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「同僚に『業界暴露本でも描くの?』と言われた」53歳でアパレルディレクターから漫画家へ転身した林田もずる先生の仕事との向き合い方【インタビュー】

  • 2024.11.21

2024年1月、林田もずる先生によるお仕事漫画『ファッションのお仕事』がちばてつや賞一般部門準大賞を受賞。作者が当時53歳で現役のアパレルディレクターだったことで話題となった。

林田先生は現在アパレルの仕事はすべて休業し、新連載『アパレルドッグ』を「モーニング」で連載中。『ファッションのお仕事』のリメイク版となる本作は、国内大手の女性向けブランドで働くMD(マーチャンダイザー)の田中ソラトが、同期のデザイナーや新入社員の後輩と共に社運を賭けてメンズブランドの立ち上げに奔走するストーリー。

人生の半分以上をアパレル業界で生きてきた林田先生に、漫画家へ転身した経緯や、業界を描いた本作で伝えたい思いなどを伺った。

――53歳、現役アパレルディレクターがちばてつや賞準大賞を受賞ということで話題となりましたが、最近までデザインのお仕事をされていたんですか?

林田もずるさん(以下、林田):はい。今年(2024年)の2月に連載が決まるまでの約30年、アパレルの世界でデザイナーやディレクターとして働いていました。

――漫画はいつから描いていたんですか?

林田:もともと小さい頃から絵を描くのが好きで、小・中学生の時はノートに漫画を描いていました。当時は高価な紙やペン、トーンを少ないお小遣いで買いながら「大変だなぁ」と思いながら描いていたのを覚えています。高校生になると、ダンスやバンドや演劇、おしゃれにも目覚めて、やりたいことがいっぱいできて、漫画を描くのをやめてしまいました。そのまま50歳になるまで、一切漫画は描いていませんでした。

――長い年月を経て、再び漫画を描くようになったのはどうしてですか?

林田:コロナが流行り始めて、家族みんながずーっと家にいる状況の頃。当時中学1年生の娘が、入学祝いにもらった液晶タブレットで絵を描いていたんです。それを見て「ちょっとおもしろそうじゃん?」ということで自分も購入してみました。

当時はブランドのディレクションをしていて、デザイン画といわれるイメージを伝える女性のスタイルを描いていました。ずっと手書きで書いていたんですが、これを液タブで描いてみたんです。50歳になってデジタルを使いこなすなんて無理だろうと思っていたんですけど、これが使いやすくてすごく楽しくて。このツールがあれば、もう一回漫画が描けるかもしれないと思ったことがきっかけでした。

――そこからは働きながら漫画家デビューを目指したんですね。

林田:漫画を描き始めたものの、本当に何も描けなくて。コマ割りなんてわからないし、トーンの貼り方もめちゃくちゃ。それでもなんとか読み切りの16ページを描いては編集部に持ち込んでアドバイスをもらいに行っていました。娘でもおかしくないくらいの年齢の編集部の方に見せては「絵が古い」とか「ストーリーが見えない」とかキツいお言葉をいただいて(笑)、泣きそうになりながら帰る……というのを続けてきました。

――本業もある中で、それでも心折れずに続けることがすごいです。

林田:めちゃくちゃ落ち込みましたし、へこたれましたよ。でも、やっぱり漫画を描くことが楽しくて、何を言われても「こんな楽しいこと知っちゃったら、描かないわけにはいかないでしょ!」って感じでした。言われたことを全部受け取ろう、全部直すぞ!って気持ちで、ダメ出しを受けては家に帰って粛々と描き直したり、方向性を探っていろんなジャンルを描いてみたりしていました。

その頃、「林田さんはちゃんとストーリーを書く人になった方がいい」とアドバイスをもらったんです。それで自分が好きな雑誌に出していこうと決めて、モーニングの月例賞に応募しました。それを編集者の方が見つけて、担当についてくださり、私の漫画家人生がスタートしました。

――『ファッションのお仕事』そして連載中の作品『アパレルドッグ』には、先生のアパレル業界での経験が描かれています。本作はアパレルブランドでMDとして働くソラトが主人公です。ファッションの漫画では珍しいMDの仕事をテーマにした理由は?

林田:私自身がデザイナー、ディレクターとして働いてきた時に、常に隣にいてくれる相棒が「MD」の人たちでした。企画・販売計画・売上を管理するブレーン的存在である彼らはすべてを準備して段取りを決める学級委員長のような役割なんです。彼らの仕事は目立たないけど、一番重要。そんな私の中のイメージをメインにしたいと思っていました。

また、デザイナーの仕事は服飾系の専門学校やアパレル系のような特殊な学校を卒業した人が多いと思うんですが、MD職はそれ以外の人もたくさんいるので、主人公としての共感性も高いのかなと考えています。

――たしかに、ファッション業界のお話ではありますが、描かれているのは仕事に対する情熱と苦労、そして成長。骨太なお仕事漫画なので、ファッションに興味がない人でも楽しく読める作品になっています。

林田:ファッション業界って、とにかくキラキラしていておしゃれで華やかって思われることが多いんですが、実際は地味で真面目でコツコツとやっている。そういうギャップを会社に入った時に感じたんです。緻密なコスト計算や企画、分析など、もう本当にひとつひとつが大事に作られているんです。だからファッション業界の漫画だけど、そういう真面目で地味な裏側を丁寧に描いている作品があってもいいんじゃないかと思ったんです。

――先生がこの作品で一番伝えたい思いはなんですか?

林田:一言で言えば、「ファッションって楽しいよ!」ってことですかね。いまの日本では裸では生活できないけど、おしゃれをしなくても生きていける。真っ白い布でも本来なにも困らないはずだけど、形を変えてみたり、色を入れたり、素材を変えたり、デザインを加えたり、季節感を入れたり。そんな繊細なこだわりや思いが詰まっているのが洋服なんです。だから、裏側を少しでも知ることで、洋服を選ぶ楽しさを伝えたいという思いがひとつ。

あとは、この作品を読んで、洋服に関わることって楽しそう、ファッション業界に就職したいっていう人が一人でも増えたら嬉しいですね。かつての同僚には「暴露本でも描くの?」と言われましたが、そんなつもりは一切なく(笑)、長年勤めてきたファッション業界への恩返しの気持ちで描いています。

――林田先生も、主人公のソラトも、ずっと好きだったことを仕事にしていますが、好きなことを仕事にして、さらにそれを長く続けるにはどうしたらいいんでしょうか?

林田:せっかく見つけた好きなものには、どんな形でも関われることが理想だとは思います。ファッション関係といってもたくさんの仕事があるように、好きなことに少しでも関われる仕事を見つけられたらいいですよね。でもある程度続けていると、どんなに好きなことでも、お金と仕事のバランスや、やりがいに「あれ?」って感じたり、飽きたりすることって絶対あるんですよ。ここをどう乗り切るかが大切な気がしています。

もちろん体や心を壊してまで続けないでほしいですが、やりたいこと、いまの仕事に対して少しでも楽しさ、ラクさ、安心感、やりがい、お金、好きな人がいる、などなんでもいいからひとついいところを見つけられたら、そこを大切にしてほしいと思います。違う角度で見るとか、場所を変えるとか、私自身も気持ちや考え方を変えながら、試行錯誤して続けてきました。

絵を描くことが好きという思いを大切にし続け、アパレル業界から漫画家へ転職した林田もずる先生。先生の言葉、そして作品から、好きなこと、情熱をかけられることに対しての関わり方は無限にあるということを教えてもらった。

取材・文=宮原未来

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