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日本古来の山野草から、里山の可能性を広げたい。日本草木研究所の古谷知華さん

  • 2024.11.26

日本の里山で古くから食用に利用されてきた植物を収集し、それを用いた商品開発などを行う古谷知華さん。「日本草木研究所」を立ち上げ、森に眠る多様な植物の利用を通じて森林の持つ新たな可能性を探っています。日本の山野草について興味を持ったいきさつや、自ら森へ分け入り伝えたい思いについて伺いました。

●サステナブルバトン5‐8

森に眠る国産スパイス&ハーブ

――里山で食材となる植物を採取し、研究する「日本草木研究所」を立ち上げました。普段どのような活動をしているのですか?

古谷知華さん(以下、古谷): まずひとつは、日本全国の里山に入って、食べられる植物を探し、収集する活動です。国定公園などでは採取はできないので、その地域では伝統的にどんな植物が食べられているのか、自生する植物で食べられるものがないかなど、専門家の教えを受けながら発見していくフィールドワークが主になります。

また、北海道から沖縄まで約20カ所の山主さんと提携しており、山主さんの私有地内で収集しながら、「これは可食植物としてポテンシャルが高い」と思ったものを、山主さんにフィードバックして活用法を一緒に考えています。私たちが発信する内容に興味を持ち、SNSを介して連絡をくださる若い山主さんも多く、山の資源を活かしたいと積極的にご協力くださっています。収集先で魅力的な植物に偶然に出会うこともあり、何だかずっと自由研究を続けているような感覚なんです。

本人提供

――日本で古くから食用とされてきた伝統的な草木の歴史や価値を研究し、記録もされていますね。

古谷: 11月初旬に東京都内で行った発表会では、めったに入手できないアオモリトドマツ(オオシラビソ)を展示し、その香りとともにどのような価値があるかをお伝えしました。この木との出会いは5年ほど前で、以来その香気にすっかり魅了されたのですが、アオモリトドマツは国有林に生えており、勝手に採取することはもちろん、商用目的での利用はできません。

どうしたら魅力を伝えられるか思案する中で、地元のマタギの皆さんが神棚に飾ったり、燻した煙で空気を浄化したりするなど、伝統的に活用してきたことを知りました。この11月の発表会では、マタギの皆さんのご協力と林野庁のお力添えのもと、マタギの文化を伝える目的で展示することができました。この過程では、探していた自生するホップを青森の森林で採取するなど、他にも嬉しいことがたくさんありました。

朝日新聞telling,(テリング)

昔から使われてきた身近な野草の活用法を調べて記録しています。たとえば、ヨモギは食べるだけでなく、殺菌効果があるので傷口などにすり込んだり、鳥取県の一部では神事に使われたりしています。また、シナモンと聞くと外国の植物と思われがちですが、沖縄にはシナモンの一種カラキが自生していて、泡盛に漬け込むなどして古くから親しまれています。しかも、シナモンスティックのように樹皮ではなく主に葉っぱを使っているため、木を痛めない持続可能な活用法なんですよ。

――昔から伝わる、自然を上手に生かす生活の知恵があるのですね。

古谷: 植物と人間の付き合い方は地域によって様々で、その使い方を知っているのは地元でも高齢の女性だけだったり、すでに廃れてしまっていたりして、文献で伝えられるのみというものも少なくありません。私たちはそうした地元の方や植物学者ら専門知識のある方々と、安全性や持続可能性を確認しながら収集しています。そうでないと毒性のある植物を可食植物と間違えて利用してしまい、万が一にも事故につながっては大変ですから。

また、地元の方が山野草やキノコなどを採るときは、根本からごっそり全部取り切ったりはしません。それはもちろん自然界のためであり、来年以降も恵みを受ける自分たちのためでもあるのです。最近はよく「自然と共生」というワードを耳にしますが、伝統的な暮らしを実践する方々と話していると、森の再生を促しながら森を活用しているなと感じますし、それこそが本当の自然との共生だなと。食を入り口に、森と人間のあるべき姿も伝えらていけたらいいなと思っています。

本人提供

――そうした植物たちの新たな活用法として、これまでにどのような製品を手がけてきましたか?

古谷: 初めのころは、香りで植物を感じてもらいたいと思い、エキスを抽出したドリンクやお酒類を多く手がけていました。モミやアカマツ、クロモジなど、国産の野生の香木を蒸留して加工した「草木炭酸FOREST SODA」や、原材料の60%以上にスギ、ヒノキ、ナラの間伐材を用いたクラフトジン「草木酒フォレストジン」などはいまも定番の人気商品です。今年に入ってからは「沖縄胡椒の生塩漬け」のように、植物そのものを味わっていただく製品も手がけています。植物を目で見て、食べて、香りや刺激を味わうことで、「これが日本の森に生えてるんだ」と、実感できると思うんです。

いまや、海外産のスパイスやハーブは当たり前に食卓に並びますよね。それと同じように、日本の植物もテーブルに並ぶようにするのが私たちの目標です。ただ、1社だけが孤軍奮闘しても広がりに限界があるので、私たちはプロダクトを生み出すメーカーというより、開発や卸業に注力していきたいなと思うようになりました。山主さんたちにご協力いただきながら、クラフトの蒸留所などに既に卸し始めています。酒蔵の皆さんからも「日本にも良い植物があるんですね」「物語のある製品が造れる」と好評です。

日本版コーラ開発がきっかけに

――そもそも、なぜ日本の植物に注目するようになったのですか?

古谷: 森に興味を持ち、フィールドワークするようになったのは6~7年前からなんです。当時、広告会社で商品企画などを担当しており、大手飲料メーカーに対して新たな商品、例えばクラフトコーラの提案などをしていました。試作品を手がける中で、コーラにはたくさんスパイスが使われており、その全てが海外から輸入されていることに衝撃を受けたんです。

朝日新聞telling,(テリング)

結局、この時は商品として形になりませんでしたが、ならば日本版コーラを自分自身で作ってみたいと思い、和の植物に詳しい人に話を聞くと、「日本にもシナモンの木があるよ」とか「クローブに似た香りの花がある」と教えてくれました。そこで試行錯誤を繰り返し、2018年に完成させたのが「ともコーラ」です。国内の植物だけでコーラを作れるなんておもしろいと置いてくださるお店も増え、食への高い関心が形になったことは自分にとって大きなきっかけになりました。

食材を求めて森に入るうちに、森の魅力が伝わっていないため事業として立ち行かず、山主さんも管理しきれないまま手をかけられずに荒れていくなど、日本の森の深刻な状況も見えてきました。きちんと活用することが森を守ることにつながるんじゃないかと思うようになったんです。

――以前から食への興味が旺盛だったのですね。

古谷: 我が家が食育を重視する家庭だったせいか、小さいころから食べることが大好きなんですよ。母はいろんな自然の食材を積極的に使う人だったので、香りの強いハーブやスパイスにも抵抗がありませんでした。それに気づいたのは大学生になって自炊するようになってから。よく友人たちから「外国の料理みたいだね」って言われていました。

――大学では建築を専攻したそうですが、今の活動につながる部分はありますか?

古谷: 課題解決に向けて考える力でしょうか。建築学科では、社会課題に対してどうすればよいかというデザイン全般を学びました。たとえば、「過疎化して人口減少しているエリアに、活性化するための何かを作ろう」というコンセプトワークを繰り返すイメージです。ただ、建築系の企業にそのまま就職すると、アウトプットも当然ながら建築物になります。それが私には少し窮屈に感じられて、幅広い企画や提案ができそうな広告会社を選びました。

朝日新聞telling,(テリング)

でも、クラフトコーラの話ではないですが、クライアントワークのほとんどは表に出ないんです。社内外の関係者は満足しても、世に出なければ何の変化も与えられないなと疑問を持つようになりました。大きな企業の力を借り、その中で動くとぐっと前進する力はもらえますが、私にとっては物事をゼロからイチに立ち上げ、形にして表に出していく方がいいなと思い、起業に至りました。

――華やかな経歴を手放し、一歩を踏み出すことに不安はありませんでしたか?

古谷: ありませんでした。もともと食が大好きなのでそれに関われる喜びがあります。おかげさまで今まで、借金をすることもなく、事業を展開できています。そもそも起業する人って、あまりリスクを感じ過ぎないんじゃないかなと。仮にダメになったとしても、経験は残ります。また就職したくなったときは、それを生かしてまたどこかで雇ってもらえるんじゃないかなって考えています(笑)。

“サステナブル”を見極める眼を

――今後、さらに注力したい活動は何ですか?

古谷: この11月で設立から丸3年が経ちますが、もっと食を通じて一般の人が里山を体験する機会を増やしたいですね。いま進めているのは、ラグジュアリーホテルが保有する里山で、食べることを視点にしたネイチャーガイドのようなプログラムの開発です。単に木の種類をガイドに教えてもらってもピンときませんが、自分でその植物を食べるということになれば一気に身近なものになりますから。

朝日新聞telling,(テリング)

また、植物の栽培にも力を入れたいです。日本の山のほとんどは、建材になるスギやヒノキばかりですが、それですら60年に一度切り出したときしか換金できません。その点、スパイスやハーブになる植物は植えてから3~5年後に実がなり、そこから毎年のように収穫できます。スパイスやハーブは丸太に比べてすごく軽く、しかも良い値が付くので、これまでずっと森を守ってきた山主さんたちの安定収入にもつながります。地域に合った価値のある植物を育てていただき、それを日本草木研究所が買い取り、メーカーなどに卸していくというスキームを10年以内に確立したいですね。

すでに少しずつ動き始めています。あるペットフードメーカーさんから国産のマタタビを探して集めてほしいと相談を受け、その調査と収集のために今年3月、今回この連載のバトンを繋いでくださったモリアゲのと一緒に山に入りました。麻子さんが開くモリアゲの会などにも参加させていただき、「森を守りながら経済も循環できる新しい仕組みを作っていきたいね」と話しています。

――では最後に、古谷さんにとってサステナブルとは。

古谷: サステナブルという言葉は、すごく浸透したと感じますが、本来はもっと重たい言葉なんじゃないかなと思うことも多いんです。たとえば、スーパーフードとしてモリンガが話題になると、大手食品メーカーはこぞってそれを輸入して健康食品コーナーに並べます。ですが、海外のものをすぐに取り入れてしまう前に、「似た有効成分を持つ植物が日本の山には生えていないのか?」という視点で調査して活用してほしいと思うんです。そうすれば、「食料の輸送量(t)」と「輸送距離(km)」をかけあわせた指標であるフードマイレージを減らせますし、山主さんも喜びます。

朝日新聞telling,(テリング)

また、一見サステナブルに見えることが、実はそうでもないと感じることもあります。国内に自生するハシバミは“和製ヘーゼルナッツ”と呼ばれ、古くから食用とされてきました。そうしたエリアに、より大きな実がなるセイヨウハシバミ(いわゆるヘーゼルナッツ)を栽培すると、在来種のハシバミと自然交配が起こり、日本本来の生物多様性を失うリスクがあるんです。ただ国産として栽培すればサステナブルというわけではないんです。

つまりサステナブルには、思慮深さが求められるのかなと。そのためにはより深く知ること、見極める眼を養うことが大事になってくるのだろうと思います。企業側にそうした視点を求めたり、働きかけたりすることで世の中を動かし、よい流れを作っていければいいなと思うんです。

●古谷知華(ふるや・ともか)さんのプロフィール

1992年、東京生まれ。2015年東京大学工学部建築学科卒。大手メディア企業を経て独立。調香やハーブ・スパイスに関する知識を活かしてクラフトコーラの生みの親である「ともコーラ」を18年に開発、ヒット商品に。21年からは日本の山に自生するハーブ&スパイスのプラットホーム「日本草木研究所」を立ち上げる。

■キツカワユウコのプロフィール
ライター×エシカルコンシェルジュ×ヨガ伝播人。出版社やラジオ局勤務などを経てフリーランスに。アーティストをはじめ、“いま輝く人”の魅力を深掘るインタビュー記事を中心に、新譜紹介の連載などエンタメ~ライフスタイル全般で執筆中。取材や文章を通して、エシカルな表現者と社会をつなぐ役に立てたらハッピー♪ ゆるベジ、旅と自然Love

■齋藤大輔のプロフィール
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。

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