ日常の方向に向かっている」のだ。かつては街から得ていたインスピレーションは、豊かな自然、ゆったりと過ぎ去る時間、ときには空想に耽り、そして自分自身と深く向き合うことから得るようになった。多くのことに囚われすぎず、日常の些細なことに集中し、楽しむ。それは決して隠居めいた話ではなく、とても刺激的なことだ。

コレクションのテーマについて、「フェティッシュは、個人の隠された趣味嗜好の要素ですが、逆に言えば日常の一部でもあります。その隠された部分を表に出してみたいという思いで取り入れてみました」と高橋は言う。そう、日常とは、誰にとっても平穏なものであるとは限らない。ドーバーの地下は、このテーマにぴったりの場所だった。小さな地下室は、隠されていた日常が暴かれる場所なのだ。往年の映画では、そういった秘密の場所は地下室にあるのが鉄板だ。

今回のプレゼンテーションは、ファッションウィーク公式スケジュールの午前中の最初の枠だったが、大勢のゲストが来場しスペースはすぐにいっぱいになった。大物ジャーナリストたちも朝から欠かさず出席し、このブランドがパリにしっかりと根付き、そしていつまでも見逃せない存在であることが、改めて確認された。パリ・ファッションウィーク初参加から20年以上経った今でも、アンダーカバーのダークファンタジーは世界を魅了し続けている。

Profile

高橋盾

1969年、群馬県桐生市生まれ。文化服装学院在学中の1990年、アンダーカバーを始める。1994年、初のコレクションをショー形式で発表。2003年春夏より、パリのウィメンズ・ファッションウィークに参加。

Photos: Christina Fragkou, Courtesy of Undercover Text: Ko Ueoka Editor: Saori Yoshida

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