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発明したのは日本人!実は「1日1万歩」神話に科学的根拠はなかった?「万」が人が歩く様子に似ていたから?「実際のところは誰にも分らない」

  • 2024.12.5

米人気ドラマ『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学』のとあるエピソードにて。介護施設の入居者で“ガター・ガールズ”というボーリングチームの熱心なメンバーでもあるイーニッド・フレンチは、胆嚢の手術を必要としている。でも、その前に心臓負荷試験を受けなければならないと言われてランニングマシンに乗ると、友人でチームメイトのルルが隣のマシンに飛び乗り、「私より先に1万歩をクリアさせるわけにいかない」と辛辣な声で言い放つ。

1日1万歩ってどこからきたの?

このエピソードは2016年のものなので、遠い昔の話に聞こえるかもしれない。でも、そうなると、1960年代に生まれた1日1万歩という目標は先史時代のものと言っても過言じゃない。そのため、健康に関する古いアドバイス(痛みは耐えるもの、女性は重い物を持ち上げるべきじゃない、卵は体に悪いなど)と同様、この目標は現在、多くの専門家によって見直されている。

1日1万歩という目標は、1990年代に米国の元公衆衛生局長官によって推進されて以来、数々のフィットネス系ウェアラブルデバイスに組み込まれ、国民の意識にも深く浸透している。そう考えると、この目標の見直しは遅すぎたと言っていいだろう。1日1万歩という数字はもともと、科学的根拠のないマーケティング戦略だった。ところが、その戦略があまりにも成功したので、この数字の起源が神話化し、大枠は似ているけれど詳細は似ていない複数の説が立てられた。

日本人は運動不足?

このストーリーを最初から追ってみよう。オリンピック開催を翌年に控えた1963年の日本。東京の医師で市立病院の院長を務めていた大矢巌氏は、大規模な施設開発、アスリートのトレーニング方法、戦後の国際社会復帰を果たそうとする日本の熱意を目の当たりにする中で、車の普及や利便性の向上により、自分の患者および一般国民のフィットネスレベルが悪化していると考えた。

大矢氏は、日本人が運動不足になっているという懸念をエンジニアの加藤二郎氏に打ち明けた。そして1965年、工業計器や時計を製造していた山佐時計計器株式会社は、文字通り、1万歩を数えるための「万歩計」を発売した。

1日1万歩という目標と、健康のために歩数を数えるいう考え方は斬新だった。でも、歩数計自体は目新しいものではなく、約500年前にレオナルド・ダ・ヴィンチが機械式の歩数計を発明したと言われている。歩数は昔から距離を測るために使われてきた。英語の“マイル”はラテン語で1千ペースを意味する“milia passuum”から来ており、ダ・ヴィンチは自作のデバイスが地図製作に役立つと考えたと言われている(この1千ペースは大人の2千歩に値する)。数世紀後、第3代米大統領のトーマス・ジェファーソンはパリの高級時計職人に歩数計を注文し、パリのランドマーク間の距離を測った。ジェファーソンは第4代米大統領ジェームス・マディソンのためにも歩数計を1つ作らせ、説明書と一緒に送った。

万歩計の話に戻ろう。健康のために歩くのはいいけれど、1日1万歩という数字は一体どこから来たのだろうか? 大矢氏と加藤氏は2人とも他界しており、山佐のスポークスパーソンによると、この数字の出所に関する情報は社内にも残されていないそう。

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「1万という数字は、日本語の“万”という字が走ったり歩いたりする人の姿に似ていることから選ばれたのではないかと言われているが、確かなことは誰も知らない」

以来、私たちの脳裏に深く刻まれた1万という数字は、日本語の“万”という字が走ったり歩いたりする人の姿に似ていることから選ばれたのではないかと言われているが、確かなことは誰も知らない。

米テネシー大学運動生理学名誉教授のデイヴィッド・バセット・ジュニア博士によると、当時(1970年代のエクササイズブームによってマラソントレーニングやエアロビクスが大衆文化の一部になる前)、アクティブな人とそうでない人を隔てていたのは恐らく歩く量だけだった。アクティブじゃない人は1日4000~6000歩、アクティブな人はその2倍を歩く。そして、1万というのはキリがよく、野心的で達成感のある数字(ちなみに、米国立衛生研究所の研究員を含むヘルスリサーチャーたちからは、「9000歩では人々のイメージが湧きづらかったのではないか」「1日で1万歩は1週間で7万歩より響きが良い」という意見が出た)。

真の経緯が何であれ、山佐が1万という数字を選んだのは本当に天才的なマーケティング戦略だった。デビアス社の1947年のキャッチコピー「ダイヤモンドは永遠の輝き」がジュエリー市場を一変させた(それまでは他の宝石も婚約指輪のオプションとして人気だったが、このコピーによってダイヤモンドが愛の象徴となった)ように、「1日1万歩」という山佐のコピーは当時誕生したばかりの“誰でもフィットネス”市場を揺るがして、現在ブームとなっているウェアラブルデバイス時代の幕を見事に切って落とした。また、万歩計が発売された1965年の日本では、ウォーキング関連の団体が2つ発足している。その1つは日本ウオーキング協会で、イベントの参加者は(もちろん)万歩計を使って運動量を測定していた。

「1日1万歩」の科学的根拠

1万という数字に科学的な根拠がもたらされたのは、万歩計の発売から約15年後の1970年代後半のことだった。その研究に初めて着手したのは、東京学芸大学の研究員で自称“スポーツマン”の波多野義郎博士(波多野博士は、体力向上委員会のゲストとしてグアム政府から招かれたとか、1963年に1万という数字を思い付いた人物だとか、山佐の創業者兼顧問だとか言われているが、どれも真実ではない)。

現在89歳の波多野博士は、かつて西洋の科学者の講義の通訳だった。その科学者の中には、米ハーバード大学の卒業生を対象とした長期にわたる画期的な研究で、1週間にカロリーを2000kcal消費すると心疾患の予防になることを発見した米スタンフォード大学のラルフ・パッフェンバーガー博士も含まれていたと思われる。波多野博士は、この2000kcalを7日で割り、1日に300kcal消費すれば心臓が守られると考えた。

その後、波多野博士は歩数計、ランニングマシン、ウォーキンググループからのボランティア(彼は数あるウォーキンググループのうちの1つのリーダーだった)を使用して、1日300kcalを消費するために必要な正確な歩数を調べ始めた。その結果は、ご想像の通り1万歩。でも、この調査中、波多野博士自身は1日平均13,360歩を歩いていたそう。「カロリーと歩数を紐づけて健康を維持するというコンセプトの発案者は私です」と語る波多野博士は、歩く速さによってカロリーの消費量が変わることも突き止めたけれど、最終的には速さよりも歩数のほうが重要であると結論付けた。

この頃(1970年代後半)になって山佐は、自分たちがマーケティングに使用していた1万という数字の価値に気付いたようで、“万歩メーター”、“万歩計”、“万歩”の商標登録を開始した。それ以来、日本では、他のメーカーの類似品が“歩数計”と呼ばれるようになった。

でも、この1万という数字が世界的な広がりを見せたのは、さらに15年後の1996年になってから。この年、バセット博士は、5つのメーカーから発売されたデジタル歩数計の精度に関する論文を共同執筆し、山佐の輸出部門ヤマックスの歩数計が非常に正確であることを発見した。「昔のアナログモデルは正確性に欠けていたので、これは研究者たちにとってうれしいニュースでした」とバセット博士。

米国国立医学図書館のデータベースPubMedによると、その後、歩数計に関する研究は1年に数本から数百本に増加して、1日1万歩というコンセプトも普及した。健康に関する教育を提供するため、米元公衆衛生局長官のC・エヴェレット・クープが設立した非営利団体『Shape Up America!』も、1994年の設立直後から1日1万歩を推進。この団体は、歩数計が最も正確に機能する場所を調べるため、そして1日1万歩を達成するのが実際どのくらい大変かを調べるために、安い歩数計をスタッフに買い与え、ベルトやウエストバンドにクリップさせたというからスゴい(ちなみに、その調査報告書には「意図的に散歩をしたりランニングマシンを使ったりしなければ、(1日1万歩は)ほぼ不可能」と書かれていた)。

2000年までに日本ではウォーキングが最も人気のある運動となり、その年に波多野博士が行った講義によると、日常的なウォーキング人口は推定4000万人にのぼる(そのうちの何人が歩数を数えているかは不明)。

2009年にFitbit(フィットビット)が初のウェアラブルデバイスを発売したときも、1日1万歩が目標として設定されていた。1万歩はキリがよく、距離にして約5マイル(8km)。同社のCEOによると、これは米国疾病予防管理センター(CDC)と本誌が推奨する「週150分以上の適度な運動」も満たしていた。

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マジックナンバーの見直し

マジックナンバーの1万が何気なくローンチされてから約60年が経ったいま、多くの研究者たちが真相の解明に乗り出している。天然のダイヤモンドが人工のダイヤモンドに取って代わられた(とまではいかなくても少し脇に追いやられた)ように、1万歩というコンセプトも別の何かに取って代わられるかもしれない。

「全ての公理は最終的に否定される」と言う米ハーバード・T・H・チャン公衆衛生大学院の疫学教授イ=ミン・リー博士は、社内の歩数カウントチャレンジで、太り気味の年上の同僚が苦労の末に「この目標は非現実的だ」と言うのを聞いてから、1万という数字に疑問を抱くようになった。一部の人にとって、この目標は難しすぎるのかもしれないと思ったからだ(一方のリー博士は、夜に寝室を歩き回ってでも最後の数百歩を稼いでいたそう)。

マサチューセッツ大学アマースト校運動学助教授のアマンダ・パルチ博士は、同僚と実施したメタ分析(2022年発表)の中で、歩数に関する研究は出版済みが7本、進行中が8本もあることに気付いた。これは、1日1万歩という目標の根拠を探る研究がいまになってラッシュを迎えている証拠だった。

この近年における関心の高まりには、さまざまな要素が絡んでいる。まず、テクノロジーの進化によって多くのデータが集められるようになったこと。そして、大規模かつ長期的な調査研究ではデバイスを装着している人々からデータを収集するのに10年かかったりするけれど、それがやっと完了し、分析が開始されたこと。その結果、「科学的な情報が集まり始めています」と、CDC栄養・運動・肥満部門のシニア科学アドバイザー、ジャネット・フルトン博士は話す。

米国政府も、2018年に発表した身体活動ガイドライン諮問委員会科学報告書の中で、最新の文献を要約し、歩数の研究をすることは重要であると結論付けた。また、パブリックヘルスの研究者たちは政府に対し、恐らく2028年頃に発表される次の身体活動ガイドラインに、推奨される歩数を追加するよう求めている(なお、連邦政府のガイドラインは研究内容を左右するため、政府が独自の歩数を発表すれば、歩数に関する研究がさらに増えるはず)。

歩数目標は「ワンパターンじゃない」

これまでの研究結果には、さまざまな意見が入り混じっている。米ノースカロライナ大学シャーロット校の健康・保健社会福祉学部長で歩行行動研究者のカトリーン・チューダー=ロック博士によると、1日1万歩は「見たところ健康な成人の1日の活動量としては、妥当な数値と思われる」。一方のリー博士は、歩数目標は「ワンパターンではない」と主張する。例えば、体を鍛えて5kmを速く走りたい30歳の人は、とにかく健康を維持したい70歳の人と同じ歩数目標を持つべきだろうか?

リー博士が筆頭著者を務めた2019年の研究では、1日4400歩(推奨される歩数の半分以下)を歩くだけで70代の女性の死亡リスクが約40%も低下した。このリスクは歩数が増えるにつれて下がり続けたけれど、7500歩あたりで横ばいになった。しかし、別の論文は、60歳未満の人にとって最適な歩数を1日約8000~1万歩としている。

また、フロリダ州保健局のシニアエバリュエーターで、チューダー=ロック博士のウォーキング研究所のリサーチコンサルタントでもあるカイラ・マカヴォイ博士によると、歩数に関する他の研究では、成人なら1日7500歩で十分という結果が出ている。

「よって、人々に1万歩を目指せと言うのは間違いではありません」とマカヴォイ博士。成績に例えるならば「AではなくA+を取るようなものですね」

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歩数研究のこれから

最近では、当初の歩数に加え、約50年前に波多野博士が注目した歩行強度の重要性も再考察されている。しかし、その研究は驚くほど難しい。昨年の米国スポーツ医学会年次総会で、歩数に関する研究の進歩について発表したフルトン博士は、歩行強度について話すにあたり、映画『シャイニング』で発狂するジャック・ニコルソンの写真を見せた。

そんな写真が使われるほど歩行強度の研究が難しい理由としては、まず一般的に受け入れられる強度の測定基準が存在しないことが挙げられる。それに加えて、速く歩くことで歩数以外の健康上の利点があるかどうかもまだハッキリしていない(強度の定義を試みた2018年のレビュー論文によると、60歳未満の人の“早歩き”は1分あたり100~119歩。これが130歩になると、かなりキビキビした歩き。また、1分あたり約140歩からはジョギング、150歩からはランニングとなる)。

前述のリー博士の研究では、全死因死亡リスク(何らかの原因で死亡するリスク)に焦点が当てられていたため、強度の重要性が実証されることはなかった。しかし、リー博士は「心疾患などで死ななければ健康と言えるわけでない」としたうえで、歩行の強度は健康上の他の問題(血圧、糖尿病、うつ病や不安など)に関連する可能性があると言う。

「何よりも重要なのは、何が自分のモチベーションになるかを把握すること」

でも、多くのことは「私たちにもまだ分かっていないのです」とパルチ博士。

フルトン博士によると、歩数研究における課題の1つはデータが偏っている可能性があること。1週間も歩数計をつけることに同意する人は、もともと比較的アクティブな傾向にある。また、研究者たちは、7500歩、9000歩、5500歩などを目標に設定して被験者の歩数をコントロールするのではなく、合計の歩数から結論を導き出しているだけなので、彼らにコントロールできないような物事の影響を被験者が受ける可能性は否定できない。「私たちは、対象としたい人々を対象としているのでしょうか?」とフルトン博士は自分自身に問いかける。

いずれにせよ、これもまた1日1万歩の目標に疑問を抱く理由になるし、少なくとも、その目標が自分に適しているのかを考えるきっかけになる。研究者たちいわく、歩数や健康指標に関するデータは次の5年前後でさらに増えることが予想される。でも、変わらないと思われるものも2つあり、その1つは「運動が健康に良い」という明白な事実。そして、もう1つは「何が自分のモチベーションになるのか」を把握することの重要性。

この伝説的な数字が今後どうなるかは分からない。でも、波多野博士は自分がこの数字に影響を与えたことと、1万歩という目標が人々の運動を促進していることに誇りを感じている。「私が若い頃は、1万歩のことなんて誰も知りませんでした」と波多野博士。「でも、いまは誰もが知っている。私はそれをとても誇りに思っています」

※この記事はアメリカ版ウィメンズへルスからの翻訳をもとに、日本版ウィメンズヘルスが編集して掲載しています。

Text: Courtney Rubin Translation: Ai Igamoto

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