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「帰り道覚えてる?」何度も通った道。覚えてるに決まってるじゃん

  • 2024.12.3

むせかえるような香りがした。
けれど、その香りを知っていた。
玄関を開けた瞬間に押し寄せる、香水と、柔軟剤と、ルームフレグランスが混じった香り。わたしは、その一つ一つ、すべて知っていた。

◎ ◎

ここに来るのは、多分半年ぶり。
少し家具の配置が変わっていたし、洗面所には見知らぬクレンジングオイルや化粧道具が置いてあった。見ないふりをして手を洗う。

半年前にもそうしていたように、大きなソファの脇に荷物を下ろすと、家主の男はパスタを茹でながら、わたしの方を向きもせずに、今日は何をしていたのかと尋ねた。ゴロゴロしてお散歩してきました、と答えると、ふぅん、と特に興味もなさそうに返事をし、料理に戻った。わたしはもう食事を済ませてきたから、そのパスタはすべて男の分だ。

◎ ◎

なぜ、わたしはここにいるのだろう。

最初来た時は、ホテルのような部屋だ、と思った。
間接照明も、体がぐっと沈む大きなソファも、映画を見るのにぴったりな大きなテレビも、1人で寝るには広すぎるベッドも。
誰が来ても構わないように整えられた部屋だった。

もう会わないと誓ってこの家を出た半年前のことを思い出す。
会いたくないわけでは決してなく、本音は逆だった。けれど、会う約束をするまでの苦しさ、会ってからの男の態度に対する苦しさ、家に帰って次いつ会えるのかを考える苦しさが、会う時の嬉しさをよほど上回っていた。「もう会わない」という言葉すら男は告げてくれず、痺れを切らしたわたしが詰め寄った結果の言葉だ。
けれど、今日突然届いた男からの「うち来ないの?」というLINEは、まるでその時のことなどなかったかのようだった。

◎ ◎

なぜ、わたしはここにいるのだろう。

いっしょにドラマを見た。
これまで見たこともなかったドラマはもう8話目で、男と女がなにやら言い争いをしていたが、どうしてそうなったのかよくわからない。あくびをしながらぼんやり眺めていると、男の手がわたしの体に伸びてくる。
いつものように、男はわたしにキスをし、当たり前のように手を引いて寝室まで向かった。

朝、男は先に起きて、コーヒーを作っていた。わたしはのろのろと準備をし、電車の時間を調べ、朝食も食べずに帰る。
「帰り道覚えてる?」と男は聞いた。どうだったっけ、と言うと、出たら右に曲がって、まっすぐ進んで、と説明を始めた。
わかりますよ、そんなに記憶力悪くないです、と笑って、わたしは部屋を後にする。

覚えているに決まってる。
何度も通った道。初めて行く時は心を躍らせて、3回目には次回があるかどうか不安に思いながら、最後だと決めた時には泣きながら、通った道。
覚えてるに決まってるじゃん。

◎ ◎

駅までの10分くらいの道のりを、いつものように1人で歩いた。
自分の体に、ほんのりと男の家の、いろいろな香料が混じった香りが残っている気がした。

きっとわたしは、またここに来るのだろう。

■かるぴすのプロフィール
本とカフェ巡りとヒトカラが好きなOL。さむいところに住んでいます。綺麗になりたいし好きな人に好きになってもらいたいし自分の機嫌を自分でとれるようになりたい。今年の目標はいい女になること。

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