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第20回「風呂に入りたくない夜は、カラオケ行こ。」/酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない⑳

  • 2024.11.15

ぶるぶる。 鳥肌が止まらない。

ここ数日間、二日酔いばかりでケンタッキーを食べすぎたせいか、自分が鶏肉になってしまったのかと思っていたが、どうやら違ったようだ。

外全体が急に冷え込み始めた。 街の中は、そわそわ。イルミネーションは、ぴかぴか夜道を照らし、どこもかしこもクリスマスを匂わせてきている。

そんなバカな。 昨日まで秋で、ハロウィンだったじゃないか。一昨日まで、日傘と日焼け止めは欠かせない夏だったじゃないか。 あまりにも身勝手な天候にうんざりだ。

わたしは、昔から冬があまり得意ではない。 年中冷え性ということもあり、冬は靴下を5枚重ねにして履かないとまともに歩けない。

そして何よりも厄介なのは、お風呂問題だ。 冬になればなるほど、お風呂から遠ざかってしまう自分がいる。 築五十年の部屋に住んでいるので、風呂に暖房などはあるはずもなく、湯船以外は極寒だ。髪を洗うなんて もってのほか。

クリスマスという現実を受け入れるから、どうかサンタクロース。 わたしに、自動洗髪マシンをお恵みください。

実際、この世の中には寝っ転がっているだけで髪を洗ってくれる画期的なアイテムがあるらしい。 しかし、値段は100万超えという現実。年末ジャンボで一等賞を当てるしかない。

風呂に入らないと、と思い始めてから数時間。

叶わない夢に想いを馳せ時間経過するのは日常茶飯事のことだ。 お風呂に入れば一瞬で解決できる話なのに。

ずーんと鉛のように重くなった身体は言うことを聞かない。 リビングや寝室、トイレやコンビニには、スキップを刻みながら足は動くのに。

どうしてなんだろう。 風呂だけは、足の行き先ナビに登録されていないのか、立ち寄ることができないのだ。

入室即炒飯

気付けば、次第にイライラしている自分がいる。

そういうときは、最近カラオケに行くことが多い。 騒がしいのに落ち着く一人きりの空間、タバコの匂い、歌えばたちまち汗ばんで身体がほっこり温まる。

番号が書かれた部屋に入ったら、まずはパネルから炒飯を注文する。 これが、お気に入りのカラオケルーティン。

カラオケ飯は、思っている以上に美味しい。 一曲歌い終わらないうちに、出来立てほやほやのご飯が運ばれてくることが多い。

アツアツぱらぱらの炒飯は、深夜を理解している濃い味付けで、あっという間にパクパク食べ切ってしまう。 一緒に添えられている紅生姜が、さっぱりとしていて、これまた食欲をそそるのだ。

カラオケ飯が美味しいということを教えてくれたのは、学生時代の友達とのオールナイトカラオケだった。

飲み放題で、炸裂コールが飛び交う会ではなく、ノンアルでひたすら各々が歌いたい曲を入れて回し続ける会。

「みんな知ってるかな?」「盛り上がる曲選ぼうか」など、そういう配慮は一切ない。 逆に配慮がなさすぎて、1曲10分近い曲がどんどん予約されていき、最初は合いの手を入れたりするものの、次第にお地蔵さんのように誰も反応しなくなる。

うとうと気を抜いて眠ってしまわないように、定期的にポテトやたこ焼き、焼き鳥やピザなんかを注文していく。 あれこれ食べていくうちに、「え?ファミレスと同じくらい美味しいんだけど!」ということに気付いたのだった。

『カラオケ行こ!』

その中でも炒飯の魅力に気付いたのは、最近のこと。

漫画『カラオケ行こ!』に登場する主人公の聡実くんが、カラオケで退屈すぎて炒飯を頼んでいる姿を見てから、わたしも釣られて頼むようになった。

思えば、カラオケに通うようになったのも、この一冊がきっかけだった気がする。 合唱部の中学3年生の聡実くんが、ヤクザ・狂児の歌をカラオケで指導することになるというコミカルなお話。

なんでヤクザの狂児は、そんな躍起になってカラオケの練習をしているのか。 それは組のカラオケ大会があり、そこでビリになると、刺青スキルがない組長にタトゥーを入れられてしまうんだとか。 みんなその苦痛から逃れるために、全力で猛練習しているのだった。

ヤクザと中学生という、普通関わるはずのない二人のなんともいえない空気感が癖になる。

思春期の葛藤がとれたてのフルーツのようにみずみずしく描かれていて、読み終わる頃には、湯船にぽかぽか浸かったような心地よさに包まれる。

主人公の聡実くんは、合唱部でソプラノを担当している一方で、思春期の男子特有の声変わり問題を抱えている。 年齢と共に変わっていってしまう自分のことが受け入れ切れずに、大好きな合唱祭への参加、さらには歌うということを自分から遠ざけてしまいそうになる。 そんな時に、狂児とカラオケで交流を経て、再び前に進む力を得ていくのだ。

きっと聡実くんにとって、一生忘れられない時間がここで生まれたんだろうなぁ…。 そう思うと、深夜による割増センチメンタルが加わって涙が出そうになるが、とあるカラオケの記憶を思い出せば、たちまち涙もすっと引っ込む。

わたしにも忘れられない経験がカラオケで生まれたんだった。 聞いてくれるかい?あの忌まわしき過去の話を。

21歳、忌まわしきカラオケの記憶と、ニンニクマシマシロシアンたこ焼き

その昔々、あるところに、慣れないリクルートスーツを着て就職活動をしていた私がおりまして。

短期のインターンにも参加して、同じグループだった他の大学の子たち7人くらいと打ち上げをすることになったんだ。

積極的に、エントリーシート書き方のコツを教えてくれたりと、みんな穏やかで互いを高め合える戦友だと思い始めていたんだけど、悲劇が起きたのは二次会のカラオケ飲みだった。

わたしは、空気が読めずに好きなアニソンばかり歌って、周囲に気を遣わせてしまっていたことはさておき。 既にその場には、就職活動の荒波の中で生まれた吊り橋効果のような絆によって、いい雰囲気となったペアが数組誕生していたんだ。 誰も曲を入れずに、ひそひそ会話を楽しみ、やがて1組、1組と部屋を後にしていった。

そしてついに、わたしはひとりきりになった。

フリータイムで始発もないし、勿体ないので朝の5時退室時間までひたすら歌い続けた。 次の日面接があるのに声はガラガラになり、朝と夜が溶け込んだような空気を吸い込んで虚無になった21歳の思い出。

あんなに就職活動を頑張ったのに、数ヶ月で新卒から無職になり、今や思い出話を聞いてもらう痛いアラサー女になってしまったんだとさ。

おしまい…ではなく、やがてなんとご縁があってカラオケのフードやドリンクメニューを考案させていただく機会をいただいた。

そこで、私情を挟むのはどうかと思ったが、もう誰にもあんな思いをしてほしくない、お持ち帰りなんて、できなくなってしまえばいい! という復讐心に満ちたロシアンたこ焼きなるものを生み出してしまったのだった。

普通は、ひとつだけ大量のワサビやカラシが入っている罰ゲーム用のメニューとして扱われることが多い。 しかし、わたしは、そのひとつだけに致死量のニンニクを仕込んだのだ。

食べればたちまち、部屋中に二郎を彷彿とさせるようなニンニクの香りが広がり、お持ち帰りなんてもってのほか。 顔を近づけあって、コソコソと会話することすら常人では不可能。

ただ、他のロシアンたこ焼きとは違って、ニンニクマシマシで味はしっかり美味しいのである意味大当たり。 なんだか、自分臭いかもしれない…と風呂に入ろうという気持ちまで芽生えさせてくれる最終兵器だ。

そんなん、次の日を考えたら怖くて食べられないよ…と思うかもしれない。 それでも、なんでもかんでも「あぁ〜無理〜!」「もう、だめだ…」とキャンセルするのではなく、聡実くんのように受け入れてみることで、思わず人生が好転することもあるんだよ。 これは、生きていく上で大切なことだと思っている。

そんな話をしつつ、平成のアニソンを爆唱していたら、身体より先に心がすっきりしてきた。

さっさと風呂に入って、冷えたビール片手に、ずっと見たかったアニメを夜通し見るのもありだなぁ…。

風呂に入るということで、あれだけ悩んでいたはずなのに、しょうもないなぁと笑えるくらいのゆとりが心に生まれた。 終わりを告げる電話が鳴る前に、そろそろお会計しましょうか。

あったかい湯船に浸かりながらガリガリくん食べるのも悪くないな。 そんなこと考えていたら、小腹が空いてきたので、一旦ファミレス行こっか。

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