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エイミー・ワインハウスの半生を丁寧に描いた伝記映画。

  • 2024.11.29

エイミー・ワインハウスの半生を描いた映画『Back to Black エイミーのすべて』の見どころは、先ず彼女の人生を悲劇として描いていない点にある。もちろん27歳の若さで早逝したことは残念でしかないが、最期まで自分らしくありたいと闘った生き様は、私たちに勇気を与えてくれるのではないだろうか。

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イギリス出身のエイミー・ワインハウス(1983-2011)は、ジャズやソウルミュージック、R&Bなどを独自のセンスでミックスし、 さらにその歌詞や歌唱力も高く評価されたシンガー・ソングライター。「リハブ」を筆頭に、2008年の第50回グラミー賞で最優秀新人賞や最優秀楽曲賞など5部門を受賞。マリサ・アベラが演じる。

ドキュメンタリー『AMY』と伝記映画『Back to Black』の違い。

エイミーの映画といえば、第88回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した『AMY』(2016年、アシフ・カパディア監督)が記憶に新しい。この監督にインタビューした内容はすでに記事にしたが(後述)、約1000時間もあるという映像素材から編集した作品には、元夫ブレイク・フィルダー=シヴィルが提供したのではないかと思われる写真まで含まれていて、初めて観たときはその生々しさにショックを受けた。エイミーの親友たちがなかなか協力したがらず、父親が全く認めなかったという話にも納得できたし、そこからの編集という作業には、監督の意図が強く感じられた。

カパディア監督は次のように話していた。

「エイミーはアーティストとしては非常にポジティヴだけれども、人としてはやっぱりある種の"アンダードッグ(負け犬)"だったわけで、だからこそ惹かれた。それに加えて、彼女はユダヤ人で、僕はイスラム教徒のインド人なんだけど、彼女とは住んでいる場所も近所だったので、非常にパーソナルな部分で共通点もあった」

このことから、意識的にその生き様を悲劇的に描こうとしていたことが感じられる。

一方、『Back to Black』を監督したサム・テイラー=ジョンソン(ジョン・レノンの伝記映画『ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ』(2009年)の脚本・監督)は、同じ女性という目線から、エイミーを悲劇の犠牲者としてではなく、ひとりの人間として彼女自身の物語を描こうとした。というのも、メディアに登場した彼女のイメージの多くが、まるで外側から見ているような覗き見的な性質を持っていたからだ。 

当時はどこへいってもパパラッチの餌食となる時代であり(いまはスマートフォンによって万人がパパラッチ可能な時代になってしまったが)、私たちが目にした彼女の写真の多くが、パパラッチによって撮られた非公式なものが多かった。曲がヒットして突然有名になったものの、歌うことは大好きでも有名になりたいわけではなかったエイミーはというと、無防備で、スキャンダラスに扱われた。仕事から離れて休暇を取っている場所に父親がカメラクルーを連れてきて、それを嫌がっていた場面が『AMY』にあったが、これも彼女にとってパパラッチ的行為に思えたと言っていいだろう。


彼女が愛した数多の歌で人生を表現し、最愛の祖母との関係も丁寧に描く。

『Back to Black』では、エイミーを演じるマリサ・アベラ(『バービー』(2023年)の王女バービー役ほか)が熱演している。さすがにそっくりというわけにはいかないが、エイミーと同じユダヤ人であり、彼女が亡くなった年齢と同じ27歳で大好きなエイミーの役を演じることとなり、大幅な減量をし、さらにエイミーの曲を歌うという難題にもチャレンジした。

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ビーハイブヘアやキャットアイといった、祖母譲りの60年代を愛したエイミー。ライヴシーンも多く、マリサ・アベラの熱演が光る。

この映画の注目すべき点のふたつ目は、音楽が彼女の人生になくてはならなかったように、映画の中でも彼女の愛した曲がさまざまなシーンに寄り添っていることだ。そのため、自身が書いた歌はその誕生の背景がわかるし、エイミーが気に入ってカヴァーしてきた往年の名曲もたくさん使われていて、彼女の音楽ルーツを知るのにも役立つ。筆者はサウンドトラックのライナーノーツに、どの曲がどういった場面で流れているか、また曲解説についても紙面の許す限り書いている。そのためここでは割愛するけれど、エイミーが愛聴してきたシンガーたちが歌う曲からは、歌唱法はもちろんのこと、メロディラインや歌詞など曲作りも影響を確実に受けてきているし、さらに生き方にも自分の将来をなぞらえていたに違いない。

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(写真左から)エイミーと祖母シンシア(レスリー・マンヴィル)の場面は特に胸に沁みる。

注目すべき点の三つ目は個人的に特にうれしかったことで、エイミーのソウルメイトだった父方の祖母シンシアとの関係をしっかり描いていたこと。2007年5月にニューヨークで彼女にインタビューした時に、祖母が亡くなった後に彫ったタトゥーを見せながら話してくれた、家族の中でいちばん信頼していた最愛の人だ。ジャズ・シンガーだった祖母から学んだのは、音楽やヘアメイク、ファッション、恋愛など。アーティストとしてのエイミーのルーツは祖母にあると言っても過言ではないと思う。


胸の内を赤裸々に吐露しつつも、ウィットに富んだ歌詞に彼女の真意が。

映画の中のエイミーは、「私はフェミニストじゃない。男の子を好きすぎるから」といった発言をしているが、ブレイクとの会話での発言なので、実際は本心ではないだろう。アベラも「これは、あるインタビューでエイミーが言っていた冗談なの」と話し、たとえばエイミーが書いた「Fuck Me Pumps」で、ある一定の女性たちがいい男を掴まえるためにやっている見せ方を批判していたように、「彼女は女性に平等な権利を求めていたので、本当の意味でのフェミニストだったと思う」と述べている。ジョンソン監督の真意はわからないが、好きな男性を前にすると好かれたいために依存心が強くなるということか。出会った当初は、エイミーのことを「ロックな女」かと思っていたブレイクに対し、「私はジャズな女」と返事をしてドラッグを拒んでいたエイミーだが、途中から屈してしまう。

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ブレイク・フィルダー=シヴィル(ジャック・オコンネル)の心情も丁寧に描かれ、エイミーと似たもの同士というのが伝わってくる。

両親が6歳の時に離婚。エイミーは母と暮らすようになったが、週末に父と過ごすことで、ジャズ好きの父やジャズ・ミュージシャンがいた親族と音楽漬けになっていたという。父とはぶつかることが多くても、頼っていたことは否めないし、エイミーが男なしには生きられない、依存しやすい女性になってしまったのはこういった家庭環境もあるだろう。実際に付き合った男性はもっと多かったとされている。前述のカパディア監督も、「パパラッチやタブロイド紙の話でいえば、女性の扱いに関してはとても辛辣。(中略)やっぱり音楽業界で権力を持っているのは男性だということが、(メンタルヘルスにも)非常に大きく影響しているんじゃないかと思う」と話していた。だからこそ、胸の内を赤裸々に吐露しつつもウィットに富んだ歌詞に書き上げ、自分らしさ満載の真摯な歌こそは譲れないものだったと考えられる。

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この映画では、父親ミッチ(エディ・マーサン)が好感度良く描かれている。本人の意見が反映されたのかもしれない。

エイミーの闘いの記録でもある映画

言ってみれば、この映画『Back to Black エイミーのすべて』は闇(ブラック)に戻らないようにするための、エイミーの闘いの記録でもある。音楽業界における男性社会をはじめ、孤独に苛まれ、人前に立つことを求められ、長年の摂食障害やアルコール依存症や男性依存症と対峙しながら、自分の人生と闘っていたのだ。エイミーの人生には悲劇的な場面は目を覆うほどあったものの、クリエイティヴティから発せられるパワーである、彼女の奥底から絞り出す声や彼女の書いた歌を使って闘ってきたのである。

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(写真左から)マリサ・アベラに演技指導をするサム・テイラー=ジョンソン監督。

喪失と栄光に揺られるジェットコースターのような人生を送ってきたエイミー・ワインハウスだが、ジョンソン監督はドラマチックでスキャンダラスな悲劇性に注目するより、彼女の大切な歌を使ってエイミー・ワインハウスの物語を語り、その魅力を伝えようとした。

エイミーがアルコールを飲むようになってしまった原因は、この映画で描かれていることが事実なのかどうか真相はわからない。でも、監督はエイミーの女性的な部分、女性が共感しやすい点をとても大事にしていると感じた。そしてエイミーの自分らしく生きようとする強さを描くことで、彼女の歌を聴く私たちに新たな生命力を与えようとしたのである。

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『Back to Black エイミーのすべて オリジナル・サウンドトラック』 高音質SHM-CD仕様。2枚組全26曲入り。(ユニバーサル ¥4,400)

 

Back to Black エイミーのすべて
●監督/サム・テイラー=ジョンソン
●出演/マリサ・アベラ、ジャック・オコンネル、エディ・マーサン、ジュリエット・コーワン、サム・ブキャナン、レスリー・マンヴィルほか
●2024年、イギリス・フランス・アメリカ映画
●123分 PG12
配給:パルコ ユニバーサル映画
Ⓒ2024 Focus Features, LLC. All Rights Reserved.

*To Be Continued

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