優しいけれど、強い気持ちが表れている
生クリームでもチョコレートクリームでもバタークリームでもない。カスタードクリームとあんこがあればご機嫌な子供でした。母がおもてなし教室を主宰していて、いろんなケーキを焼いてくれたのですが、一番好きだったのもスポンジとカスタードクリームで作るミモザ!大人になり料理を仕事にした今も、カスタードクリームが大好き。いや、好き以上に強い思い入れがあります。
私が好きなのは小麦粉やコーンスターチの使用は最小限に抑え、卵の力でとろりとさせたカスタードクリーム。〈グレース〉のカスタードケーキは、その究極の形です。どんな店のケーキよりも母のケーキが一番大好きな子供でしたが、高校生になった頃、7歳年上の従姉が買ってきてくれたそれを初めて食べて、天にも上る気持ちになった記憶は今も鮮明です。
液体と固体の間で、やっとのことで形を保っているカスタードクリームの軟らかさと滑らかさ。スポンジもまた、しっとりとして口の中で溶けてはかなく消えてしまうほどに軽い。七分立ての生クリームのデコレーションまで、全部がギリギリのバランスで成り立っている“きわどい”ケーキ。包み込むような優しい味ですが、強い気持ちがないと作れない、作り続けられないケーキだと食べるたびに思います。
パティシエのケーキとも、家庭のケーキとも違う。食べて「体が軽くなる」ような気持ちになるケーキは、ほかにはありません。
Information
Tea&Cake Grace
ほぼ独学で製菓を学んだ樋口浩子さんが1984年に開いたケーキと紅茶の専門店。カスタードケーキなどの定番や、旬の果物のケーキなど常時10種類。併設の喫茶室でも楽しめる。しつらえや器もエレガント。
グレース
住所:東京都杉並区西荻南3-16-6
TEL:03-3331-8108
営:11時~19時
休:日曜
profile
野村友里(料理人)
のむら・ゆり/〈eatrip〉主宰。〈restaurant eatrip〉、食材店〈eatrip soil〉を拠点に食に関する活動を行う。『春夏秋冬 おいしい手帖』(マガジンハウス)等著書多数。