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なぜ“出産シーン”を描かなかったのか?SNSでも大きな話題となった最近の『おむすび』について考察

  • 2025.1.24
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『おむすび』第15週(C)NHK

連続テレビ小説『おむすび』15週「これがうちの生きる道」では、結(橋本環奈)の妊娠と出産、2011年3月11日に発生した東日本大震災が描かれた。これらの経験を経て、結は管理栄養士を目指すことに。週タイトルの通り、結の生きる道が定まっていく過程が、さまざまな角度から描かれた週だ。SNS上では、出産シーンがないことや東日本大震災の扱い方などについて、さまざまな声が上がった。

『虎に翼』に続く出産シーンを描かなかった『おむすび』

朝ドラの主人公に子供が出来たとき、決まって話題になるのが出産シーンの有無だ。2024年前期『虎に翼』に続いて、『おむすび』も出産シーンを描かなかった。一方で、2023年に放送された『らんまん』『ブギウギ』は、妊娠期間をじっくり描きつつ、出産シーンも描かれている。

そもそも、テレビドラマで描かれているシーンは、主人公の人生を順番に描写しているわけではない。主人公の人生のなかで転機になった瞬間や感情が動いた瞬間のみが取り上げられて、シーンとして存在している。そのシーンで起こることや描かれる感情が、ストーリー上で大きな意味を持たないのであれば、描く必要はないのだ。ましてや、朝ドラは15分というとても短い枠で放送されている。1時間のドラマや2時間の映画と比べて、さらに精度高くシーンを取捨選択していく必要がある。

『おむすび』は、出産シーンによって命の誕生の喜びを強調して描くのではなく、重症妊娠悪阻によって食事が取れず倒れてしまうこと、そんな結に心身ともに寄り添ってくれた管理栄養士との出会いを描くことを選択したのだろう。この後の展開を見ても、出産シーンを差し込まない方がむしろ自然ということができる。

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『おむすび』第15週(C)NHK

妊娠・出産はとても喜ばしいことだ。でも、結の人生にとって妊娠期間での最も大きな気づきは、栄養士であってもつわりの辛さには手も足も出なかったこと、その情なさと悔しさ、そして管理栄養士の仕事を知ったことだったのだろう。

個人的には、重症妊娠悪阻というテロップや切迫流産というセリフで、つわりの重さをきちんと描写したこと、健康にまつわる仕事をしているのに、情けないと涙を流す結の姿に、『おむすび』が妊娠を通して伝えたいことが詰まっていると感じた。朝ドラではなかなか見ない角度の描写であったことからも、作品の誠実さや「これを描きたい」という意思が伝わってきた。

子供を産んだことで、身動きが取れない結の姿から描いたもの

娘・花を産んだ結。商店街の面々が、ヘアサロン ヨネダに集まっていたころ、あの瞬間がやってくる。東日本大震災だ。

『おむすび』は、阪神淡路大震災から30年の節目として、神戸を舞台に制作されている。糸島での結と歩(仲里依紗)や、神戸編でのナベさん(緒形直人)の変化を通じて、震災から立ち直っていく人の姿を、丁寧に時間をかけて描いてきた。そんな作品が、東日本大震災をどう描くのか注目していた人も多いだろう。

『おむすび』では、東日本大震災の被害を取り立てて描写することなく、あくまで神戸から見た状況、神戸に住む人々の関わり方が淡々と描かれた。東北にボランティアへ行く菜摘(田畑志真)、東北の理容師に向けてハサミを送る聖人(北村有起哉)、靴を送るナベさん。トラウマで現地に足を運べないことを悔いたものの、「自分にできることを」と切り替えて、必死に物資を集めて丁寧に梱包する歩の姿も印象的だった。

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『おむすび』第15週(C)NHK

一方、結は具体的な行動は何もできなかった。そして、結自身も何もできないことに、モヤモヤを抱えていた。そんな結の元に、神戸栄養専門学校時代の同期・カスミン(平祐奈)が訪れる。カスミンが口にしたのは、被災地で見た光景。カスミンは、食事が後回しにされてしまう被災地の状況を見て、炊き出しを行ったことを結に告げる。神戸栄養専門学校時代に作ったわかめおむすびとサバツナけんちん汁。結とカスミンのシーンを見ながら、このレシピ自体が商店街メンバーが被災した時の経験の集合知だったことを思い出した。

そして結の忘れることができない後悔。結におむすびを渡した雅美(安藤千代子)の「おいしいもんを食べてもらいたい」という気持ちがカスミンの記憶に残り、カスミンの被災地での行動を促したのだ。結のなかに残っている阪神淡路大震災の苦い記憶、商店街メンバーの経験、それらがカスミンを通じて、遠くの被災地での支援に繋がった。

結が直接東北でボランティア活動をするのではなく、カスミンを通じて経験が生きたことを描写し、被災の経験を伝えることも立派な活動であることを示したのだ。そういった人と人の繋がりから生まれるものを描いていることも、『おむすび』の魅力だろう。

妊娠・出産、東日本大震災を通じて、結がこれからの人生で何をしたいのかが定まった15週。正直、物語に派手さはない。平成時代に神戸の片隅で日々を楽しんで生きている女の子の普通の人生だ。しかし、結のありふれた日常を通しているからこそ、平成のリアルな雰囲気を感じることができるのも事実。そんなスケールの小ささを楽しむ朝ドラがあってもいいだろう。

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『おむすび』第15週(C)NHK

NHK 連続テレビ小説『おむすび』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

※記事は執筆時点の情報です



ライター:古澤椋子
ドラマや映画コラム、インタビュー、イベントレポートなどを執筆するライター。ドラマ・映画・アニメ・漫画とともに育つ。X(旧Twitter):@k_ar0202