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子どもを持たない移民女性として米大統領選を振り返る──「ヘイトスピーチや差別に慣れてはいけない」

  • 2024.11.15

もしもドナルド・トランプがまた大統領選挙に勝利したら? 考えたくなかったシナリオが現実になった。

2024年11月9日、米NYにてトランプ次期大統領の移民政策に反対する抗議活動が行われた。
Detractors of President-elect Donald Trump protest against2024年11月9日、米NYにてトランプ次期大統領の移民政策に反対する抗議活動が行われた。

アメリカ史上初の女性、それもブラックとアジアのルーツを持つ移民の子どもが大統領になる──そんな野望が見事に打ち砕かれただけではない。移民を、先住民を、女性を、トランスジェンダーを蔑み、ヘイトを煽動してきた人物が、世の中のマジョリティ、それも前回以上の人々から信任を受けたのだという事実。2025年1月になれば、その人物が世界に多大な影響力を持つアメリカの最高権力の座に就き、私たちの運命や核兵器のスイッチを握るのだという未来像、議会の上下院も最高裁もその手のなかにある今、私たちの闘いはとても険しいものになるのだろうという見通し──こんな絶望的な社会を、自分はこれまでに生きたことがあっただろうか。

アメリカ国内のニュースは、トランプが公約にしてきた「大量強制送還」の話で持ちきりだ。特に中南米からの移民のあいだで恐怖が広がっている。トランプ第一次政権時に米国はパリ協定から離脱、同じく今回も気候変動関連の国際的枠組みからは離脱するだろうし、これまでの環境保護法や規制は一つ一つ撤廃しようとするだろう。『them』によれば、LGBTQ+の若者の自殺防止を目指す「ザ・トレヴァー・プロジェクト」へのアクセスは、今回の選挙を経て7倍に増えたという。過去には極右団体を設立し2021年の州議事堂襲撃を呼びかけ、米司法省から白人至上主義者と指摘されるインフルエンサーのニック・フエンテスが、X(旧Twitter)に「Your body, my choice(お前の体、俺の選択)」と投稿してニヤついている。トランプ前政権時同様、女性や移民への暴力が増加し、労働運動はますます難しくなり、貧富の差が拡大するだろう。さらに、トランプに票を投じた人の多くが理由にした経済だが、彼が公約通りに関税を上げ、移民を追い出せば、物価はさらに上がるだろう。

先人たちが、私たちが、地道に積み重ねてきた“進歩”の山がガラガラと崩れ落ちたような感覚。進歩どころかどれほど後退したのだろうか。選挙で自身の応援する候補者が負けるたびに、動かない石の頑強さにぶつかるたびに、希望はあるのだと思ってきた、前に進んでいるはずと考え続けてきた自分は間違っていたのだろうか。

資本主義社会において、人権やヒューマニティは儲からないという現実

2024年米大統領選後のニューヨーク証券取引所(NYSE)、米国株はドナルド・トランプの当選で急騰した。
New York Stock Exchange (NYSE)2024年米大統領選後のニューヨーク証券取引所(NYSE)、米国株はドナルド・トランプの当選で急騰した。

現実の残酷さは認めざるを得ない。そして今回の選挙で明らかになったのは、私たちはそもそも“負け試合”をしているということだ。

“強欲”で“自己中心的”な振る舞いが、金銭的に報われる社会に生きている。金銭の余裕さえあれば、有罪判決を受けた人間だって大統領になれるし、メディアやプラットフォームを利用して選挙結果に影響を及ぼすこともできる。トランプは、度重なる裁判によって資金繰りが苦しくなった際、さまざまな規制や労働運動を煩わしく思ってきた富裕層に寄付を求めて、彼らへの見返り(つまり市井の人々を守らない)を約束した。

この選挙は商取引としては大成功なのだと、結果が出た日に金融市場とクリプト市場が大きくジャンプしている状況を見て気がついた。資本主義社会においては、強欲で競争意識があり自己中心的な人が儲かる、人権やヒューマニティは儲からない。

女性と人種的マイノリティだけの、またはLGBTQ+だけの選挙だったら、カマラ・ハリスが当選していたという厳然たる事実がある。2020年に続き、トランプに投票をした最大の層は白人男性であり、未だにアメリカを支配しているのは彼らなのだといえるだろう。白人以外の人口が急速に増えたアメリカで、あるところでは“白人が有色人種に取って代わられる”という陰謀論「グレイト・リプレイスメント・セオリー」が真剣に論じられている。だからその大多数が、女性やマイノリティ、そしてLGBTQ+が応援する有色人種の女性候補を支持しないのは、当然のことなのだ。

トランプが勝利したことに驚きはなかった

2024年11月6日、選挙後に支持者の前に姿を現したカマラ・ハリス副大統領。
Harris at Howard University2024年11月6日、選挙後に支持者の前に姿を現したカマラ・ハリス副大統領。

入植者ではなく移民の子どもが、それも女性がアメリカの大統領になる──カマラ・ハリスはそんな夢を見せてくれた。しかし、選挙の在り方は民主党のエスタブリッシュメントそのものだった。

私からは、2020年ジョー・バイデンの選挙よりも積極的に“中心”に寄っていくように見えた。「法の執行側」に立っていた経歴を誇示し、銃の所持を笑顔で匂わせたりする場面もあり、共和党の造反組を迎え入れたはいいが、イラク戦争を率いたディック・チェイニーとまで手を組んだ。

パレスチナでの虐殺に反対する層からの抗議運動や対話の要求は無視され、組合や労働者たちを冷遇。党内には選挙期間中、より中道の有権者を獲得するために「トランスジェンダー男児による女子スポーツへの参加」を批判する議員まで登場した。どこまでがハリス本人の意向だったのか、推し量ることは難しい。民主党内にも思想のスペクトラムと権力構造があり、やはり決定権があるのは多くの場合、年配の白人男性なのだ。

そんな民主党を手放しで応援できない、と考える人は私自身の周囲にもたくさんいたが、“比較的悪の度合いが低い”候補に投票する「Lesser of two evils」論で、ハリス候補に投票する苦渋の決断をした人も多かった。そして唯一、“虐殺反対派”というポジション取りをした第3政党の「緑の党」ジル・スタインの得票率は意外と伸びなかった。

一方で、今回の選挙に約1億人が投票しなかった──その事実は、あまりにも重い。総人口おおよそ3.3億人のうち有権者は2.5億人ほど、投票率は6割程度に留まった。もっと多くの声に耳が傾けられ、みんなが一丸となって盛り上がる選挙だったら、結果は変わっていただろうか……少なくとも今回はそうならなかった。だからこそ、トランプが勝利したことは悲しくて悔しくて、恐怖に打ちひしがれたけれど、そこに驚きはなかったのも事実だ。

「Hope is as hollow as fear.(希望は恐怖と同じくらい空虚なものだ)」──サウル・ウィリアムズ

米大統領選挙当日、ワシントンDCでカマラ・ハリス副大統領の到着を待つ支持者たち。
KAMALA HARRIS ON ELECTION NIGHT AT HOWARD UNIVERSITY米大統領選挙当日、ワシントンDCでカマラ・ハリス副大統領の到着を待つ支持者たち。

選挙の日、日頃からお知らせを受信している草の根運動の団体から、たくさんのメッセージが届いた。だいたいは、「今日はとことん落ち込もう、そして明日から闘おう」という趣旨だった。翌日になると、今からできることや来年以降の見通しについてメールが来た。休む暇はない、これからさらなる闘いが始まるのだ。

選挙後、若いクィアの仕事仲間が「希望を持つたびに裏切られて落胆する。希望を持つことはメンタルヘルスに悪い」と話すのを聞いた。1年前には「トランプの再選に備えてメンタル調整をしてる」と話していた友達で、バイデンの後任候補がハリスとなり、一度捨てたはずの希望を持ったのだった。「そんなことないよ、大丈夫だよ」と言えるわけもない。希望を持つこと自体が間違っていたのだろうか……。そう考えていたときに、詩人でアーティストのサウル・ウィリアムズの言葉「Hope is as hollow as fear.(希望は恐怖と同じくらい空虚なものだ)」に出合った。

恐怖は偉大なるモチベーターだとされる。「移民たちがあなたの職を奪います」「あなたたちに取って代わります」と言われることが、人を投票に行かせることはわかっている。けれどこうした恐怖の種には、現実が伴わないことも多い。では、希望はどうだろうか。この資本主義社会で、市井の人々のウェルビーイングや人権について語ることで選挙に勝てると感じることも、民主党の中道から出てきた検察出身の女性候補(ハリス)が、マイノリティを守ったり、戦争をやめさせてくれると期待することも、やはり現実とはかけ離れていた。

政治に規定されない自分を目一杯生き、権利を求め続ける

2024年11月6日、大統領選翌日のイリノイ州・シカゴでは親パレスチナ団体がトランプホテル前でデモを実施。
Demonstration in Chicago to demand end to Israeli attacks in Gaza2024年11月6日、大統領選翌日のイリノイ州・シカゴでは親パレスチナ団体がトランプホテル前でデモを実施。

残念ながら、希望は私たちを守らなかった。これから私たちは、どのような気持ちでどう生きていけばいいのか、ウィリアムズは「Steadfast(ゆるぎない)」存在であれと説いている。選挙後の数日間、何度もぐるぐると考えた。選挙結果には落ち込むが、驚きはない。自分たちの取り分を守るために、人の命や女性の自己決定権を軽視する。それが米国そして資本主義社会の今の姿なのだ。

だからといって自分の生き方を変えることにはならない。今までと同じように、すべての人が平等に医療や教育にアクセスでき、安全に幸せを追求できる世の中を望む。移民・難民が自由に国境を越える権利、どんな性自認・セクシュアリティであっても“自分”を生きられる法整備、次世代に引き渡すまで環境を保護することを求め続ける。むしろ、子どもを持たないことを選択した女性として、また国境を超えてやってきた一人の移民としてここに存在し続け、できるだけたくさんの人とキリスト教/家父長制度とは無関係の“愛”を交換したい。人々が助け合えるコミュニティを大切にし、自分の人生とウェルビーングを、できるだけ愉快に生きてやるという気持ちである。

そしてこれまで以上に、自分がお金を使う先を真剣に精査し、おかしなことにはおかしいと言おう。ヘイトスピーチや差別に慣れてはいけない。傷ついている人がいれば寄り添い、自分が傷ついたときには人に寄りかかろう。悪意を洗い流すほどの愛で世界を満たし、政治に規定されない自分を目一杯生きよう。

Text: Yumiko Sakuma Editor: Nanami Kobayashi

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