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『不適切にもほどがある!』から『虎に翼』まで…2024年“大ヒット作品”を振り返る

  • 2024.12.18

2024年のドラマを振り返ると「社会派ドラマの隆盛」、「豊作だった宮藤官九郎」、「国産配信ドラマの定着」、「若手クリエイターの台頭」という4つのトピックが頭に浮かぶ。

『虎に翼』社会派ドラマの隆盛

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(C)SANKEI

日本のテレビドラマは社会的なテーマを扱うのが苦手で、作られたとしても間口の狭い芸術作品になりがちだった。しかし、近年は『海に眠るダイヤモンド』(TBS系)の野木亜紀子や『エルピスー希望、あるいは災いー』(カンテレ・フジテレビ系)の渡辺あやといった脚本家が、社会的なテーマを扱った娯楽作品を発表して高い支持を受けている。

そんな社会派ドラマの隆盛を決定的なものにしたのは、今年の上半期(4〜9月)にかけて放送された吉田恵里香脚本の連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『虎に翼』だろう。

本作は日本の女性で初めて、弁護士、判事、裁判所長を務めた三淵嘉子をモデルにした寅子(伊藤沙莉)が主人公の朝ドラ。物語は戦前から始まり、女性を「スンッ」と萎縮させて抑圧する男性社会に対し「はて?」と問いかけていく寅子の姿がフェミニズム思想を体現した朝ドラとして、大きな反響を呼んだ。

裁判を通して日本社会に蔓延するさまざまな問題を浮き彫りにした本作は、女性差別、性的マイノリティ差別、外国人差別(朝鮮人差別)、障害者差別といったこれまでの朝ドラでは深く踏み込んで描くことがなかった差別問題を描き、透明化されている人々に光を当てた。

本作の成功によって、社会問題を扱うドラマはこれから更に増えていくのは間違えないだろう。

『不適切にもほどがある!』 豊作だった宮藤官九郎

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(C)SANKEI

朝ドラの『あまちゃん』(NHK)を筆頭とする数々の名作ドラマの脚本を手がけた宮藤官九郎は、今年は冬クール(1〜3月)に『不適切にもほどがある!』(TBS系、以下『不適切』)、春クール(4〜6月)に昨年、Disney+で配信された被災者が暮らす仮設住宅を舞台にした群像劇『季節のない街』がテレビ東京の深夜ドラマ枠で放送された。
そして夏クール(7〜9月)には宮藤にとっては初の医療ドラマとなる『新宿野戦病院』(フジテレビ)、更に9月21日には山田太一の原作ドラマをリメイクしたSPドラマ『終りに見た街』が放送されるという、豊作の年だった。

どの作品も社会的なテーマを扱った傑作コメディドラマだったが、中でも一番注目されたのが『不適切』である。

昭和の体育教師・小川市郎(阿部サダヲ)が令和の現代にタイムスリップしたことで起こる騒動を描いた本作は、昭和と令和の価値観のギャップを笑いを通して描く社会風刺ドラマとして話題になった。

その意味で『虎に翼』等の作品と同じ社会派ドラマだが、宮藤の場合は社会問題を現代の価値観で批判する令和の価値観も同時に笑いのネタにしていたため、批判の意見も多かった。
一見正しく思える現代の価値観にも問題があり、アップデートされた新しい価値観自体に疎外感を抱いている人の気持ちを掬い上げる『不適切』は、おじさんの保守的価値観の側から描いた社会派コメディだったと言えるだろう。

『地面師たち』配信ドラマの定着

近年、連続ドラマの新たな発表の場として、テレビに匹敵する影響力を持ちつつあるのがNetflixを筆頭とする動画ストリーミング・サービスだ。
配信されているドラマはアメリカや韓国といった国外の作品が中心だったが、2019年にNetflixで配信された『全裸監督』以降、国産ドラマの話題作も増えており、今年は大根仁監督の『地面師たち』、鈴木おさむ企画・脚本・プロデュースの『極悪女王』、岡田惠和脚本、黒崎博監督の『さよならのつづき』といったテレビで傑作ドラマを作ってきたベテランクリエイターによるNetflix作品が続々と配信され話題をさらった。

中でも大きな反響を呼んだのが、地面師詐欺を題材にした犯罪ドラマ『地面師たち』である。
ピエール瀧が演じる司法書士の後藤が言う「もうええでしょう」が、『ふてほど』(『不適切にもほどがある!』の略称)と「はて?」(『虎に翼』の寅子の台詞)と共に今年のユーキャン新語・流行語大賞にノミネートされたのは、配信ドラマがテレビドラマに匹敵する影響力を獲得したことの証明だろう。

『海のはじまり』『ベイビーわるきゅーれ エブリデイ!』若手クリエイターの台頭

宮藤官九郎や大根仁といったベテランクリエイターの作品が話題になる一方、20代後半から30代後半の若手クリエイターがオリジナル作品を発表する機会が増え、斬新な切り口の作品を生み出しているのは、ドラマ業界にとっては明るいニュースだ。

今年、月9(フジテレビ系月曜9時枠)でオリジナルドラマ『海のはじまり』を執筆した生方美久は、現在31歳の若手脚本家。
2021年にフジテレビヤングシナリオ大賞を受賞した生方は翌2022年に、ろう者と聴者の恋愛を描いたオリジナルドラマ『silent』(フジテレビ系)を執筆。善男善女の静かで優しい世界を描いた本作は若者の間で話題になり社会現象となった。
『silent』の他には、2023年に発表した『いちばんすきな花』(フジテレビ系)と今年発表した『海のはじまり』の三作しか連続ドラマの脚本は手がけていないが、どの作品も一度見たら忘れられない強烈な作家性があり、彼女が構築した「静かで優しい世界」は現在の若者を主人公にしたドラマの一つのスタイルとなっており『あの子のこども』(カンテレ・フジテレビ系)や『マイダイアリー』(テレビ朝日系)といった生方作品の影響を感じさせる作品も増え初めている。

一方、深夜ドラマ『ベイビーわるきゅーれ エブリデイ!』(テレビ東京系)は、生方作品の静かで優しい世界とは真逆の立ち位置から、今の若者が直面する困難を紡ぎ出している。

人気アクション映画『ベイビーわるきゅーれ』シリーズをドラマ化した本作は女殺し屋の杉本ちさと(髙石あかり)と深川まひろ(伊澤彩織)の日常を描いた物語。
劇中ではルームシェアをして二人が暮らすゆるふわな日常と、殺し屋稼業を通して人の命を奪う姿がシームレスに描かれる。『ベイビーわるきゅーれ』シリーズの監督・脚本を務める阪元裕吾は28歳の若手で、ドラマ版では全話の脚本を担当しているのだが、ちさととまひろが直面する労働環境の描き方が実に生々しく、今の若者が直面している社会の息苦しさが見事に表現されている。

生方美久と阪元裕吾。二人の作風は真逆だが、若い作家にしか描けない現代社会のリアルを掴んでいることは間違えないだろう。今後の作品が楽しみである。


ライター:成馬零一

76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。