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【ネタバレ解説】『ドリーム・シナリオ』着想の元となったネット・ミームとは?ラストで着ていたスーツの意味とは?徹底考察

  • 2024.11.29

監督デビュー作『シック・オブ・マイセルフ』(2022年)で世界中から注目を浴び、『ミッドサマー』(2019年)で知られるアリ・アスターもその才能を絶賛した、ノルウェーの新たな才能クリストファー・ボルグリ。その監督2作目となる『ドリーム・シナリオ』(2023年)が、11月22日(金)より公開中だ。

「ある大学教授が世界中の人々の夢のなかに出現する」という、超トリッキーなプロット。悪夢のような出来事が、ブラックなユーモア感覚で描かれる。主演を務めるのは、『ザ・ロック』(1996年)、『フェイス/オフ』(1997年)など数々の映画に出演してきた名優ニコラス・ケイジ。プロデューサーの一人にアリ・アスターが名を連ね、今やオスカー常連のスタジオA24が製作・配給を手がけた、今秋注目の話題作だ。

という訳で今回は、『ドリーム・シナリオ』についてネタバレ解説していきましょう。

映画『ドリーム・シナリオ』(2023)あらすじ

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ごく普通の暮らしをしている大学教授のポール・マシューズ(ニコラス・ケイジ)。ある日、何百万という人々の夢の中に一斉にポールが現れ、一躍有名人に。人々にもてはやされ、メディアの注目を集め、夢だった本の出版まで持ちかけられ、ポールは天にも昇る気持ちだった。

しかし、そんな夢のような日々は突然終わりを告げる。夢の中のポールが様々な悪事を働くようになり、現実世界で大炎上。その人気は一転、ポールは一気に嫌われ者になり、悪夢のような日常が始まる。何もしていないのに人気絶頂を迎え、何もしていないのに大炎上したポールの運命は……!?(公式サイトより抜粋)

※以下、映画『ドリーム・シナリオ』のネタバレを含みます。

8000人もの人々の夢に登場した謎の男 “This Man”

全世界の人々の夢に登場する謎の男。明らかにこれは、世界的に有名なインターネット・ミームのThis Man(ディス・マン)に着想を得たものだ。

ことの発端は、2006年まで遡る。ニューヨークの精神科医が、ある患者から「面識のない男性が、繰り返し夢の中に登場する」という不思議な話を聞かされる。患者がその未知の男性の絵を描いたところ、それを見た別の患者が「この人物は、自分の夢にもしばしば登場する」と発言。ほかの患者にもその絵を見せると、合計4人がこの男……This Manを夢のなかで見たことがある、と証言した。

2008年に「Ever Dreamed This Man?」(この男の夢を見たことがある?)というウェブサイトが立ち上がると、ニューヨークだけでなく、ロサンゼルス、パリ、ロンドン、ベルリン、北京、バルセロナなどあらゆる都市から、目撃情報が報告される。その数、およそ8000人。たちまちThis Manはワールドワイドな都市伝説となり、あっという間にミーム化した。

だが、実はこれはアンドレア・ナテッラというイタリアの社会学者による創作。This Manはある種のコンセプトアートであり、マーケティングとして仕掛けられたフェイク・ストーリーだったのである。『ドリーム・シナリオ』には、ポールを利用してスプライトのキャンペーンを画策する怪しげな広告代理店が登場するが、このあたりの設定もThis Man騒動に端を発したものだろう。

集団心理によって拡散されていくフェイク・ストーリー。現実のポールは無害でおとなしい大学教授だが、夢の中の彼は残虐の限りを尽くすサイコ・キラーであり、その恐怖がバイラルに広がっていく。もはや現実なんてどうでもいい。皆がポールという人物に恐れ慄いていること自体が問題なのだ。客観的事実よりも個人的な感情が優先される、いわゆる“ポスト・トゥルース”的状況。この映画は“脱・真実”という現代社会の病理を、ブラック・ユーモアを交えて描いている。

もうひとつ、クリストファー・ボルグリがこの映画を着想したきっかけとして、こんなコメントをしている。

「16歳の頃、3~4年ほどビデオ店で働いていました。その頃、映画にすっかり魅了され、いつか映画を作れるかもしれないと思うようになりました。しかしノルウェーの小さな町で、自分が楽しんでいた映画のような光景は何も見られなかったことを覚えています。そこで語られるべき物語がないように感じて、私は苛立ちました。 そして、自分が行ける場所があることに気づいたのです。それは自分の頭の中でした」
(rogerebert.comによるクリストファー・ボルグリへのインタビューより抜粋)

彼は「映画監督になりたい」という夢を、映画で描かれるような物語の舞台を、まさに夢の中に見出していた。ローカルな環境に対する鬱屈とした感情が、『ドリーム・シナリオ』へと繋がっていったのである。

肥大化した承認欲求 『シック・オブ・マイセルフ』との共通点

また、この奇妙な映画を紐解くにあたっては、クリストファー・ボルグリ監督の前作『シック・オブ・マイセルフ』が良い補助線となる。主人公は、カフェの店員として働いているシグネ。尋常ならざる承認欲求に取り憑かれている彼女は、副作用を知りながら違法薬物に手を出し、顔や体に炎症を発症させて、周りからの歓心を買おうとする。「こうありたい自分」と「現実の自分」とのギャップに耐えきれず、自らの意思で重篤な状態へと陥っていくのだ。

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『ドリーム・シナリオ』のポールもまた、理想と現実の狭間で苦しんでいる。うだつのあがらない大学教授の彼は、明らかに学生からはナメられているし、娘たちからはウザがられているし、学生時代の同級生が主催するパーティーにも招待されずじまい。大学院時代から研究してきた「アリのコロニーのアルゴリズム」について出版する夢を抱きながら、ままならぬ人生を送っている。

そんな彼の小さな自尊心は、知人のシーラが同じテーマの論文を発表することで、完全に崩壊してしまう。自分のライフワークが横取りされるなんて! だが実際には、彼は一文字も書いていなかった。いつか立派な学術書を発表して、周りから認められたいという承認欲求が肥大化していただけ。彼は典型的な「俺はまだ本気出してないだけ」おじさん。『シック・オブ・マイセルフ』のシグネと根っ子では同じタイプなのである。そして二人とも名声という得体の知れないものに絡めとられ、抗い、自壊していく。

「この映画では、名声をかなり陰鬱な道具として描いています。ある意味では成功を手助けするものですが、同時に、それをコントロールしようとすればするほど、手からすり抜けていくものなのです」
(rogerebert.comによるクリストファー・ボルグリへのインタビューより抜粋)

ちなみにクリストファー・ボルグリ監督は、次回作もA24&アリ・アスター製作という座組で、ゼンデイヤとロバート・パティンソン主演の映画『THE DRAMA』を撮影する予定だという。おそらくこの作品でも、承認欲求、名声というテーマが内包されることになるのではないだろうか。

不思議の国のポール

娘の学芸会を一目見ようと、ポールが学校の体育館に駆け込む場面。思わぬ事故で、彼は学校の先生に怪我を負わせてしまう。夢ではなく現実世界で危害を与えてしまったことで、彼はさらなる窮地に追い込まれていく。

象徴的なのは、娘のハンナが白ウサギの衣装に身を包んでいること。どうやらこれは、『不思議の国のアリス』のお芝居のようだ。思えば白ウサギは、アリスを不思議の国へと誘うガイド役だった。ポールもまた導かれるようにして、潜在意識を共有できるデバイスで不思議の国=夢の世界へと逃避していく。

だがその世界は、彼が思い描いていたような場所ではなかった。まるでインターネットのように、インフルエンサーが商品を売りつける巨大な広告スペース。個人の夢も広告主に簒奪されるディストピア。それでも彼は夢に居続けようとする。別居した妻ジャネット(ジュリアンヌ・ニコルソン)と、一緒にいられるからだ。

この映画のエンディングは、あまりにも哀しい。彼は妙に肩幅の広いダボついたスーツを着て、ジャネットと一緒に歩いている。それは、ロックバンド「トーキング・ヘッズ」のデイヴィッド・バーンが、ライヴ映画『ストップ・メイキング・センス』(1984年)で着用していたもの。

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ポールとジャネットはかつて、こんな会話をしていた。

「トーキングヘッズの仮装をしたでしょ?」
「ああ」
「あれは何だか妙にセクシーだった。あのスーツを着て私を窮地から救って」
「それが君の妄想?肩幅の広いふざけたスーツがいいの?」

妻にとって理想の自分に近づくために、ポールはデイヴィッド・バーンのスーツを着る。そして映画のエンドクレジットで流れる曲は、トーキング・ヘッズの「City of Dreams」だ。

We live in the city of dreams
We drive on this highway of fire
Should we awake
And find it gone
Remember this, our favorite town

私たちは夢の街に住んでいる
私たちは炎のハイウェイを走っている
目を覚ますべきだろうか
そして、それが消えてしまったと気づくべきだろうか
これを覚えておいてほしい、私たちの大好きな街を

「現実なら良かった」。そんな言葉を言い残して、彼は空の彼方へと吸い込まれていく(=現実世界へと戻っていく)。おそらくポールは愛する妻に会うために、そこが巨大な広告スペースであることを知りながら、何度も夢の世界へとダイブすることだろう。何度もデイヴィッド・バーンのスーツを着ることだろう。

承認欲求、名声というテーマを描いたブラック・コメディ『ドリーム・シナリオ』。だが最後の最後で、この映画は悲しいラブストーリーとして帰着するのである。

(c)2023 PAULTERGEIST PICTURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

※2024年11月22日(金)時点の情報です。

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