1. トップ
  2. 『【推しの子】』実写化で生まれた新たな可能性… ドラマならではの“挑発的な改変”

『【推しの子】』実写化で生まれた新たな可能性… ドラマならではの“挑発的な改変”

  • 2024.12.9

週刊ヤングジャンプで4年半にわたって連載された人気漫画『【推しの子】』(集英社)が、11月14日に最終回を迎え、大きな反響を呼んだが、11月28日からAmazonプライム・ビデオで連続ドラマも配信され、更なる盛り上がりを見せている。

赤坂アカ(原作)と横槍メンゴ(作画)が、2020年から連載した『【推しの子】』は、人気アイドル・星野アイの隠し子として生まれた双子・愛久愛海(アクア)と瑠美衣(ルビー)の物語だ。

アイドルグループ・B小町のセンターとして人気を博したアイは、念願だった東京ドームコンサートを行う当日に、彼女に隠し子がいることを知った熱狂的なファンによって刺殺される。
その後、犯人は自殺したが、アクアは真犯人はアイの情報を漏らした人物で、その正体は素性のわからない自分の父親だと推察。父親が芸能関係者だと考えたアクアはタレントとなって生前にアイと関係が深かった人物に接触していく。
一方、ルビーは母と同じアイドルになり、元天才子役の有馬かなと人気ユーチューバーのMEMちょと共にB小町を再結成する。

劇中ではアクアがアイの仇をとるために父親を探す復讐譚と、ルビーがアイドルとして芸能界を駆け上がっていくサクセスストーリーが並行して描かれるのだが、一つの物語の中に様々な要素が盛り込まれているのが『【推しの子】』の特徴で、サスペンス、ラブコメ、芸能界の内幕暴露話など、あらゆる角度から楽しめる幕の内弁当のような漫画となっていた。

YOASOBIの主題歌「アイドル」の大ヒットで、時代を象徴する作品に

連載が始まるや否や、漫画ファンの間で話題となった『【推しの子】』だが、2023年にアニメ化されるとファン層は更に大きく広がった。
第1話を異例の90分の拡大版とすることで、アイの死がクライマックスで描かれたコミックス1巻分のエピソードを初回で観せるという大胆な構成を皮切りに、アニメ版『【推しの子】』は原作漫画のキレのあるストーリーを忠実に再現した上で、音と動きのあるアニメならではの作品に仕上がっていた。

中でも最大の収穫と言えるのが、YOASOBIが歌う主題歌「アイドル」だろう。

アイを中心としたB小町とファンの複雑な人間模様を歌ったこの曲は、ikuraの少女的なボーカルとヒップホップ調のトラックとのギャップが面白い異物感を生み出しており、『【推しの子】』のダークでポップな世界観を見事に表現していた。

『アイドル』は、2023年を代表するヒット曲となり。その年の『第74回NHK紅白歌合戦』では、乃木坂46やNewJeansといったアイドルが多数登場するスペシャルコラボレーションを披露。この圧巻のパフォーマンスによって『【推しの子】』と「アイドル」は、2020年代を象徴する社会現象になった。

そして、今年はアニメ第2期が放送され、このまま人気コンテンツとして順調に続いていくと思われたが、11月に突然の連載終了。第1巻の時点で終盤に登場するアイの自伝映画「15年の嘘」の撮影風景が挟み込まれていたため、作者としてはタイミングも含め、予定通りの終わり方だったのかもしれない。
物語の結末も、今までの流れを見て入ればこうなるしかないというものだったが、これまでアクアやルビーに慣れ親しみ、実在するアイドル以上に熱心に推していたファンにとっては受け入れ難いものだったため、最終回が掲載されるや否や、SNSは大炎上した。 ネットの炎上をいかに鎮めるかを繰り返し描いてきた『【推しの子】』自体が最後に大炎上したことには、皮肉なものを感じたが、芸能界の内幕をスキャンダラスに描いてきた本作らしい結末だと感じた。

実写化ならではのアプローチが大成功したドラマ版『【推しの子】』

undefined
(C)SANKEI

そんな衝撃の結末を経て、配信されることとなったドラマ版『【推しの子】』だが、アニメの出来が良すぎたことや、漫画の実写ドラマ化に対する世間の反発が年々強まっていることもあってか、放送前の反応は決して好意的とは言えなかった。

だが配信がスタートすると、絶賛の声が続々と上がり、下馬評を見事にひっくり返した。

アニメ版が原作漫画の忠実な映像化だったのに対し、ドラマ版は実写化した際に違和感のある漫画的に誇張された表現は極力カットし、実写映像だからできるアプローチに全力を注いでいる。
例えば、漫画の冒頭で描かれたアクアが産婦人科医のゴロー、ルビーがゴローの患者で12歳の若さで亡くなった少女・さりなの生まれ変わりということは、ドラマ冒頭では描かず、劇中では伏せられている。
実写シリーズの完結編となる12月20日公開の劇場映画『【推しの子】 The Final Act』では、アクアとルビーの前世が描かれるようだが、漫画読者はすでに知っている転生譚をあえて描かず、アイの物語を集中的に観せることで、物語がゆどみなく進む構成は実に見事だと感じた。
また、漫画ではコミカルに描かれた赤ん坊のアクアとルビーが喋るやりとりや、漫画では見せ場となっている登場人物が覚醒すると瞳に星が宿るという描写も、あえてカットしている。 逆に力が注がれているのが、B小町のライブシーンや、劇中でアクアが出演するドラマや恋愛リアリティショーの撮影シーン。演出に参加しているスミスと松本花奈が、アイドルのMVを多数手がけていることもあってか、アイドル周辺のビジュアルはリアルに再現されている。また、映像のルックもテレビドラマというよりはMVに近いスタイリッシュなものとなっており、観ていて引き込まれる。

中でも一番大胆な改変は、原作漫画では舞台劇だった『東京ブレイド』をテレビドラマに変えたことだろう。
「2.5次元舞台編」は、アクアたちが人気漫画『東京ブレイド』を原作とする舞台劇に挑戦する一方、原作者の漫画家が舞台劇の脚本にクレームを入れて、脚本家や演出家と衝突する姿を描いた回で、実写化にまつわるトラブルに漫画家自身が踏み込んだスリリングな展開だった。

このエピソードを舞台劇ではなく、あえてテレビドラマに変えることで、『【推しの子】』を実写化する作り手の決意表明となっており、ドラマならではの挑発的な物語となっていた。

そして、何より素晴らしかったのが、俳優陣の奮闘である。

本作のキャスティングは役と本人のバックボーンを可能な限り近づけようとしており、例えば人気アイドルのアイを元乃木坂46の齋藤飛鳥が演じ、天才子役の有馬かなを子役出身の原菜乃華が演じている。
そもそも『【推しの子】』自体が俳優やアイドルといった芸能活動を生業としている若者たちの物語なので、若い俳優たちにとっては他人事ではなかったのだろう。虚実の境界が曖昧となり、ドキュメンタリー的な迫力を獲得したことで、ドラマ版『【推しの子】』は傑作となったのである。


ライター:成馬零一

76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。