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「培養肉」にステーキの香ばしさを付け加えることに成功!

  • 2024.11.17
培養肉でも、メイラード反応を再現できれば、本物の肉と同じ風味を実現できると考えられています。/ Credit : Canva

培養肉は、肉を作り出す革新的な技術です。

持続可能で環境に優しいだけでなく、食料不足の解決策としても注目されています。

しかし、これまで培養肉には「おいしさ」という点で課題がありました。

特に、調理したときに出るあのジュワっとした香ばしい風味、いわゆる「肉らしさ」が足りないのです。

私たちが普段食べている肉の風味は、「メイラード反応」と呼ばれる化学反応によって生まれます。

高温で加熱すると、肉に含まれるアミノ酸や糖が反応し、肉の香ばしい香りを作り出すのです。

しかし、培養肉は本物の肉に特有なこの反応を再現できていませんでした。

そこで本研究では、調理の過程で肉の風味を引き出すための新しい技術を開発しました。

この技術は、「風味切り替え可能な足場」と呼ばれるものです。

この足場とは何でしょうか。

食肉として成り立つ大きさの培養肉を作るには、細胞に加えて、細胞を培養するための栄養成分、立体構造の骨組みとなる足場材料が必要です。

簡単に言うと、ゼラチンをベースにした立体のハイドロゲル(水を大量に吸収し保持できるゲル状の物質)を作り、「SFC (Switchable Flavor Compound)」と呼ぶ化合物を添加して足場を作製するというものです。

すなわち、温度に反応して肉のような風味を出す特殊なゼラチン素材を使うことで、培養肉の香りをコントロールするというアイデアです。

この新しい技術によって、培養肉が本物の肉と同じような風味を持つことができるようになりました。

韓国の延世大学の研究チームが、培養肉生産に用いるゼラチンベースの足場を開発しました。

この研究の詳細は『Nature Communications』誌に掲載されています。

目次

  • 肉の「風味」を決めるメイラード反応
  • SFCのしくみ
  • 今後の展開

肉の「風味」を決めるメイラード反応

私たちが肉を焼くとき、ただ温度を上げるだけでは肉らしい香りは生まれません。

肉が特有の香ばしい風味を持つためには、アミノ酸や糖が高温で反応し、揮発性の化合物を生成する必要があります。

この現象が「メイラード反応」です。

特に、調理温度が150℃を超えると、肉は本格的な香りを放ち始めます。

アルデヒド類、アルコール類、含硫化合物といった化合物がこの反応で生まれ、それが肉の「うま味」を感じさせる元となります。

培養肉でも、このメイラード反応を再現できれば、従来の肉と同じ風味を実現できると考えられています。

しかし、これまでの培養肉研究では、メイラード反応がうまく再現できないという課題がありました。

培養肉は細胞を使って作られますが、従来の肉に含まれるアミノ酸や脂質の組成が異なるため、風味が不足してしまうのです。

そこで今回の研究では、培養肉に風味を与える新しい「足場」を作成しました。

これは、温度に反応して風味化合物を放出する特殊なゼラチンのハイドロゲルをベースにしています。

この足場には、風味切り替え可能な化合物(SFC:Switchable Flavor Compound )が導入されています。

このSFCは、調理中に風味化合物を放出するよう設計されており、通常の培養段階では風味を保持したまま安定しています。

具体的には、SFCはゼラチンベースのハイドロゲルと結びつき、調理温度に達するとジスルフィド結合が切れ、肉の風味を持つ化合物が一気に放出されます。

この足場を使った培養肉を調理したところ、従来の牛肉と同様のメイラード反応が起こり、牛肉のような香りがしっかりと感じられました。

驚くべきことに、この培養肉は、焼いた牛肉に非常に近い風味を持つことが確認されたのです。

SFCのしくみ

SFCのしくみは非常に興味深いものです。

SFCは風味化合物の元となる「フルフリルメルカプタン」という物質を含んでおり、これが肉らしい香ばしい風味を生み出します。

このフルフリルメルカプタンは、特定の温度に達すると足場から放出され、メイラード反応を引き起こす役割を果たします。

通常の室温や培養段階では、このSFCは非常に安定しており、風味化合物が揮発することはありません。

しかし、調理温度である150℃に達すると、SFCはジスルフィド結合が切れて風味化合物を放出し、肉の焼きたてのような香ばしい香りが広がるのです(下図C参照)。

研究では、SFCを導入したハイドロゲルを使った培養肉は、従来の培養肉と比較して、調理後の風味が飛躍的に向上することが示されました。

調理することで、肉らしい風味や香ばしさ、そして複雑な風味が引き出され、従来の肉と非常に近い官能特性を示したのです。

さらに、この研究では、培養肉をメイラード反応が起こる150℃で調理すると、さまざまな風味化合物が形成されることが明らかになりました。

これらの揮発性化合物は、2つの主な風味グループに分類されます。

1番目のグループとしては、生臭さや刺激的な風味を持つ化合物があり、これらは「不快な風味」とされます。

2番目のグループとしては、肉のような風味や硫黄、アーモンド、花、脂肪、フルーツのような風味を持つ化合物があり、「好ましい風味」として分類されます。

この研究では、メイラード反応を模倣する「足場」を使って、「好ましい風味」を持つ揮発性化合物の比率を増やすことに成功しています。

スイッチャブル・フレーバー・システムの模式図。 a. スイッチャブル・フレーバー化合物(SFC)とゼラチンの足場構造の説明図、b. 培養肉の大きさ(スケールバーは8mm)、c. 温度によるSFCシステムのメカニズムの説明図 / Credit : Milae Lee et al., Nature Communications(2024)

今後の展開

これまでの培養肉研究では、主に「食感」や「見た目」を重視した技術開発が進められてきました。

例えば、3Dプリンティング技術を使って、ステーキのような形状を再現したり、脂肪や筋肉を模倣したりする技術が開発されてきました。

しかし、培養肉の「風味」を再現するという視点はあまり注目されていませんでした。

これが、培養肉が従来の肉と違って「おいしくない」と感じられる原因の一つです。

特に、培養肉における風味成分の生成は、細胞の組成が従来の肉と異なるため難しいとされてきました。

今回の研究では、この課題に対処するため、温度に応じて風味をコントロールする足場を作成し、調理時に肉らしい風味を再現する技術が開発されました。

この技術により、培養肉は単に見た目や食感だけでなく、風味の面でも従来の肉に近づけることが可能になりました。

今回の研究成果は、培養肉の未来にとって大きな一歩です。

風味切り替え可能な足場の技術により、培養肉は従来の肉に近い風味を実現できるようになりました。

これにより、培養肉が広く普及するための大きなハードルであった「おいしさ」の問題が解決される可能性があります。

また、この技術は培養肉だけでなく、他の代替肉や食品産業全体にも応用できると考えられます。

例えば、従来の食品においても、風味を自由にコントロールできる技術が開発されれば、調理の楽しさや食の多様性がさらに広がることになります。

培養肉は、動物を殺さずに環境にも優しい未来の食材です。しかし、これまでの培養肉には風味の面で課題がありました。

今回の研究では、調理時に風味を引き出す「風味切り替え可能な足場」を開発し、従来の肉と同様の香りを再現する技術が確立されました。

この技術の登場により、培養肉が従来の肉にさらに近づき、風味や食感をリアルに再現できる未来が見えてきました。

私たちが培養肉を選ぶ理由は、環境負荷を減らすことだけでなく、食卓に並ぶ「美味しい」肉としても十分な魅力を持つからです。

風味まで考慮された培養肉が、今後さらに広がっていくことを期待しましょう。

培養肉の発展は、環境保護や動物愛護に大きな貢献を果たし、私たちの食卓に新たな選択肢を提供してくれることでしょう。

未来の「美味しいお肉」、ぜひ楽しみにしていて下さい。

風味をコントロールする技術が確立すれば、食の多様性はさらに広がります。/ Credit : Canva

参考文献

ゼラチン製の足場を用いてメイラード反応を再現、培養肉の食味向上に期待
https://framtiden.earth/2024/07/15/yonsei-university-2/

元論文

Flavor-switchable scaffold for cultured meat with enhanced aromatic properties
https://doi.org/10.1038/s41467-024-49521-5

ライター

鎌田信也: 大学院では海洋物理を専攻し、その後プラントの基本設計、熱流動解析等に携わってきました。自然科学から工業、医療関係まで広くアンテナを張って身近で役に立つ情報を発信していきます。

編集者

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

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