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子宮がん発覚後「後継ぎも産めないなんて嫁失格」→ 非情な義実家と絶縁を決めた瞬間

  • 2024.11.19

結婚をすることでお付き合いの始まる『義理』の家族。中には良好な関係を築けることもあるようですが、筆者の友人・K美は、義母と義妹にさんざんな目に遭わされたそうです。K美が絶縁を決意したエピソードをご紹介しましょう。

画像: 子宮がん発覚後「後継ぎも産めないなんて嫁失格」→ 非情な義実家と絶縁を決めた瞬間

反対された結婚

私は30代の後半で5歳年下の夫と結婚しました。
義両親は息子より年上の嫁を貰うことに猛反対で、挨拶に行った時から冷たい態度を取られていました。
あまりの反対に、一度は結婚をあきらめかけたのですが、夫が義両親を説得して結婚することができました。

結婚後も私は義両親、特に義母には辛く当たられ、夫の弟が年下の女性と結婚をすると、その差は歴然!
差別に近い態度を取られ続け、私はだんだんと嫌気がさしてきていました。

思わぬ病気

ある時、私が子宮がんであることがわかりました。
抗がん剤の治療などで体調のすぐれない日が続き、夫は献身的に看病をしてくれたのですが、私は子どもが産めなくなったことを申し訳なく思い、「離婚した方が良いんじゃない?」と夫に相談しました。

しかし、夫は「別に子どもを産んでもらうために一緒になったわけじゃない。」と一蹴。
「2人で一緒に頑張ろう。」と励ましてくれました。
しかし、黙っていなかったのは義母と義妹。
ここぞとばかりに「後継ぎも産めないなんて嫁失格ね!」「女性として見られなくなりそう!」などと、さんざん私の悪口を言い続けたのです。

お墓

ある時、義実家のお墓の話になり、義母が嫌味ったらしく「K美さん(私)は後継ぎが産めないから、Nちゃん(義妹)にお願いすることになりそうね。」と言うと、義妹は急に態度を変えました。

「え? だってうちは次男でしょ? 普通は長男が見るものでしょ?」と慌てていたのですが、義母は「Nちゃんは私と仲良しだし、K美ちゃんは出来損ないの嫁だからねぇ。」と全く聞き入れる様子はありませんでした。

すると、義妹は「お義姉さぁ~ん、一緒にお墓見るっているのはどうですかぁ?」と猫なで声を出し、急にすり寄ってきたのです。

決別

どうやら義妹はお墓のことなど任されたくなかったのでしょう。
それでも、今までさんざんいびられてきた私は「結構です。後継ぎが産めないことが嫁失格なら、私はいつでも離婚しますよ。」と応戦してやりました。

しかし、この状況で黙っていなかったのは夫。
「母さんも、Nさんもおかしいよ! 同じ女性なのに、そういうこと言うなんて信じられない! 俺はK美のことが大切だから、もう付き合いたくない!」と激怒。
今までのこともあって、夫は義実家との絶縁を宣言してくれたのです。

心穏やかな日々

私はその後、無事に治療を終えて、現在は経過観察中ですが体調は良好です。
夫は私の体調を考えて、在宅勤務ができる仕事に転職してくれたため、安心して生活することができています。

夫のところには、義母から連絡があるそうですが、一切対応していません。
何か気に入らないことがあったのかもしれませんが、あそこまで言われる筋合いはないので、今後もお付き合いをすることはないと思います。

【体験者:40代女性・主婦、回答時期:2024年10月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

ltnライター:RIE.K
国文学科を卒業し、教員免許を取得後はOLをしていたが、自営業の父親の病気をきっかけにトラック運転手に転職。仕事柄多くの「ちょっと訳あり」な人の人生談に触れる。その後、結婚・出産・離婚。介護士として働く。さらにシングルマザーとして子供を養うために、ファーストフード店・ショットバー・弁当屋・レストラン・塾講師・コールセンターなど、さまざまなパート・アルバイトの経験あり。多彩な人生経験から、あらゆる土地、職場で経験したビックリ&おもしろエピソードが多くあり、これまでの友人や知人、さらにその知り合いなどの声を集め、コラムにする専業ライターに至る。

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