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尾崎世界観が小説を通じて描く、音楽業界やネット社会のリアル【FAB FIVE】

  • 2024.12.2
第171回芥川賞の候補作に選出された尾崎世界観の最新小説『転の声』(文藝春秋)。
第171回芥川賞の候補作に選出された尾崎世界観の最新小説『転の声』(文藝春秋)。

ロックバンド、クリープハイプのフロントマンとして絶大な支持を得ながらも、小説家として唯一無二の作品を上梓し続ける尾崎世界観。新作は第171回芥川賞の候補作に選出された『転の声』だ。主人公はロックバンドのフロントマン、以い内ない右み ぎ手て 。喉の不調から来る不安に追い詰められ、“転売ヤー”にすがりつくところから物語が始まる。『転の声』での最大のトライは「わかりやすい物語を書いたこと」。「これまで書いた小説は「『こういう文章を書きたい』、『こういう感情の流れを書きたい』という願望に、物語がぶら下がっている感覚がありました。今回は先に物語があって、その上で話がちゃんと動いていることを確認しながら進められました」

音楽業界やネット社会のリアルが臨場感あふれる筆致で綴られる。「SNSの書き込みを多く盛り込んだ作品なので、読み終わった後に感想をSNSに投稿すれば、それさえも『転の声』という作品の一部に取り込まれる仕掛けを作れた気がします。強い小説というのは本から飛び出して読者の生活に影響を与えるもの。そういう作品が書けていたらうれしいですね」

尾崎にとって良い小説とは「考えたくなる小説」のこと。「たとえ何も考えずに夢中で読んだとしても、『じゃあなぜ夢中になって読めたんだろう』と後から考える。小説を書くようになってから、『どうしてこんなことを書くんだ?』と他人の小説に怒りが湧くことも増えました。怒っている時点でその作品に負けていますよね(笑)。否定にしても肯定にしても、何かしら感情が動く作品は良い。時間をかけて作られた小説や音楽や映画には、否定にも耐えうる耐久性があると信じています」

1. 『転の声』の舞台は音楽業界ですが、音楽を題材にしたお気に入りの映画を教えてください。

『シング・ストリート 未来へのうた』Photo_ © The Weinstein Company /Courtesy Everett Collection
SING STREET, from left: Kyle Bradley Donaldson, Percy Chamburuka, Ben Carolan, Ferdia Walsh-Peelo,『シング・ストリート 未来へのうた』Photo: © The Weinstein Company /Courtesy Everett Collection

『シング・ストリート 未来へのうた』です。高校生が一目惚れした女の子の気を引くためにバンドを組む話なんですが、単純に音楽がとても良いです。急に演奏がうまくなったりして驚きますが、そういう細かい粗がどうでもよくなるくらいに曲が良い。

2. 『転の声』はプレミアムチケットが重要なモチーフになっていますが、尾崎さんが今一番ライブを観たいアーティストは?

尾崎自身が今、最も観たいと切望するのが、すでに他界したビル・エヴァンスのライブ。特にアルバム『Waltz for Debby』が大好きだと語る。Photo_ 『Waltz for Debby』by Bill Evans/Ojc
尾崎自身が今、最も観たいと切望するのが、すでに他界したビル・エヴァンスのライブ。特にアルバム『Waltz for Debby』が大好きだと語る。Photo: 『Waltz for Debby』by Bill Evans/Ojc

もう亡くなっていますが、ビル・エヴァンスです。特にアルバム『Waltz for Debby』が好きで、芥川賞の待ち会のときも、お店で流してもらいました。昔通っていた本屋のアートコーナーで、『Waltz forDebby』がよく流れていて。それがきっかけで好きになりました。

3. 『転の声』では音楽活動を続けていくことの難しさが描かれていますが、創作活動で行き詰まったときに助けてくれるアイテムは?

森永のラムネ。脳の働きが良くなると聞いて食べ始めたんですが、味が好きですごい勢いで食べてしまい、いつもすぐになくなってしまいます(笑)。

4. ドラマや映画とのコラボレーションを多く経験されていますが、最近心を動かされた映像作品はありますか?

ホン・サンス監督のデビュー作『豚が井戸に落ちた日』(1996)は、心を動かされた作品のひとつだという。Photo_ © Pandora Films / Courtesy Everett Collection
ホン・サンス監督のデビュー作『豚が井戸に落ちた日』(1996)は、心を動かされた作品のひとつだという。Photo: © Pandora Films / Courtesy Everett Collection

ホン・サンス監督のデビュー作『豚が井戸に落ちた日』は面白かったです。主人公は売れない小説家で、二股をしているダメなキャラクターなんです。最近のホン・サンス作品は達観している感じがしますが、初期はまだすべてをわかっていない感じがいい。

5. 8月末にクリープハイプ初のトリビュートアルバムがリリースされましたが、ご自身のお気に入りのカバー曲は?

クリープハイプも『ハチミツ』のトリビュートアルバムで「あじさい通り」をカバーさせていただいてますが、多くのアーティストがスピッツのカバーをしてきた中で、『一期一会 Sweets for mySPITZ』収録の中村一義さんによる「冷たい頬」のカバーは、自分の色をしっかり出しつつ原曲の勢いもいい形で出ていて好きです。

Text: Kaori Komatsu Editor: Yaka Matsumoto

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