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「半分の卵が死亡する」イモリの200年にわたる致死システムの謎がついに解明

  • 2024.11.19
「半分の卵が死亡する」イモリの200年にわたる致死システムの謎がついに解明
「半分の卵が死亡する」イモリの200年にわたる致死システムの謎がついに解明 / Credit:clip studio . 川勝康弘

産まれる前に半分死ぬイモリの話です。

オランダのライデン大学(LU)で行われた研究により、卵の半分が孵化前に死亡するというイモリの奇妙な致死システムの謎が解明されました。

この奇妙な現象については200年以上前に発見されてから現在に至るまでに、致死システムの仕組みや死ぬことで得られるメリットなどさまざまな説が報告されてきましたが、どの研究も染色体や遺伝子の包括的な分析が行われておらず、決め手に欠けていました。

しかし新たに行われた研究では、詳細な遺伝子地図が作成され、イモリの致死システムが第1染色体に起きた1回の大規模な変異に起因していることが示されました。

また致死システムが簡易な進化促進装置、あるいは種分化装置として機能しており、わずか2世代という僅かな期間で新種を作り出す手段になること、さらに先祖となる集団からの遺伝子混入に対して、致死システムが保護機能を発揮し、新種の確立を助けていることなどが判明しました。

さらに研究では、進化メカニズム解明の決め手となったイモリの第1染色体の新事実も明らかにされています。

卵の半分が死ぬという事実からは、自然の摂理に反する理不尽さを感じずにはいられませんが、生命にとってはしばしば効率的な増殖能力よりも新種を確立することのほうが重要なのかもしれません。

今回は記事本文にて、イモリの謎にまつわる歴史的な経緯を紹介しつつ、研究内容の詳細な解説を行っていきます。

なお研究内容の詳細は2024年11月11日にプレプリントサーバーである『bioRxiv』にて公開されました。

目次

  • 半分死ぬ仕組みは誤解されていた
  • 致死システムを維持する「進化のシナリオ」

半分死ぬ仕組みは誤解されていた

多くのイモリでは親が産んだ半分の卵が自動的に死んでしまうという奇妙な致死システムが存在します。

そのためイモリは過酷な自然環境や捕食者から生き延びるだけではなく、種の存続のために必要とされる卵の2倍を産み続けなければなりません。

100個の卵のうち大人になって子供を残せるのが1個という条件ならば、単純計算をすると、親は死亡する分を補うため200個の卵を産まなければならなくなります。

生物学の常識では、このような致死システムはデメリットでしかなく、明らかに自然選択の理に反しています。

なぜイモリはわざわざ、卵が半分死ぬ仕組みを進化させたのか?

生物学者は長年にわたりイモリの奇妙な致死システムの謎を追い続けていました。

ですが逆に、謎はより深まります。

死んだ卵は親が食べて栄養補給するのだろうか?
それとも生まれてきた子供たちの食料になるのではないか?
いや、死ぬ卵は捕食者に対するダミーで中身は空なのではないだろうか?
実験室の環境が悪いだけで、自然環境ではちゃんと全部孵化するのではないか?

長年の研究により、このような簡単な説明はかなり早期に排除されてしまったからです。

この結果は、卵が半分死ぬ仕組みはイモリの生殖出力にとって、全く補償されない、純粋な損失でしかないことを示しています。

意味のない死というわけです。

しかし死ぬ意味はわからなくても、死ぬ仕組みの解明は続いていました。

1980年代に行われた研究では、この仕組みが第1染色体の異常であることが判明します。

人間の場合、染色体は父親から1セット、母親から1セットを受け継ぎます
人間の場合、染色体は父親から1セット、母親から1セットを受け継ぎます / Credit:clip studio . 川勝康弘

人間を含む多くの動物は、父親と母親から染色体セットを1つずつ受け継ぐことで、2つのコピーを持っています。

通常、父親由来と母親由来の染色体は同じ大きさであり、違うのは性染色体だけです。

しかしイモリの場合、第1染色体には大きいものと小さいものが存在していることがわかりました。

そして大きい染色体(A)を2つ、あるいは小さい染色体(B)を2つ受け継いだものは死んでしまいます。

生き残るのは、大きい染色体(A)と小さな染色体(B)を1本ずつ受け継いだ卵だけになります。

そのため以前には、小さい染色体(B)しかない場合は遺伝子不足によって死亡し、大きい染色体(A)しかない場合は遺伝子過多によって死亡すると考えられていました。

大きい染色体(A)と小さい染色体(B)の両方を持っている場合のみ卵は生き残れます
大きい染色体(A)と小さい染色体(B)の両方を持っている場合のみ卵は生き残れます / Credit:clip studio . 川勝康弘

上の図では大きい染色体(A)を2本持つAA型と小さい染色体(B)を2本持つ卵が死に、大きい染色体(A)と小さい染色体(B)を1本ずつ持つ卵だけが生き残る様子を描いています。

中学生で習うメンデルの遺伝法則を第1染色体のみで再現した状態と言えるでしょう。

(※ショウジョウバエなどの研究を行っている研究室では、この致死システムを人工的に再現することで、有害な突然変異の系統を安定的に維持するために使用されています)

また驚くべきことに、この仕組みは均衡致死システムとして知られ、イモリ属の1つTriturus属の9種類全てにみられる特徴となっています。

さらに同じような致死システムは、イモリの異なる種で独自に獲得された可能性も示されています。

本当に不利なシステムならば、種の分岐が起きる前に排除されたり、たまたま採用された1回だけのレアケースになってもよさそうなものですが、そうではなかったのです。

これまでの有力な説では、大きな染色体(A)と小さな染色体(B)はもともとは系統の異なる性染色体であり、致死的なシステムは段階を踏むようにして徐々に形成されていったとされていました。

卵が半分死ぬような理不尽なシステムが急に出現しても、あっという間に絶滅してしまうため、変化は少しずつ進行していったとする説です。

また系統の異なる性染色体であれば、そもそもの大きさが異なっていても説明がつきます。

ただこの説を証明するには、染色体に対する詳細な分析が必要です。

そこで今回ライデン大学の研究者たちは、致死システムを採用するイモリの染色体に対して4226個ものDNAマーカーを打ち込み、詳細な遺伝子地図を構築しました。

また同時に致死システムを採用していないイモリの染色体に対しても同様の遺伝子地図を構築し先祖の代理として扱います。

そして両者の遺伝子地図の比較を行いました。

すると致死システムの獲得は徐々に行われたのではなく、1度の突然変異がキッカケになっていることが判明します。

この結果は、既存の有力な説に反するものです。

第1染色体の不均衡な遺伝子の奪い合いの結果、大きな染色体(A)と小さな染色体(B)ができました
第1染色体の不均衡な遺伝子の奪い合いの結果、大きな染色体(A)と小さな染色体(B)ができました / Credit:James France et al . bioRxiv (2024)

さらに第1染色体に対する分析を行ったところ、大きな染色体(A)と小さな染色体(B)はお互いの遺伝子の奪い合いを行っていたことも判明します。

上の図はその過程を示したものになります。

大きな染色体(A)と小さな染色体(B)はもともと同じ先祖型でしたが、遺伝子を奪い合った結果、大きな染色体(A)はA連鎖遺伝子(寒色)と呼ばれる領域を獲得し、小さな染色体(B)はB連鎖遺伝子(暖色)と呼ばれる領域を獲得しました。

一方の染色体が他方より大きいのは、この奪い合いが同等の割合ではなく不均衡であったことが原因だったのです。

さらにこれらの連鎖遺伝子たちは、相手に存在した自分と同じ遺伝子を多数含んでいることが判明しました。

遺伝子の奪い合いをすることで、染色体の大きさまで変わってしまいました。なおここで言う脳の遺伝子や脊髄の遺伝子は便宜上のたとえになります。
遺伝子の奪い合いをすることで、染色体の大きさまで変わってしまいました。なおここで言う脳の遺伝子や脊髄の遺伝子は便宜上のたとえになります。 / Credit:James France et al . bioRxiv (2024)

たとえば父親由来の染色体と母親由来の染色体の両方に、脳にとって重要な大きな遺伝子と脊髄にとって重要な小さな遺伝子が1つずつ含まれていたとします。

ですが染色体同士の間で奪い合いが起こった結果、大きな染色体(A)は脊髄の遺伝子を失う代わりに脳の遺伝子を2重に獲得し、小さな遺伝子(B)は脳の遺伝子を失う代わりに脊髄の遺伝子を2重に獲得したとします。

すると、脳の遺伝子のほうが大きかったため、染色体の大きさに違いもうまれます。

(※脳と脊髄はたとえであり、実際にはより多くの遺伝子の奪い合いが起きています)

またイモリは脳を備えた脊椎動物ですので、卵が正常に発達し生き残るには、脳の遺伝子も脊髄の遺伝子も両方必要になります。

そのため大きな染色体(A)だけしか持たない卵や、小さな染色体(B)だけしか持たない卵はどちらも遺伝子不足を起こして死んでしまったのです。

既存の説では小さな染色体(B)だけが遺伝子不足になると考えられていましたが、実際には大(A)小(B)どちらの染色体も遺伝子不足だったわけです。

研究では実際に、大きな染色体(A)と小さな染色体(B)のそれぞれにおいて、特定の遺伝子が2倍量存在していることが示されています。

逆に大きい染色体(A)が2本ある場合はなどは、特定の遺伝子が4倍体に近いというデータも得られています。

問題は、なぜこのような仕組みが続けられたかです。

同じ第1染色体が大きな染色体(A)と小さな染色体(B)の2種類に別れ、両方がなければ死んでしまう仕組みが解明されたとしても、卵の無駄を作るメリットまでは説明できません。

そこで研究者たちは、分析結果をもとに新たな進化のシナリオを描きました。

致死システムを維持する「進化のシナリオ」

なぜ第1染色体を大小の2種類に分け、両方がなければ生き残れないようにしたのか?

研究者たちは鍵となるのは先祖型の遺伝子を持つ近縁種であると述べています。

大小の染色体からなる致死システムを持っている集団に先祖型の集団が接触した場合、その子孫は全て混合型となり、第1染色体と大きな染色体(A)と小さな染色体(B)を全て持つことになります。

しかしこの場合、本来ならば第1染色体だけ、あるいは大きな染色体(A)と小さな染色体(B)1本ずつでよかったところに、余計な染色体が加わることになります。

染色体の数が多くなると、生命の設計図となる遺伝子の数も増え、結果として生産されるタンパク質の量に影響を与えて生存に不利になることがあります。

研究者たちはこの3種類の染色体を持つ子孫が受ける「ペナルティー」の大きさを操作し、どうなるかを追跡しました。

ここで言うペナルティーとは、生存率や雌の繁殖力、雄の魅力などが含まれています。

すると3本の多すぎる染色体を持つペナルティーが50%を超えると、3本の染色体を持つ個体が徐々に排除されていき、致死システムを持つ子孫のほうが優勢になっていきました。

Credit:clip studio . 川勝康弘

この結果は、致死システムを採用することで、先祖型の侵入によって自分たちの遺伝子が変化してしまうのを、保護できることを示しています。

致死システムがあることで、先祖型と異なる種として並行して生存しやすくなるのです。

また致死システムの出現は第1染色体内部の遺伝子の奪い合いというイベントが起きてから、2世代以内に確立されます。

さらにイモリの遺伝子を分析したところ、染色体内部に遺伝子の奪い合いを誘発させやすい構造(反復配列)が多数存在することが判明しました。

つまり、致死システムそのものの出現が生物にとって決して難しいことではなく、イモリにはもともと致死システムの元となる遺伝子の奪い合いを起こしやすい配列特性があり、致死システムを持つ種が出現した以降は先祖型との交雑を排除しやすくなるわけです。

ある意味で、致死システムとは先祖型と簡単に種分化ができるお手軽進化システムでもあるわけです。

ただこれの特徴はどれも致死システムの出現において短期的なメリットでしかありません。

このような短期的メリットが長期に渡る進化スケールでどれほど通用するのでしょうか?

謎を解明するため研究者たちはさらなるシミュレーションを行いました。

すると先祖型の染色体を持つ集団のサイズが500を超える条件では致死システムを持つイモリが1匹出現することが判明。

さらにシミュレーションを続けて先祖型から致死システムを持つ新種が誕生する確率を調べるため反復試行を行いました。

すると持続的な致死システムが形成される例がゼロではなく2%ほど存在することが確かめられました。

この結果は、先祖型の集団と差別化しようとする致死システムの出現は決して理不尽であり得ないことではなく、条件さえ適切ならば十分に出現可能であることを示しています。

もちろん、イモリたちの生息環境が激変して生存が困難になった場合、致死システムを持つ種は存続がより困難になるでしょう。

しかし増殖力だけが重要ならば、現在も地球は単細胞生物しか存在しない世界のままのはずです。

増殖力に多大な不都合がある種も、長年に渡る繁栄を享受し多様化も可能なのは、地球の環境が多様である証拠とも言えるでしょう。

元論文

Genomic evidence suggests the balanced lethal system in Triturus newts originated in an instantaneous speciation event
https://doi.org/10.1101/2024.10.29.620207

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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