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夫から「夕食に冷凍餃子を出すのは手抜きだ」と言われたら…44万いいねを獲得した冷食メーカー提案の「論破」法

  • 2024.11.17

たった1回のSNS投稿が商品の売れ行きを変えることがある。野村総合研究所フェローの青嶋稔さんは「2020年、妻が冷凍食品の餃子を夕食に出すと、夫から『手抜き』と言われたというツイッターの投稿があり、味の素冷食の公式ツイッターで、自身も母親である広報担当者が反論した。同社がすぐに効果的な投稿ができたのには理由がある」という――。

※本稿は、青嶋稔『売り上げ目標を捨てよう』(集英社インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。

餃子
※写真はイメージです
「冷食」の概念を変えた味の素冷凍食品のマーケティング

味の素の餃子を食べたことがある、という読者の方は多いだろう。私も同社の餃子の大ファンであり、いとも簡単に羽根つき餃子ができることに感動した一人だ。味の素冷凍食品は、自社と消費者を物語でつなぎ、両者をともに共感、共鳴しながら需要を創造していく関係性に位置付けるマーケティングを取り入れている。これはナラティブマーケティングと呼ばれ、顧客を主役とした物語(ナラティブ)を構成することにより、顧客の心理に訴えかけることで、需要を創造する。

そもそも、なぜ、味の素冷食がこのような活動に至ったのか? 筆者は以前、同社の常務執行役員でマーケティング本部の戦略統括を行う伏見和孝氏にインタビューを行ったことがある。きっかけは味の素が始めたASVという考え方にあるという。ASVはAjinomo to Group Creating Shared Valueの略で、「社会課題を解決し、社会とともに価値を共創する」という考え方だ。これをよりどころに、味の素冷食として何ができるかを考えたという。

2019年、味の素冷食でマーケティングを牽引していた下保寛専務(当時/現在は味の素フーズ・ノースアメリカ社社長)は顧客に対して、最初に冷凍食品を正しく理解をしてもらおうとした。冷凍食品には調理時間を短くできるなどの便利な面も多いのだが、栄養価値が低い、手抜き、などのネガティブな印象も強くあった。このようなネガティブな印象を払拭し、その便利さとともに、冷凍食品を正しく理解してもらうことが必要であると考え、具体的な手法として、味の素冷食を主語とするのではなく顧客を主語としたストーリーを構築しようと考えたのである。

「夕食に冷凍餃子を出したら、夫から“手抜き”といわれた」

まず「料理は“手作り”からスマートで現代的な、“賢い選択”に移行する時代である」という対立構造を作り、同社が提案する“賢い選択”に対して、消費者の間に共感者を増やしていくことに努めた。“手抜き”ではなく、“手間抜き”することで、家族のための時間を創造することができる、というスマートで現代的な“賢い選択”により、餃子の需要を創造するための議論を開始した。

そうした最中、2020年8月、ツイッター(現X)に育児中の女性から、夕食に冷凍餃子を調理して出したところ、夫から「手抜き」といわれたというツイートがあり、味の素冷食の公式ツイッターが即座に反応。自身も母親である同社の広報担当の女性社員が「冷凍餃子を使うことは『手抜き』ではなく『手“間”抜き』」と投稿した。

冷凍餃子は工場で「手間暇をかけ」作られているという論理

自社の冷凍餃子は「大きな台所」である工場で、消費者に代わって原料を吟味され、多くの“手間”暇をかけて丁寧に作られている。そのことに広報担当の女性社員が自信と誇りを持っていたことも、即座の投稿へとつながった。日頃より社内で「栄養価も高い冷凍餃子を使うことで、料理の『手間』暇をかけずに家族の時間を創出してほしい」という会話を行っていたことも大きく寄与しているだろう。このツイートには、“44万いいね”がつき、大きな反響を呼んだのである(ご記憶にある読者の方も多いであろう)。

消費者が持つ固定概念を払拭し、自社商品のよさを正しく消費者に伝えようという考え方が社内に浸透していたことの賜物と言えよう。

同社はその後、消費者に代わり如何いかに手間をかけているか正しく理解してもらうために、動画を制作した。144に及ぶ餃子を作る工程を、限られた時間のなかで分かりやすく丁寧に説明をした動画だ。手作業でキャベツをカットし、具材をこね、薄い皮へ具材を包み込み、皮の弾力を高めるため蒸し上げる。その工程一つ一つが丁寧に語られている。

餃子作りの144工程を動画で見せ、合理性をアピール

20年10月に1分15秒の動画がアップされ、直後に大きな反響を呼び、90万回近くの再生があったという。工場の従業員一人ひとりが担う、その手間の一つ一つが丁寧に語られている動画の最後には、「最後の仕上げは、あなたのフライパンで。」というメッセージが提示され、味の素冷食から消費者への共同作業であることを強く印象付ける。視聴した消費者は、企業と自分との間に、売り手と買い手という構造ではない関係性を感じるだろう。この動画によっても冷凍食品の固定概念は払拭され、栄養価の高い冷凍食品を選ぶ、手間抜きの合理性を広めることとなった。

味の素の冷凍餃子
※写真はイメージです

更にこうした活動は、味の素冷食の従業員のモチベーション向上と繫がっていった。撮影を行った関東工場のみならず、他の生産現場でもモチベーションは向上し、営業の現場においても、動画が広まると同時に、その価値を流通現場などに正しく理解をしてもらおうという動きに繫がっていったのである。

日本には本来のマーケティング組織が存在していない?

日本にはマーケティング組織が「存在していない」、とは言い過ぎかもしれないが、筆者から見れば極めて少ない。多くの企業に存在しているマーケティング組織は、例えばカタログや発売通知など様々な販促ツールをつくっていたり、イベントを企画したりと、販売促進のみを行っている場合が多い。勿論もちろん、販売促進もプロモーションというマーケティングの重要な要素であるが、「マーケティング=販売促進」ではない。

マーケティングの要素として、確かに販売促進は重要だが、それだけでマーケティングは成立しない。経営学者のドラッカーはマーケティングの理想を「販売を不必要にすること」とし、マーケティングの目的は「顧客についての十分なる理解」であり、「顧客に製品やサービスを合わせ自然に売れるようにすること」と述べている。

アメリカのマーケティング学者、エドモンド・ジェローム・マッカーシーはマーケティングの要素を「プロダクト(製品)、プライス(価格)、プロモーション(販売促進)、プレース(場所)」の「4P」とした。マーケティングの大家、フィリップ・コトラーは、そこに「ピープル(人)、プロセス、フィジカルエビデンス(品質保証などの物的証拠)」の3つを加えた7Pを提唱している。

販売促進はマーケティングの一部でしかないのに…

先人たちの言葉を筆者なりにまとめれば、マーケティングとは「市場を開発すること」であり、顧客を十分に理解したうえで、「顧客のもとめるものを提供」し、それらが「自然に売れる仕組みを構築すること」である。販売促進はマーケティングの一部でしかない。

翻って日本のマーケティング部門を見ると、やっていることは「製品の販売促進」が中心で、求められる機能とは程遠いだろう。顧客のニーズに対する理解も、過去から販売されている製品やサービスを通じた理解が多く、自社を取り巻く大きな市場環境の変化や、そこから考えられる顧客の潜在的需要などにまで、理解が及んでいないことも多い。

餃子の具材
※写真はイメージです
消費者のニーズが明確だった経済成長時代を引きずっている

右肩上がりの経済成長時代であれば消費者のニーズも顕在化しており、こうした営業組織でも成立していた。顧客のニーズが明確であり、品質のよい製品を製造すればよかった時代だ。一定の販売促進活動をすれば商品やサービスは自然と売れていった。

日本の営業部門はどこかでまだ、その時代を引きずっているように見える。

だが時代は変わっており、営業組織にも改革が必要だ。もし自社の営業組織が、“モノ売り”に徹しているセールスパーソンの集合体であるなら、時代に即した変化をしていかねばならない。

今の時代に求められるのは、顧客とともに価値を創造するマーケティングである。

アメリカの経営学者であるフィリップ・コトラーは「マーケティング5.0」として、ビッグデータやAIなどといった最新のIT技術を駆使し、顧客の体験をより高めていくことが必要だと説いている(図表1)。

コトラーが提唱するマーケティング1.0から5.0まで
出典=『売り上げ目標を捨てよう』
消費者はモノを買って得られる「体験」を求めている

現在は様々な商品が通信機能を持っており、インターネット経由で商品を介して、顧客がどのような機能を使っているかということも、リアルタイムに把握することができる。

青嶋稔『売り上げ目標を捨てよう』(集英社インターナショナル新書)
青嶋稔『売り上げ目標を捨てよう』(集英社インターナショナル新書)

小売りなどのサービス産業であっても、スマホでの顧客ID登録などがされれば、商品の販売と顧客の属性、過去からの購買履歴など、様々な情報の分析が可能だ。

市場環境の変化は顧客の価値観を、顧客体験を重視する形に変化させた。

消費者はハードウェアの購入を通して、そこから得られる顧客体験を欲している。例えば製造業ならば、工作機械そのものが欲しいのではなく、「生産革新の実現」を欲している。工作の前後の工程、工作機械の検査装置も含めた工程内での生産革新を実現したいと思っている。建設会社や土木の施工会社なら、建設機械の購入により「安全に工期通りに工事を終わらせたい」と考えているだろうし、一般消費者がゲームを購入する際にはゲーム機そのものよりも「よりリアルなゲーム体験が欲しい」と感じている。

こうした顧客の変化に対して、営業組織はどう変革していくべきだろうか?

BtoC(Business-to-Consumerの略で、企業と一般消費者との取引を指す)の先行事例として紹介した味の素冷凍食品は、より消費者に寄り添うマーケティング手法を模索した事例だ。

青嶋 稔(あおしま・みのる)
野村総合研究所フェロー
1988年精密機器メーカー入社後、10年間の米国駐在などを経て2005年より野村総合研究所に参画。12年同社初のパートナー(コンサルタントの最高位)に就任。19年同社初のシニアパートナー、21年4月より同社初のフェローに就任。米国公認会計士、中小企業診断士。近著に『リカーリング・シフト』(日本経済新聞出版)、『価値創造経営』(中央経済社)など。

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