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「自立」への憧れで自らを苦しめていた私を救ったあの人の言葉

  • 2024.12.3

「自立したかっこいい女性になること」

これはずっと私の憧れであり、何があっても譲れないと思って最優先事項にして生きてきた。
肌身離さずつけるペンダントのように、心の片隅にずっと置いて。

◎ ◎

どうして自立にこだわったのか、その理由は私の育った家庭にあった。

私の母は専業主婦で自営業の父の仕事も手伝っていた。
父の実家に暮らし、父方の祖母の面倒までみながら、子どもの世話に奔走する母。
その姿はなんだか辛そうで惨めだった。

「お母さんみたいになりたくない」
「自由に生きていきたい」

中学生の頃には、こんなふうに思うようになっていった。

◎ ◎

私が高校生だった平成の終わりがけは、女性の社会進出もますます軌道に乗ってきて「理系女子」がもてはやされた。
ちょっと数学ができれば、「理系に行けるよ!」と期待されるような状況。

もともと本を読むのが好きで世界史が得意だった私だけど、「生物学も好きだし、数学の問題を解いている時間も嫌いじゃないんだよね」と周りに流されるように理系を選んだ。
何より、専門性が身について自立した女性になれる可能性が、最大の魅力に思えた。

親に期待された通りに素直に勉強を頑張って、そこそこの大学の理系学部に進学した。

◎ ◎

いざ大学に入ってみれば、周りはめちゃくちゃ数学が得意な人たちばかりで、劣等感に苛まれた。
でも、「自立した女性になるためなんとしてでも卒業しなければ」という思いが、私を奮い立たせた。

苦しい一年ののち、生物系の学科に進級すると状況が一転する。
試験が論術式になったため、もともと国語が好きだった私は無双した。
計算しなくていいなら、こっちのものだった。
成績はぐんぐん伸びていき、学内外で有名な教授の研究室に入ることができた。

「あぁ、これで安泰、このまま卒業していいところに就職できれば私は自立した女になれる」

◎ ◎

ところが、研究室に入ってみれば、テンポよく知的な議論をする研究員の方々に圧倒された。
私は元来、ゆっくり物を考えたいタイプでなかなかすぐ意見を返すことができない。
すぐに私は萎縮しはじめ、なかなか自分を曝け出せなくなってしまった。

研究室の人と程よい距離感を保って、ダメ出しをされないように気をつけた。
そうこうしているうちに、与えてもらったテーマの良さのおかげで学会で賞をいただいた。
苦手な理系で頑張って賞を取ったことで、私は自分が優秀であるかのように錯覚しはじめた。
思い返せば、この頃から私は慢心しはじめた。

◎ ◎

そして新卒で入社したのは、老舗の日本企業。
運よく研究員として採用された私は、「あぁ、これでやっと自立した女になれた」と心から安心した。
年功序列があり、体育会系ノリで、一般職という概念があるようなところ。
当たり前のように男性が多く女性には体力的に厳しい仕事も多くて、総合職として責任を持って仕事を担当させてもらうには気苦労が多かった。

「数少ない総合職女子の私は、特に苦労している」
「自立している女性として、認められなきゃ」

頑張れば頑張るほど、いつしかこんな思い込みで心の中が侵食されていった。

◎ ◎

一般職の人やパートタイマーの人に仕事を手伝ってもらうことも多かったが、総合職のケアだけを担う彼女たちを、「私とは違う」と心の中で少しバカにしていた。
私が頑張らなきゃと思っているせいでチームの担うプロジェクトを増やしてしまい、負担をかけているにも関わらず。
しかも、責任の重い仕事は結局、年配の男性社員に代わってもらって安心している自分もいた。

私は総合職として責任を負う代わりに他人のケアは免除してもらっていると思っていた。
でも実際は、責任は男性に担ってもらってケアは放棄し、やりたいことだけやらせてもらっている存在なのではないか……。
当然のように、人間関係はうまく行かなかった。

「自立した女性を目指して頑張ってきたのに、どうしてうまくいかないの」
「なりたい自分にはなれないし、人に迷惑かけてばかりだ」

苦しい気持ちでいっぱいだった時、私はある言葉に救われた。

◎ ◎

それは、ちくま文庫の「女たちのエッセイ」の中に収録された、音楽評論家・作詞家の湯川れい子さんの言葉だ。

『昔の人は二兎を追うもの一兎も得ずといったけれども、二兎だと思うから大変であり、共に半端になるのであって、これもあれもどれも、たったひとつの我が人生と思えば、それはピョンピョンと飛び跳ねる、魅力的な一匹の兎にすぎなくなるのではないだろうか』

これを読んで、なぜか心がスッとした。
なりたい自分なんていう虚像を目指すからおかしくなるんだ。
それよりもただウサギを追うように、目の前のやりたいことだけに注力したら、自然と人生が拓けていくのではないか。
憧れだと思っていたものは、いつの間にか呪縛となって私の足を縛っていた。
これじゃあ、ウサギは追いかけられないわけだ。

◎ ◎

これからはなりたい自分に憧れるのをやめて身軽に、人生というウサギを追いかけに走っていきたい。
生き急ぐのはやめて、周りの人を大切にしながら私だけのたった一つの人生を楽しんでいこうと思う。

■Kanaのプロフィール
愛知県生まれ。滋賀県在住。 2023年6月からライティングをはじめ、20本以上Web掲載される。お風呂で本を読むのが好き。 好きな作家は、江國香織、よしもとばなな、川上弘美、川上未映子。

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