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「人は誰しも美的幻影を追い求める」イヴ・サン=ローランが憧れた俳優とは?

  • 2024.12.10

文筆家・村上香住子が胸をときめかせた言葉を綴る連載「La boîte à bijoux pour les mots précieuxーことばの宝石箱」。今回はファッション界に革命をもたらした「モードの帝王」イヴ・サン=ローランのことばに迫る。

いわゆる現代的な言葉で言えば、自分ではない誰かに憧れることを「推し」というけど、たしかにだれしも他者に憧れる強い欲望を持っている。とりわけいまは次から次に魅力あふれる人たちが、芸能人だけでなく、Tiktok やインスタでは素人のひとでも、ある日突然100万人近いフォロワーに支えられて、スターの座をかちえることがあるようだ。

研ぎ澄まされた美意識の持ち主だったサンローランは、そうした時代になる前から、美の幻影に出会ったら、そのひとを追い求め、もしかしたら追いかけていき愛の言葉を告げていたかもしれない。サンローランという世界に誇る耽美的なブランドを背負って、一年中世界のジャーナリストたちを満足させるコレクションを生み出していた彼には、常に身近にミューズが必要だったのではないか。そしてそのミューズは女神ではなく、男神だったかもしれない。頭の中ではオリンポスの神々の中のアポロを夢見ながら、女性のコスチュームをクリエイトしていたのだから、彼の美意識は一筋縄ではいかないものだっただろうし、暗く、深いものだったに違いない。

パリに住んでいた頃、友人の作家の家での夕食会で、偶々隣の席に座った俳優がいて、それが切っ掛けになって、私は彼の出演する舞台をウィーンやル・アーヴルまで追っかけをするようになった。こうしていつの間にかすっかり私の「推し」になってしまったパスカル・グレゴリーだが、彼はサンローランのお気に入りだった。「今度生まれてくる時は、パスカル・グレゴリーになりたい」といっていたというから、余程入れ込んでいたに違いない。

ある時ヨーロッパ最高の演出家のパトリス・シェローが、当時恋人だといわれていた彼の秘蔵っ子パスカル・グレゴリー主演のギリシャ悲劇「フェードル」を上演した初日、サンローランが観劇に来ていたが、その日パスカルの楽屋に行くと、数百本の紅薔薇が届いていた。あんな花束は、私も生まれて初めてみた。その巨大な花束は楽屋に運び込むのが大変で、花屋がトラックみたいなのに入れて数人で運んできたといっていた。

現在パスカル・グレゴリーは、ポール・オースターの戯曲に出演している。イヴがいたら、きっと劇場に駆けつけたに違いない。

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Yves Saint-Laurent1936年、フランス領アルジェリア生まれ。18歳で親元を離れパリ17区へ、デザインコンクールのドレス部門で最優秀賞を受賞しクリスチャン・ディオールのアシスタントに。57年、ディオールの死去により同社の主任デザイナーに就任、60年まで5つのコレクションを発表。61年からは自身のメゾン「イヴ・サンローラン」を設立。2002年にパリのオートクチュールコレクションを最後に引退し、その後はモロッコの自宅で過ごしていた。08年、癌のため71歳で逝去。

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