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女性に対する暴力撤廃の国際デーに考える──ジゼル・ペリコの裁判がすべての女性にとって重要なわけ

  • 2024.11.27
『VOGUE GERMANY』のデジタルカバーに登場したジゼル・ペリコ
『VOGUE GERMANY』のデジタルカバーに登場したジゼル・ペリコ

本記事内には暴力的や性的な描写が含まれます。

マザンは南仏プロヴァンス地方にある小さなワイン村で、城壁に囲まれた古い町並みと約6,000人の住民がいる。ここマザンで現在、51人の男性が強姦罪で裁判にかけられている。2024年9月2日に裁判が始まって以来、フランス全土そして世界中が混乱に陥った。その中心にいるのが、ジゼル・ペリコだ。彼女は夫のドミニク・ペリコとともに、フランスのエネルギー供給会社に長年勤めながら3人の子どもを育て、2013年にプロヴァンスに移り住んだ。

告発によると、ドミニクは9年以上にわたり妻のジゼルに定期的に薬物を投与し、意識不明の彼女をインターネット上で知り合った男性らと強姦。さらにドミニクは、男性たちがジゼルに性的暴行を加える様子を撮影していたという。現在、ドミニクを含め51人が裁判にかけられており、ほかにも身元が判明していない、死亡しているもしくは身元を隠している加害者がいるとされている。真実が明らかになったのは、ドミニクが2020年に逮捕されたとき。彼が外出先で女性のスカートのなかを撮影していたところを発見され、その後、捜査官がペリコ夫妻のアパートを捜索したところ、ドミニクのパソコンから「虐待」というタイトルのフォルダを発見。そこには、ジゼルに性暴力を加えている様子を撮影した録画が集められていたそうだ。これによりドミニクは自白をするに至り、「私はレイプ犯です」と法廷で語った。一方で、50人の被告のほとんどは無罪を主張し、多くは「夫の同意があれば十分だと思っていた」と述べた。これは、女性の権利に対する彼らの理解を表す発言である。

このような重大な暴力犯罪に関する裁判は通常、非公開で行われる。被告人のプライバシーを守るため、そして被害者に保護された空間を提供するためだ。しかし、ジゼルはこれを望んでいない。彼女は自分の闘いを視聴者、報道機関、そしてほかの女性たちのために公にすることを選んだ。自分が経験した試練を「性暴力の被害者となった世界中のすべての女性と男性」に捧げるという。

この事件が知られるようになって以来、さまざまなメディアが取り上げてきた。『ニューヨーク・タイムズ』紙、英国の『ガーディアン』紙、スペインの『エル・ムンド』紙、さらにインドのメディアまでも、ヨーロッパで起きている前例のないこの裁判について報じている。世界中の人々がジゼルに連帯を示しており、ジゼルの娘は法廷で実の父親であるドミニクを「過去20年間で最大の性犯罪者の一人」と呼んだ。

多くの場合、性的暴力は身近な人によって行われる

ジゼル・ペリコ
Gisele Pelicot, Victim In Rape Case That Shocked France, Attends Trialジゼル・ペリコ

この裁判の規模は前例がないとされる。しかしその背後にある犯罪自体はそうではなく、残念なことに、レイプは“日常茶飯事”だと言わざるをえない。2023年ドイツでは、女性に対する性的暴行の件数が前年比で6%以上増加。フランスでは毎年94,000件のレイプや強姦未遂が起きている。ジゼルの住むマザンは特出して犯罪率が高いわけでもない小さな村だが、ドミニクはここで意識不明の妻を強姦し、その様子を撮影されることをいとわない男性を多数見つけることができた。ジゼルに性的暴行を加えたのは近隣に住む21歳〜68歳で、なかにはジャーナリスト、消防士、トラック運転手、看護師、刑務官、年金受給者、起業家、既婚男性も含まれていたという。

ほとんどの場合、性的暴行は知人や友人、同僚、親戚、パートナーや夫など身近な人によって行われる。しかし1997年まで、ドイツでは婚姻関係における性暴力は法律で罰せられなかった。本事件は性的暴行の現実を映しており、さまざまな理由からこのような行動が正当化されると考える男性が多いのも事実だ。

現在の法制度において“真実を立証”することの難しさ

ジゼル・ペリコ
FRANCE-JUSTICE-TRIAL-INVESTIGATION-ASSAULT-WOMENジゼル・ペリコ

さらに本事件はその規模だけでなく、証拠においても特異である。ジゼルは性的暴行を加えられている間、意識を失っていたため「本当にはっきりとノーと言ったのか?」「他の合図は送らなかったのか?」「どんな下着を着けていたのか?」などと理不尽な非難を受けることもない。何時間にもわたって撮影され、ラベルが貼られ、フォルダーに保存された録画がその証拠だ。ドミニクの自責の念に満ちた自白は、彼に残された唯一の弁護戦略だった。

しかしほとんどのケースでは、証拠を見つけることが最も難しい。いくつかの研究が結論づけているように、性的暴行の有罪率は低い。正確な数字は統計的に記録されていないが、2016年3月に政治家のハイコ・マースは、報告された事件のうち有罪判決に至ったのはわずか8%に過ぎないと述べた。「冤罪が多かったに違いない!」そう思うのは間違いだ。女性相談センターおよび女性緊急ホットラインは、ドイツにおける冤罪の割合をわずか3%と推定している。

専門家の意見を訊くべく、ベルリン・ノイケルンを訪ねた。すりガラスの壁に囲まれた商業ビルの一室に、弁護士のアシャ・ヘダヤティが座っている。彼女はあらゆる種類の暴力を経験した女性をサポートしており、著書『サイレント・バイオレンス』では、女性が暴力から逃れた後に経験する構造的暴力について書いている。「レイプされた女性が法制度のなかで正義を得ることはほとんどありません」とヘダヤティ。これにはいくつかの理由があるが、その中心となるのが「真実の立証」だ。性暴力事件の大半には目撃者がいない。そのため証言が対立し、証拠不十分で不起訴となる「例えば、現在フランスで議論されている『Yes Means Yes』型(積極的な同意がなければ性暴力である)では、このような事態に対応することができます」とヘダヤティは言及する。

罪の意識や恥は加害者のみが感じるべき

11月25日「女性に対する暴力撤廃の国際デー」を前に、パリで行われたデモ。
March Against Violence Against Women In Paris11月25日「女性に対する暴力撤廃の国際デー」を前に、パリで行われたデモ。

被害を受けた人々の多くにとって、まずそれを告発することが困難だ。性暴力や性的虐待などの犯罪のうち、報告されるのはわずか9.5%と推定される。ヘダヤティは、「これは多くの場合、被害者が恥を感じているからだ」と話す。犯罪学の研究結果でも、報告される事件が非常に少ない要因は恥だと示唆している。

これはジゼルが公の場で闘っている理由の1つだ。彼女は日々裁判が行われるなか堂々と法廷に入り、前で待つ人々の拍手喝采を浴びる。ジゼル自身が、恥は性暴力の被害者ではなく加害者が抱くべきものだ、と表現しているのだ。性暴力の異常性はその行為にあり、「非難や恥は加害者のみにあるべき」とヘダヤティは強調。この裁判が与える最も変革的で意味を持つメッセージの1つだろう。一方で、ジゼルのように振る舞うことは極めて難しい。地下鉄で“偶然”痴漢に遭ったときすぐに声を上げること、身近な相手からの暴行を告発すること、暴力的または同意なしに起こることのすべてを即座に弾糾することはできるだろうか。被害者が沈黙を破ることが当たり前になったら……。

ジゼルの言動は、この世界に対する反抗といえる。これまでどれだけの人が、言い争いたくない、職場の雰囲気が悪化する、家族が引き裂かれる、友情が壊れるなどの理由から黙ることを余儀なくされてきただろうか。ヘダヤティは、「ジゼルの行動が、私たち女性は抵抗ができることを示してくれています。そして今日、法廷の外で待ち拍手を送る人々がたくさんいます」と述べる。

この事件を経ても「真実の立証」という問題は未だ解決されていない。それでも、ジゼルの裁判は変化のきっかけとなっている。ジゼルの弁護士ステファン・バボノーは、彼女の行動が「性犯罪の被害者たちが隠れる必要はないことを示した。たとえ最もプライベートなことが公になったとしても、恥が沈黙を招くようではいけない、声を上げなければ真実は決して明るみに出ない」と語る。ここにおける真実とは、報告されていない数々の事件である。暴行を受けたにもかかわらず、恐怖、諦め、恥などから声を上げられなかったすべての被害者たちの真実だ。

11月25日、ドミニクにフランスにおける強姦罪の最高刑である禁錮20年が求刑された。同時に、10年間の治療も求めたという。ジゼルの行動が1つの道標となることで、被害者が威厳を保ち大きく声を上げることができる世界の訪れに一歩近づいたはずだ。

Text: Livia Sarai Lergenmüller Adaptation: Nanami Kobayashi

From: VOGUE GERMANY

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