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悩みながら、揺られながら。

  • 2024.11.16

⁡僕が人生で大事にしていることは、行動です。 ⁡ そう聞くと、何事も迷わずにバリバリ突き進んでいくようなイメージを持つかもしれない。だけど僕は、著名なスポーツ選手や起業家などがよく言うような、 ⁡ 「思い立ったらすぐ行動」 「悩む時間がもったいない」 ⁡ という言葉は、実は苦手だ。僕の行動は、もう少し時間がかかる。 ⁡ 僕が「やってみたい」と思いついてから行動に移すまで。そこには「悩む」という過程が決まって挟まる。 ⁡ ひたすら頭を抱えて、うーんと唸りながら、悩む。悩んで悩んで悩み抜いて、やっとこさ行動に移す。そんな感じ。 ⁡ だけどこれは、僕の成長した姿だ。 昔の僕はいつも躊躇してばかりで、やりたいことをやれなかった。ただ悩むだけで、何もできない人間だった。 ⁡ それがある時から、「どれだけ悩んだっていい。最終的にやりたいことをやっていれば」という考え方で人生を歩むようになった。それが自分らしさだとさえ思っている。

僕を変えてくれた旅で見た景色

⁡そう思うようになったのはいつだったか。振り返ってみると、それは旅だった。 ⁡ 今回はそんな僕を変えてくれた旅のお話をしようと思う。

『いのちの姿』を読んで

⁡元号が令和に変わったばかりの2019年4月。

僕は1年間のフリーター生活に終止符を打ち、ついに社会に出ようとしていた。就活を経て、4月から正社員デビューが決まったのだ。 ⁡ 入社日は4月5日。新生活への期待と不安を抱えるその一方で、僕の胸にはモヤっとした思いもあった。 ⁡ 社会に出る前に、何かやり残したことはないだろうか……。 ⁡ 昨年はインドとネパールを旅したけど、帰国後は特に旅に行くこともなく、アルバイトと就活の日々。また旅に出たいなと思いつつ、結局どこにも行かないまま今に至る。 ⁡ やはりもう一回くらいどこか旅に出たらよかったかな。

でももう遅いか。

まあ、働き始めても、なんやかんやで休み取って旅くらいできるだろう。 ⁡ 少しだけ心残りではあるけど、「いつか」「そのうち」旅に出よう。そう思っていた。 ⁡ ⁡そんな、入社3日前の夜。

僕は宮本輝の『いのちの姿』というエッセイ集を読んでいた。 ⁡ 宮本さんは僕の一番好きな作家で、彼の作品はいつも人生の節目に読みたくなるのだった。

宮本輝『いのちの姿』

就職という節目を前に読んだこのエッセイ。

そこには、宮本さんが経験した阪神淡路大震災のこと、

サラリーマン時代に突然パニック障害になって会社に行けなくなったこと、

芥川賞を受賞した直後に肺結核に罹り、闘病生活を送っていたこと。 ⁡ そんなエピソードが綴られていた。

それらの話は僕の胸を強く打った。 ⁡ 生と死の境界線に幾度も立ってきた宮本さんは、それでも自分の使命だと筆を執り続けてきた。身体や心の傷を乗り越え、取材のために日本各地や海外を訪れて、素晴らしい作品を多く世に送り出してきた。

やりたいことを貫き通すその生き様に僕は、 ⁡ 「人はいつ死ぬかわからない」 「だからやりたいことはやるべきだ」 ⁡ という熱いメッセージを感じた。 ⁡ 僕は本を置き、明日旅へ出よう、と思った。 今しかない。今こそ行く時だ。 ⁡ でもどこに行こう……。さすがに日数的に難しいよな……。行きたいところもパッと思いつかないし……。 ⁡ うーん、どうしよう。

僕は頭を抱えて、唸りながら、悩んだ。

そして気がつくと、そのまま寝てしまった。まだ何も決められていなかったのに。

何も決めない旅に出た

⁡翌日目が覚めると、12時前だった。

何も決められないまま寝て、起きたらお昼。さすがにもう旅に出るのは無理だろう。 ⁡ 一度はそう思ったが、枕元にあった宮本さんのエッセイと、窓の外のよく晴れた空を見て、心を決めた。

よし、今から旅に出よう。 ⁡ そして僕は、最低限必要なものと本を5冊リュックに詰めて、家を出た。 ⁡ 最寄りの塚口駅(兵庫県尼崎市)から阪急電車に乗り込み、とりあえず西へ向かう。 ⁡ 何も決められないなら、何も決めない旅に出よう。そう思って、近くても遠くてもどこでもいいから、知らない街まで行ってみることにしたのだ。 ⁡ 詰め込んだ本は、電車の中でゆっくり読むためのもの。

本を読みながら電車に揺られ、ちょうど本を閉じたところの駅で降りるのもいい……なんて、さすがにちょっとカッコつけすぎかな。 ⁡ ⁡突発的に始まったあてのない読書旅。どこまで行けるかとワクワクしながら、僕は本を開いた。

思いつきで詰め込んだ本たち

⁡ しかし、僅か数十分で僕は足止めを喰らってしまう。人身事故の影響で電車が止まってしまったのだ。 ⁡ 仕方がないので、停車した駅でひとまず下車。街を歩いたり、カフェに入って時間を過ごす。 ⁡ やっぱり思いつきの旅はうまくいかないよなぁ……。ここでストップしたのも、引き返したほうがいいという暗示なのかもしれない。そう弱気になり、また悩み始める。 ⁡ だけど、宮本さんのエッセイを思い出し、旅への気持ちを再確認する。

ここで行かなきゃ、次はいつ行けるかわからない。

電車がまだ復旧していなければ、線を変えて進めばいい。

よし、まだまだ行くぞ。 ⁡ 駅に戻ると阪急線は復活していて、僕は無事に旅を再開させた。

再び電車に揺られ、気がつくと阪急の終着・新開地駅まで来ていた。

まだ行ける。もっと行ける。

謎の自信に満ち溢れながら、次は山陽電鉄に乗り換えて、どんどん進んでいく。姫路を過ぎた頃にはもう日も暮れかけていたが、僕はまだまだ旅を続けるつもりだった。

一瞬だけ姫路で降りて、姫路城を見た

夜の山陽電車に揺られ、兵庫県を抜け、さらには岡山県も過ぎて、気が付けば僕は広島県まで来ていた。 ⁡ さすがに夜も更け、今日はこの辺にしようと降りたのは、福山駅。駅から適当に歩いて見つけたゲストハウスに泊まることに。 ⁡ 受付でスタッフの方に「尾道に行ってきたんですか?」と尋ねられた。 ⁡ 福山からもう少し行くと尾道があり、そこからの帰りだと思われたらしい。 ⁡ そうか、尾道か……。 ⁡ いろんな小説や映画の舞台にもなっているレトロな街並み。坂の上から望める瀬戸内海の美しい景色。いつかは行ってみたいと思っていた場所のひとつだった。 ⁡ 僕はスタッフに「いえ、明日行くんです」と答えた。

その場の思いつきだったが、ついに旅の目的地が見つかった。

隠れ家のようなゲストハウスの寝室

瀬戸内海をみつめて

志賀直哉先生の旧居はここです

『時をかける少女』(1983年)のロケ地に使われた艮神社

映画『時をかける少女』で、ヒロインの和子がタイムスリップして出てきた艮(うしとら)神社。

坂道の至るところに可愛いにゃんこが寝ていて、「猫の細道」では猫にまつわるものがところどころに。

坂の途中は猫だらけ

猫の細道

そんな好きなものへの寄り道を堪能しながら、どんどん坂道を登る。そして息を切らしながら辿り着いた、千光寺公園。 ⁡ そこから見えたのは、素晴らしく美しい景色だった。 ⁡ 尾道の街並みと桜。広がる瀬戸内海。 雲ひとつない青い空。 海をゆっくり進む船と、水面にきらきらと光る春の陽射し。 向こうに浮かぶ島に見える、緑の山々。 ⁡ その絶景に、思わず「おお……」と声が漏れた。

千光寺公園から望む瀬戸内海

⁡瀬戸内海には尾道から今治まで続く6つの島があり、それらをしまなみ海道が繋ぐ。 ⁡ 僕はふと、『星宿海への道』という小説のワンシーンを思い出した。この小説は、僕を旅に駆り立ててくれたあのエッセイを書いた、宮本輝の作品だった。 ⁡ 中国の黄河源流にあるという「星宿海」。そこは無数の湖がある土地で、夜になるとその湖面に星が映るという。 ⁡ 無数の湖に輝く、無数の星々の光。 それはまるで星が生まれるかのような光景で、それゆえに人々はここを「星宿海」と呼ぶー ⁡ その星宿海をキーワードとして物語は進み、主人公はやがて瀬戸内海に辿り着く。 ⁡ しまなみ海道から夜の瀬戸内海を望んだ時、無数の星々が海に映る光景が見え、主人公はそれを星宿海と重ね合わせるー

そんなシーンがある。 ⁡ 僕が瀬戸内海を見つめたのは昼間だったが、この海に確かに星が宿るんだろうなと想像するだけで、心が震えた。 ⁡ 『星宿海への道』は、前年ネパールを旅した時にカトマンズの本屋で見つけ、異国で宮本さんに出会えるなんて!と感動して買ったもの。 ⁡ 旅の中で出会った宮本輝の小説に出てきた場所と、宮本輝のエッセイに導かれて旅した場所が重なった。 ⁡ こんなことってあるんだなぁ。

僕はこの海を見るために、旅に出たのかもしれない。

そういうことにしてもいい、と思った。

宮本輝『星宿海への道』

悩むのもまたよし

⁡帰りの電車に揺られながら旅を振り返る。 ⁡ 当日まで悩み続け、何も決まらないまま出発した尾道旅。 ⁡ 途中で列車が止まるトラブルもあり、不安な気持ちにもなった。それでも、来てよかったと思える素晴らしい景色に出会えた。 ⁡ 今までの自分は、時間やお金、環境などのせいにして、やりたいことを見送ってきた。

悩んだ末に、決まりかけていたことをやめることも多かった。それがどんなにもったいないことだったか……。 ⁡ 「いつか」や「そのうち」は、自分から動かなければ来ない。でも、自分から動けば「いつか」が「いま」にだってなる。 ⁡ やってみたいことは、うまくいかなくてもやったほうがいい。だって人はいつ死ぬか、世界はいつどんな状況になるか、わからないから。 ⁡ うまくいかなければそれも思い出になるし、学びもある。だから、行動に無駄なんてない。 ⁡ あの日、宮本輝のエッセイを読んで旅に出た僕は、そういう気持ちを持って生きるようになった。

コロナ禍を経た今、その思いはより強まっている。

千光寺公園の桜

⁡そしてもうひとつ。 悩むこともまた、よしということ。 ⁡ 悩む時間がもったいないと言う人もたくさんいる。もちろん、できるなら悩まずに決めたほうがいい。 ⁡ それでも、悩んでしまう人は多いだろう。 そんな人に僕は「悩んでもいいんだよ」と伝えたい。 ⁡ 悩むということは、いろんなことを考えること。 思慮を深め、物事にじっくり向き合うこと。 そこに無駄なんて絶対ない。最終的に行動を起こせれば。 ⁡ だから僕は今日も悩みながら、行きたい道を歩き続けている。

ころがりにゃんこ

All photos by Satofumi

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