2025年春夏シーズンのウィメンズファッションウィークは、9月初めのニューヨークで幕を開けた。アメリカのファッションは、スポーツウェア志向でミニマル、クラシックで伝統的なスタイルで知られているが、ニコールの目には、折衷的で生々しくラフなイメージにシフトしつつあると映る。「ニューヨークは、包括性、多様性、そしてファッションとは何か、誰がファッションを作るのかといった議題において、常に先を行っています」とニコールは言う。その旗手を担うのは、ディオティマ(DIOTIMA)、ウィリー チャバリア(WILLY CHAVARRIA)、ルアール(LUAR)といった新世代のブランドだ。これらのブランドは今年のCFDAアワードを受賞し、アメリカン・ファッションの多様で包括的なアイデアを象徴しているようだ。
ミラノに到着すると、ニコールは今シーズンを貫く感覚がまとまりつつあること、そしてそれが「喜びの表現」であることを感じ始めた。現在、世界には戦争や気候変動の弊害、アメリカの選挙戦での人々の分断など暗い話題が多い。そんな中デザイナーらは、自分たちの責任は喜びを創造し、分かち合うことだという考えに結集した。この思いが色濃く伝わるパワフルなショーの例として、彼女はフランチェスコ・リッソによるマルニ(MARNI)を挙げた。ショー会場には3台のグランドピアノがあり、その周りに椅子が無造作に置かれ、モデルはその中を回遊するように歩いた。「コレクションというよりショーと呼びたい。服だけでなく、なによりショーのフィーリングが素晴らしかったから。コットンだけを使って、非凡でとてもグラマラスな服を作っていたのも良かった。また、コレクションがシンプルなものから始まり、クレッシェンドするように盛り上がっていき、最後にはますますグラマラスでカラフルになっていく様子は、本当に感動的でした」
マチュー・ブレイジーによるボッテガ・ヴェネタ(BOTTEGA VENETA)も、この喜びの感覚を見事に表現していた。彼は子供の頃に夢中になったものを振り返り、当時のオープンマインドで無邪気な気持ちをファッションに取り戻そうとしたのだ。ショー会場には動物の形をしたラウンジチェアが置かれ、映画『E.T.』(1982)で少年エリオットが着ていた服をルックで再現したり、リチャード・スキャリーの絵本『Biggest Word Book Ever』をイントレチャートで作ったりもした。「おもちゃなど子供のためのものを、ハイファッションに昇華する試みは、どうすれば世界を少し幸せにできるかというアイデアにつながっていると感じました」。
オリンピックを成功に導いたばかりのパリは、国の誇りとエネルギーに満ちていた。そんな中、一大トピックといえば、アレッサンドロ・ミケーレが手がけるヴァレンティノ(VALENTINO)のランウェイデビューだった。その内容にはさまざまな評論が飛び交ったが、ニコールは「アレッサンドロ・ミケーレは、ブランドによって自分を変える人ではない。間近で服を見たが、職人技のレベル、素材の繊細さ、高級感など、前職のグッチ(GUCCI)でのそれとはまったく違うと感じました」と話す。白いガーゼで覆われた家具が並ぶ荘厳なセットに加え、ショーを通じて繰り返し流れた楽曲「Passacaglia della vita」の一節は、ニコールの心に強く響いた。「私たちは喜びを探し求めなければならない」
魂のこもった、人を感動させるコレクション
今シーズン、ニコールの心を動かしたのは、魂を感じるコレクションだった。彼女は、最近のファッションには、とても高価でよくできてはいるが、魂が欠けていると感じることが多いという。「私のような編集者は、常に本物のフィーリングや感動を探し求めます。フロントロウに誰が座っているかということではなく、服やショーの美しさや意味が重要なのです」。ミラノで行われたプラダ(PRADA)のショーで、彼女はその意味について考えさせられたという。「ランウェイの幅がとても狭かったので、モデルを間近で見ることができ、他の人たちの反応も見ることが出来ました。インターネット配信用の動画の重要性が増すにつれ、ランウェイは広くなる傾向があります。たしかに広角撮影は動画には向いていますが、現場でのライブの体験には適していません。現場では、窮屈な中で隣や向かいの人のエネルギーを感じるほうがいいのです」
「この仕事では、今この瞬間に何が正しいかについて、デザイナーがどのように考えを変えるかを見るのが本当に面白い」とニコールは言う。2月から9月にかけては、世界情勢に大きな変化はなかったが、2月の初めは今と異なり、世の中がクレイジーで恐ろしいという感覚に満ちていた。その結果、着やすく実用的で安心できるクラシックなスタイルが好まれ、クワイエットラグジュアリーというトレンドが隆盛し、キャメルのコート、きれいな仕立てのスーツ、ローファーが溢れた。しかし、人々はクワイエットラグジュアリーに飽き始め、9月には大きな揺り戻しを迎えることになった。
ニコールは「デザイナーたちはチャンネルを完全に替え、より実験的で遊び心のあるものにしようと決めたのだと思います」と説明する。「彼らは自分たちの子供時代を振り返り、ファッションを好きになったきっかけが意外なものだったことを思い出しました。だからこそ、彼らは実験的な感性や意外性をランウェイに持ち込もうとしたのです」。フープ、パニエ、バッスルなど、歴史的な衣服からインスピレーションを得るブランドも多かった。極端な形のランジェリーなど、セクシーなデザインも見られた。デザイナーたちは喜びや快楽というアイデアを取り入れ、さまざまな方法でその感覚を作り出そうとしていたのだ。
若手デザイナーの飛躍と、来シーズンへの期待
ビッグネームだけでなく、若手ブランドの躍進も目立つ。ニコールが注目しているのはパンク精神を持つヴァケラ(VAQUERA)をはじめ、CFDAヴォーグ・ファッション・ファンド最終選考に残ったウィーダーホフト(WIEDERHOEFT)、ロンシャンター (L'ENCHANTEUR)、5000、そして今年のLVMHプライズのファイナリストでもあるパリの若手デザイナー、マリー アダム リーナルト(MARIE ADAM-LEENAERDT)だ。「彼女らは実験的で示唆に富んでいて興味深い。若いデザイナーは慣習に従うのではなく、自分に合った方法で自由に表現していることに感心します」
ここ数シーズン、クリエイティブ・ディレクターの交代や不在が続いている。うまくいくこともあれば、そうでないこともある。それに対して、「辛抱強さが必要だ」とニコールは説く。「多くの場合、物事がまとまり成果が出るまでには時間がかかるもの。でも今は、ソーシャルメディアやインターネットによって、物事が本当に速く進み、最初からうまくいかなければならないという大きなプレッシャーがあります。ひとつ言えるのは、最近は若い人がディレクターに起用されることが目立ちますが、それが必ずしも正しい選択とは限らないということです。30歳前後のデザイナーよりも、50歳前後のデザイナーのほうが経験豊富で、チャレンジに適している人はたくさんいるのではないでしょうか」
Profile
ニコール・フェルプス(NICOLE PHELPS)
VOGUE RUNWAYとVOGUE BUISSINESSのグローバル・ディレクターのニコール・フェルプス。服へのこだわりが強く、高校時代は1ヶ月に同じスタイルを2度繰り返さないよう、着こなしをカレンダーに書き込んでいた。
Photos: Courtesy of Bottega Veneta、Getty Images
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