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人間に愛されて育ったラットは正義感と善悪判断を芽生えさせる

  • 2024.11.30
人間に愛されて育ったラットは正義感と善悪判断を芽生えさせる
人間に愛されて育ったラットは正義感と善悪判断を芽生えさせる / Credit:Kanta Mikami et al . Scientific Reports (2024)

愛されたネズミの物語です。

愛媛大学によって行われた研究により、人間に愛されて育ったラットには人間に似た正義感や善悪判断を思わせる行動がみられること判明しました。

実験ではラットたちに「いじめ」の現場や溺れている子供が提示されたときに、どのような行動をとるかが調べられました。

ラットたちは加害者マウスに接近して行動を制止するような動きを見せたり、溺れている子マウスに接近する行動を示しました。

また愛されて育ったラットに、安楽死させられたラットと麻酔により昏睡しているラットの両方を提示すると、昏睡しているラットの体を心配しているように揺さぶる行動を見せることが明らかになりました。

一方で、人間に愛されず標準的な飼育環境で育ったラットには、このような行動はみられませんでした。

この結果は、愛されて育てられるという経験が種を超えて「正義感や善悪判断」を育む基礎になる得ることを示唆しています。

あたかも人間に愛情たっぷりに育てられることが、人間らしい心をラットたちの心に芽生えさせるかのような研究結果は、非常に興味深いと言えます。

さらに今回の研究では脳科学的な分析も行われており、愛された経験が脳の遺伝子の働き方にどのような変化を与えるかも調べられています。

愛情がラットたちの行動や脳にどのような変化をもたらしたのでしょうか?

研究内容の詳細は『Scientific Reports』にて「ラットモデルにおける第三者罰のような行動(Third-party punishment-like behavior in a rat model)」とのタイトルで公開されています。

目次

  • 人間に愛されて育ったラットは正義感と善悪判断を芽生えさせる
  • 人間の愛は「脳の遺伝子」の働き方を大きく変えていた

人間に愛されて育ったラットは正義感と善悪判断を芽生えさせる

正義のヒーローはしばしば、犯罪の場にあって自分が無関係の第三者であるにもかかわらず、現場に飛び込んで、加害者を倒します。

このような直接関連していない違反行為に第3者が罰する行為は「第三者罰(TPP)」と呼ばれており、古今を問わず人間社会に普遍的に存在する概念となっています。

また近年の研究では、言葉をはなせない乳児であっても、第三者罰のような判断を示すことが報告されており、第三者罰は生得的で進化的に保存された(幅広い種にみられる)ことが示唆されます。

一方で、第三者罰は人間に最も近いはずのチンパンジーではみられないことが知られています。

チンパンジーも罰を下すことはありますが、もっぱら被害側が同種の加害側を罰する「第二者罰」が主流となっています。

そのため現在のところ、第三者罰は「幅広い種にみられるという説」と「人間特有の行動である」とする説は並立して存在していると言えるでしょう。

そこで今回、愛媛大学の研究者たちは、大人の雄ラットを使って、自分と関係ない存在に対する暴力的な行動に、どのように対応するかを調べることにしました。

すると非常に興味深い事実が判明します。

通常の飼育環境で育てられていたラットには第三者を罰したり助けようとする行動はほとんど見られませんでしたが、人間に愛されてペットのように育てられたラットは人間に似た正義感や善悪判断を芽生えさせ、第三者罰や無関係な存在を救出しようとするかのような行いを見せることが明らかになりました。

今回はまず実験全体を4コマで示しつつ、その後に詳細な紹介を行いたいと思います。

人間に愛されて育ったラットは正義感と善悪判断を芽生えさせる
人間に愛されて育ったラットは正義感と善悪判断を芽生えさせる / Credit:Kanta Mikami et al . Scientific Reports (2024)
ラットの存在は加害者マウスにさらなるイジメを起こすのを防ぐのにも役立ちました
ラットの存在は加害者マウスにさらなるイジメを起こすのを防ぐのにも役立ちました / Credit:Kanta Mikami et al . Scientific Reports (2024)
愛されたラットは子マウスを救う気概をもっていました
愛されたラットは子マウスを救う気概をもっていました / Credit:Kanta Mikami et al . Scientific Reports (2024)
死んでいるラットよりも生きているラットを心配します
死んでいるラットよりも生きているラットを心配します / Credit:Kanta Mikami et al . Scientific Reports (2024)

人間以外の動物でも第三者罰はみられるのか?

調査を行うにあたり研究者たちは「愛情」の存在に目をつけました。

これまでの研究や経験によって、人間に愛情を込めて育てられた動物は野生環境とはかなり異なる行動パターンを取ることが知られています。

そこで研究者たちはまず、ラットを2グループにわけて、一方のグループのラットに対しては何週間も毎日、徹底的な愛情のこもった取り扱い(EAH)で飼育することにしました。

研究では60代の男性飼育舎が離乳した後のラットを引き取り、まるで自分の愛するペットのように、1日15分間、週6~7回、ラットの世話をして遊ぶようにしました。

(※愛情を注ぐラットたちには名前も付けられました。)

すると数日以内にラットたちは飼育者が近づくと飼育者の手の周りに集まるようになり、やがて飼育舎の体の上や首の周りを自由に動き回るようになりました。

また愛情を注がれたラットたちは飼育者以外の人間に対しても親しみを示し、手の周りに集まるようになりました。

一方で、通常の飼育を行われていたラットたちは飼育者に近づこうとしませんでした。

またラットを高い橋を渡らせるテストを行わせたところ、通常の飼育を行ったラットは怖がって人間のいる方に来ませんでしたが、愛情を注がれたラットは「おいで!」または「リック!」とラットの名前を呼ぶと、恐怖を振り払い人間の元までたどり着くことができました。

これは愛情を注ぐことでラットの行動パターンが大きく変化した一例と言えます。

愛情の効果を確認した研究者たちは、次に第三者罰に関連するテストに移りました。

ラットが介入を行う前の状態
ラットが介入を行う前の状態 / Credit:Kanta Mikami et al . Scientific Reports (2024)

実験ではまず、上の図のようにラットと2匹のマウスが配置されました。

ICRマウスはBL6マウスよりも気が強くBL6マウスをしばしば死ぬまでイジメることが知られており、両者の間の敷居を撤去すると、ICRマウス(加害者マウス)はBL6マウス(被害者マウス)に対して攻撃を開始します。

そしてラットたちはその様子を透明なアクリル板の向こうから眺めることになりました。

ラットたちに自分とは関係性も種も全くつながりのない、マウス間の暴行事件をみさせたわけです。

次に研究者たちは、ラットと2匹のマウス間にあったアクリル板を取り除き、ラットが2匹のマウスにどのように対処するかを観察しました。

すると人間に愛情をたっぷり注がれたラットは、被害者マウスをそっとしておく一方で、加害者マウスのほうにどんどん接近していきました。

すると不快感を感じた加害者マウスはラットに対して攻撃を行い、ラットはそれに応戦する形で加害者マウスに対して前肢での抑え込みを行いました。

ラットが加害者マウスを制止する様子の別カット。ラットはマウスよりも大きな体格を持っています
ラットが加害者マウスを制止する様子の別カット。ラットはマウスよりも大きな体格を持っています / Credit:Kanta Mikami et al . Scientific Reports (2024)

またラットのうちの1匹は、アクリル板を取り除いた直後に加害者マウスに対して頻繁に飛び掛かりをみせ、研究者たちはブラシを使ってラットを止めなければなりませんでした。

(※ただしラットたちは加害者マウスのように噛みつきを行わず、多くは手で押さえるなど非致死的・非暴力的な方法での制止を行いました)

一方で、通常の飼育環境で育ったラットにはそのような行動はみられませんでした。

この結果は、愛情たっぷりに育てられたラットは第三者罰のような行動をとることを示しています。

次に研究者たちは、下の図のような実験施設を作りました。

テスト装置の詳細な設計図
テスト装置の詳細な設計図 / Credit:Kanta Mikami et al . Scientific Reports (2024)

この施設の左側では子マウスが水で溺れており、右側にいるラットは溺れている子マウスに接近することが可能です。

ただし中央部の部屋の床は水が引かれており、上部からは強力な光が照らされていました。

ラットは暗い場所を好み濡れることを嫌う性質があります。

そのため子マウスに近づきたければ、これらの責め苦を耐えなければなりません。

研究者たちは愛情たっぷりに育てられたラットと通常の環境で育てられたラットを右の部屋に配置し、その後どうするかを観察しました。

すると愛情たっぷりに育てられたマウスは、責め苦を耐えて子マウスに接近できることが示されました。

一方で通常環境で育てられたラットは右の部屋に留まっていました。

愛されて育ったラットは生きているラットを心配します
愛されて育ったラットは生きているラットを心配します / Credit:Kanta Mikami et al . Scientific Reports (2024)

次に研究者たちは、安楽死させたマウスと麻酔で昏睡したマウスの手足を床にテープで張り付けたものを用意しました。

ラットに命を大切に思う心のようなものが芽生えていれば、両方のマウスに対して異なるアクションを行う可能性があったからです。

(※ラットは死んだ仲間を見分けることが可能です)

すると愛情たっぷりに育てられたラットでは、死んでいるマウスよりも、昏睡しているマウスのほうに頻繁に近寄り、心配して体を揺する動きを多くみせることが明らかになりました。

これらの結果は、愛情をかけて育てることでラットに正義感のようなものや命を大切に思う心が芽生えた可能性を示しています。

また今回の研究は、ラットの正義感や命を大切に思う心は実際には生来のものではなく、後天的に獲得される可能性を示してます。

次は愛情たっぷりに育てられたラットのその後についての話です。

人間の愛は「脳の遺伝子」の働き方を大きく変えていた

飼育者にとっては辛い別れだったかもしれません
飼育者にとっては辛い別れだったかもしれません / Credit:clip studio . 川勝康弘

これまでの実験により、愛情をたっぷり込めてペットのように育てられたラットは、正義感や命を大切に思う心を芽生えさせられることが示されました。

しかしこのような変化が起きた要因を調べるには、脳に対して分子生物学的分析を行わなければなりません。

そこで研究者たちはラットたちの脳を取り出し、遺伝子の活性レベルを調べることにしました。

論文では、犠牲になる前に、愛情を込められて育てられたラットは通常通り飼育者が取り扱ったと書かれています。

(※また飼育者はラットを心から愛し、一緒に過ごす時間を楽しんだと述べています。)

結果、愛情を込められて育ったラットでは4種類の遺伝子(Rps20_3, Fos, Egr1, and Ier2)の発現パターンに違いがみられ、前頭葉においてタンパク質の合成レベルが増加していることが明らかになりました。

研究者たちは、愛情を込めて育てることは人間においても脳の神経活動を大きく変える可能性があると述べています。

元論文

Third-party punishment-like behavior in a rat model
https://doi.org/10.1038/s41598-024-71748-x

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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