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年齢に振り回されるあなたへ、『海が走るエンドロール』が贈る勇気 | 連載 vol.13

  • 2024.11.20

ある程度の年齢になると、漫画の主人公が自分よりも年下となるケースが多くなってくる。部活を舞台としたスポーツもの、甘酸っぱい若者同士の恋愛、ヒーローたちも案外普段は高校に通っていたり。私自身はとても守備範囲の広い二次元オタクなので、もちろんこういった漫画も大大大好きだし、夢女子歴20年越えなので脳内では瞬時に同い年にだってなれる。それでも、ときどき「大人」が主人公の物語を楽しみたくなるときもある。例えば、安野モヨコ先生の『ハッピー・マニア』は、『後ハッピー・マニア』として登場人物たちの15年後を描いている。芦原妃名子先生の『セクシー田中さん』も40代の会社員の生活を中心に描いていたり、以前紹介した『ブスなんて言わないで』だって。多くの素敵な大人作品がある中で、今回紹介したいのは、30代でも40代でもなく、なんなら50代でもない、65歳の女性を主人公とした『海が走るエンドロール』だ。

年齢による偏見や差別である『エイジズム』が蔓延る日本社会において、「年齢」が必要以上に足枷となっていることがないだろうか。私たちは年齢の数だけ沢山の経験をして、それぞれが人間としてレベルアップしてきた一方で、「年齢」に振り回されることも多い。「若いんだからXXくらいしないと」と上司から圧力をかけられたり、「もう若くないからさ……」と自分自身にストッパーをかけてしまったり、年齢を理由に何かを諦めたり、求められたりする。個人的には、年齢を伝えた時に「え、もっと若く見えるー!」と返されることが苦手だ。大抵の場合は、褒め言葉のつもりで言ってくれているのは有難いのだが、こちとら誇りを持って35年間生きてきたので、35歳に見えていいのだ。私は凄くひねくれているので、このように返されると、そもそも35歳が「もう若く見えてた方が良い年齢」と言われてるような気がして、純粋に喜べない(ひねくれすぎ)。「年齢」とは皆が持っているもので、良くも悪くも我々を左右している。

『海が走るエンドロール』の主人公のうみ子は、65歳で美術大学に新入学し、映画制作を四苦八苦しながらひた走る。美大のクラスメイトたちは、うみ子より若い子たちだらけで、彼女が「おばあさん」と悪気なく呼ばれるようなシーンもある。けれど、映画制作に関して経験値が特別あるわけでもないうみ子は、他の登場人物たちとスタートラインは同じで、ただ年齢だけが大幅に違う。ここで「でも年齢なんて関係ない!」とがむしゃらに前に進むだけの勇ましい物語だったら、あまり共感しなかったかもしれない。「年齢を気にしない」で、美大に入学して新しい夢を追うものの、「年齢を気にせざるをえない」描写だって当然ある。20代の子に比べて自分自身は「残された時間」が少ないのもまた事実。賞を目指せるチャンスだって人より少ない。体力がもたないこともある。周りからの目も気になる。それでも日々の生活を一生懸命邁進することで彼女なりに夢に近づいていく。「いつか」があと何度くるか分からないからこそ、波に乗ってしっかり舵取りをしていく。

私たちも生きていく中で、仕事でも趣味でも、大なり小なり新しいことにチャレンジしてみたい気持ちは年齢関係なくあるだろう。うみ子を見ていると、壁にぶち当たりながらも夢に向かって進む姿は何歳だって美しいと思えて、奮い立たされる。ある程度の年齢になると、頑張る若者を見て「可能性が無限だね」なんて羨ましくなることもあるが、本当に叶えたい夢があるならば何歳だってできるのかもしれない。そんな時、少し先輩のうみ子は頼もしい存在となりうる。年齢が仇となる場面もあればその経験値が強みになることだってあると、うみ子の人生を追体験しながら気づくことができる。彼女から発せられる言葉はとても重みもあり、応援したくなるシーンもあれば、先輩からアドバイスをもらえたような気分にもなる。

そして、うみ子にも悲しい出来事は起きるし(そもそも物語は夫との死別ではじまる)、いくつになっても悲しむ気持ちというのは消えることはない。けれど彼女を見ていると日々の生活がその悲しみを引き延ばしてくれることや、「時間」の尊さも教えてくれる。「時間が解決してくれる」、この言葉はよく耳にするし事実なのかもしれないけれど、人生の先輩が発すると信ぴょう性と重みが増すこともある。私もちょうど先日モヤモヤとしている時に、うみ子の「私の経験上、たくさん食べてたくさん寝るとね、いろんなことがどうでもよくなるタイミングが必ずくるわ。それを焦らず待てば大丈夫」というセリフに出逢い、救われた。何気ないセリフではあるものの、うみ子というキャラクターが発することで「大丈夫」を力強く感じることができた。速攻たくさん食べて、たくさん寝た。

さらに、この漫画の個人的な推しポイントは、うみ子の描写だけでなく、作品全体に散りばめられてるエイジズム以外の描写だ。たとえば、クラスメイトの恋愛模様を描く中でアセクシャルやアロマンティックに関するやりとりがあったり。ジェンダーマイノリティを「そういう人」と悪気なく呼んでしまうことや、それに対する指摘と反省のシーンもあったり。娘の職業は漫画家なのだが、あえてBL漫画家にしているのも好き。無意識的にビジュアルで性別を判断しがちなこともサラッと描かれていたり。

エネルギーが欲しい人はうみ子の背中を追うも良し、うみ子を推して応援するも良し、少し疲れてる人はうみ子からアドバイスの言葉を受け取るも良し。まだ連載真っ只中で、ちょうど先日最新刊が発売されたところだ。まだ7巻なので、一気読みも全然間に合うレベル。アニメ化するかな?してほしいなー!すると思うなー(ここで予言しておこっと)!

前川裕奈

慶應義塾大学法学部卒。民間企業に勤務後、早稲田大学大学院にて国際関係学の修士号を取得。 独立行政法人JICAでの仕事を通してスリランカに出会う。後に外務省の専門調査員としてスリランカに駐在。2019年8月にフィットネスウェアブランド「kelluna.」を起業し代表に就任。現在は、日本とスリランカを行き来しながらkelluna.を運営するほか、様々な社会課題について企業や学校などで講演を行う。趣味は漫画・アニメ・声優の朗読劇鑑賞。著書に『そのカワイイは誰のため? ルッキズムをやっつけたくてスリランカで起業した話』(イカロス出版)。

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