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接客業に憧れて始めた「週末花屋」。だけど私は花屋の仕事をナメていた

  • 2024.11.21

昔から、「接客系の仕事をやってみたいな」という憧れを密かに抱いてきた。でも、「あんまり向いてないんだろうな」という諦めが、その憧れを基本的に上回っていた。

◎ ◎

コミュニケーションにおける瞬発力が圧倒的に欠けていると、自分では思っている。おしゃべりは好きだけれど、話すのは得意分野か苦手分野かと聞かれたら後者だ。許されるのであれば、頭の中で言葉をこねくり回してから口を開きたい。でも、会話はキャッチボールにも例えられるように、軽やかにポンポン言葉を投げ合うものだ。いつまでもモタモタとボールを持ち続けていてはいけない。さっさと投げろと相手から文句を言われてしまうかもしれない。

ひと通りのマニュアルはあるだろうけれど、接客業は人と相対する以上、やっぱりイレギュラーなことが起こり得るだろう。状況に応じた、臨機応変な対応が求められるはずだ。モタモタする自分が容易に目に浮かび、憧れは憧れのままとどめ続けてきた。

今年の夏までは。

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ほぼ在宅で完結する、いまのフリーランス業。そもそも頭の中で好きなだけ言葉をこねくり回したいタイプだから、ライターという仕事に大きな不満はない。ストレスもない。テキストコミュニケーションも好きだ。「相手の顔が見えないから苦手」「シンプルに面倒くさい、直接話したほうが手っ取り早い」という人もいるかもしれないけれど、相手の顔が見えないからこそ、感情が伝わりづらいからこそ、平面的な言葉をどれだけ立体的にできるか、というところに私は結構燃える。伝えたいことを適切な温度感で文章にすることに快感すら覚えてしまう。ちょっとおかしな癖(へき)なのかもしれない。

それでも、ずっと家で仕事をするというのも、それはそれで変に気が滅入ることもある。メリハリもつけづらい。気分転換のためにカフェやファミレスで作業することもあるけれど、なんていうか、こう、そういうことじゃないというか。「週に2日くらい、本業に差し障りのない範囲で外で働けたらいいなあ」という気持ちが、少しずつ膨らんでいくようになった。同じことの繰り返しになりがちな毎日の中に、風穴を開けてみたくなった。

そうして見つけたのが、花屋の求人だった。

◎ ◎

以前、「花屋とケーキ屋に来るお客さんは質が良い」という書き込みをネットで見かけたことがあった。花やケーキを買うタイミングは、誰かへの贈り物やお祝い、あるいはちょっとしたご褒美目的などが多い。つまり、比較的みんな機嫌が良い。接客業への憧れを捨てきれていなかった私は、「花屋かケーキ屋で働いてみたいかもしれない」「花とか植物好きだから、どちらかと言えば花屋が良いな」と、興味に突き動かされるがまま、花屋の求人に応募した。

しかし面接の際、「いやいや、やっかいなお客さん結構来るよ?」と早々に店長から否定された。さらに、「基本的に花屋の仕事をみんなナメてんのよ。楽だと思われてる」「『急いでるから花束5分で作れ』なんていうお客さんもいるんだから。特に男の客」「花束とかの注文は事前予約制だって何度説明してもわかっちゃくれない」と、花屋の実態を語り出す店長の口は止まることを知らない。でも、オブラートに包まずズバズバ話す店長の口ぶりが個人的には心地良く、「やっぱりここで働いてみたい」と素直に思った。そうして、金曜と土曜の週2日、私の週末花屋生活が始まった。

「覚えることはたくさんあるし、力仕事もかなり多いよ」と事前に聞かされてはいたけれど、正直想像を超えていた。おそらく、私自身もまた「花屋の仕事をナメている」側の人間だったのだと思い知らされた。「ご機嫌なお客さんが多いなら、接客に不慣れな私でも挑戦しやすいかもしれない」なんて、1ミリでも思ってしまった私が浅はかだった。

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商店街の中にある小さな花屋、といった趣の店だから、お客さんは比較的常連が多い。だからそこまで大きな緊張は感じないけれど、花屋の接客で一番難しいと感じるのが、お客さんの欲しい花(花束、アレンジメント)のイメージがふんわりぼんやりしているときだ。「ニーズを汲み取りながら、こっちからどんどん提案していくことも必要だよ。じゃないと話が進まないから」と店長は言う。でも、自信を持って提案できるほどの知識量が正直まだ全然ない。花や植物が好きとは言ったものの、特段詳しいわけではなかった。「とにかく、日々花を見て、見ながら感覚を掴んでいって」という店長のざっくりした言葉に、「本当にできるようになるんだろうか」と途方に暮れそうになるけれど、でも、やるしかない。

花束やアレンジメントの注文に関しては、まだ修行中ということもあり最初から最後まで1人で完結させることは現状ほぼできていない。花束作りで花を組むのも、アレンジ作りで花を刺すのもかなりモタつく。花束は組み終わった後のラッピングも難関だ。日頃キーボードを叩いているだけだとつい忘れてしまっていたけれど、自分の手先がとてつもなく不器用だという事実を容赦無く突きつけてくるのが花屋の仕事でもあった。花選び→花を組む→ラッピングは、原則15分で完了させるのが店のルールなのに、私がやると1時間近くかかることもある。「違う」「そうじゃない」と作業中は何度も店長からダメ出しを食らう。ここでもまた、内心は途方に暮れまくっているけれど、やっぱり数をこなすしかない。スムーズにできるようになる、いつかコツを掴めるようになると踏ん張って、ぶきっちょな手先を動かしていく。

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正直に言おう。花屋は浅はかな憧れで飛び込んでいい仕事ではなかった。でも、辞めたいとは思わない。生活の中に開けた新しい風穴が自分に良い刺激をもたらしてくれると信じて、次の週末もまた花々の香りを浴びに行く。

■こじまりのプロフィール
東京在住のライター。不登校、抑うつ、適応障害の経験あり。HSP気質。話すことは苦手だけど、書くことでなら想いを昇華させられると信じて早20年。ことばがあれば、きっと泳いでいける。

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