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当たり前のように夫の名字を選択したけど、サイン会で「名字迷子」に

  • 2024.11.28

私には名字があるけれど、ない。

人は生まれたとき、自分で名字を選ぶことはできない。それでも使っているうちに名字にまつわるニックネームがつけられたり、長年名乗っていくうちに愛着が湧いてくることもあるだろう。
私は生まれたときからある名字が嫌いだった。漢字の見た目も読み方もダサいし、漢字で書くのにもバランスが取り辛くきれいに書けないところが好きではなかった。名字の漢字を見ただけで名字の由来は誰でも想像できるし、いかにも大自然の中で育ちましたみたいなところも好きではなかった。ニックネームに関していうと、小学生の時に全く知らない通りすがりの上級生に「お前の名字○○って言うんだ?インゲンじゃん(笑)」と言われ、しばらくの間「インゲン」と呼ばれていたことはとてもショックな出来事だった。
それでも最初から決められた名字だから仕方ないという諦めの境地に至り、感情を無にして名乗っていた。それは私が名字だけではなく自分の名前さえも好きではなかったからできたことかもしれない。私にとって氏名とは自分を証明するただの固有名詞だった。

◎ ◎

そんな思いを抱えていたので、結婚をするときに私が名字を変えることはとても自然な流れだった。「自分の名字が好きではなかったから、結婚して名字が変わることが楽しみだった」という中学時代の担任の先生のエピソードを聞いてからは、私もいずれ名字が変わる未来が来ることを心のどこかで楽しみにしていた。残念ながらその先生はご主人とお互いの名字を知らぬまま交際し、いざ結婚する時になってお相手の名字を聞いたら、自分と名字が一緒だったというオチだったのだが。
私はというと、夫は私と違って珍しい名字だったこともあり、特に深く考えることもなく当たり前のように夫の名字を選択した。

◎ ◎

ところが、実際に名字が変わってみると、新姓を名乗ることにとても違和感があった。それを特に感じたのは結婚から3年後、初めて大好きな辻村深月さんのサイン会へ行った時のことだ。そのサイン会では書籍へサインをしてもらう際の宛名を事前に小さなメモに書いて渡すシステムだった。基本はフルネームで書いてもらうらしい、という事前情報をもとに考えたが、結婚後の名字で書いてもらった本だとなんとなく自分のものではない感じがした。とはいえ、旧姓で書いてもらうのもおかしな話な気もする、と悩んだ末に名前だけの宛名書きにしてもらった。書店のスタッフの方には「本当に名字はなしでいいんですか?」と確認されたが、今は名前だけが私のものだから「大丈夫です」と答えた。
この時から私は名字迷子になってしまった。形式的に名字はあるけれど、ないのだ。

◎ ◎

夫の名字へ変えたことが嫌だったとか、後悔していると思ったことは1度もない。
それでもこの1件以来、世間で度々話題になる夫婦別姓も選択できたらいいかもしれないと考えるようになった。
以前の職場の先輩が結婚した際に、「俺、名字変わったんだよね」と報告してくれた。「奥さんの名字がめちゃくちゃ珍しい名字だから残したいって言われて、俺も特にこだわりがなかったから」というのが先輩が名字を変えた理由だった。ただ先輩のご両親に事前の相談なくそのことを決めたらしく、ご両親に報告した時には「え、婿入りするの……」と少し悲しそうな表情だったことを申し訳なく思ったそうだ。

◎ ◎

そもそも「嫁入り」「婿入り」という呼び方や考え方も私はあまり好きではないし、私は私でしかないのだから夫婦別姓どころか名字も名前も自分で決めることができたらいいのに、と思ってしまう。ただ本当にそれが許されるようになってしまうと無法地帯になることは分かっているので、選択的夫婦別姓が落としどころとしては一番しっくりくる。

とはいえ私は、夫とお揃いになった名字をこれからたくさん名乗って、たくさんの思い出とともに愛着を感じる自分の固有名詞に育てていきたい。いつかこれが私です、と胸を張って言える名字になることを願って。

■栗村はづきのプロフィール
本屋に住みたい会社員。春と秋の風が好き。

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