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授業や試験はほぼ文字のみで評価する学校教育。読み書きが苦手なことで失われる自己肯定感/読み書きが苦手な子を見守るあなたへ③

  • 2024.11.15

『読み書きが苦手な子を見守るあなたへ 発達性読み書き障害のぼくが父になるまで』(関口裕昭:著、千葉リョウコ:イラスト、宇野彰:監修/ポプラ社)第3回【全9回】 読み書きが苦手な子は40人クラスに約3人。原因がわからず学校の課題をこなせなかったくやしさ、苦しさ。障害を理解し、将来を模索し続けた日々。自立するとはどういうことか、学校や家族ができる、よりよい支援の形とは何か? そして発達性読み書き障害について発信を続け、理解を深めていくことの意味は? 言語聴覚士、また父として日々奮闘する著者が希望と決意に満ちたメッセージを『読み書きが苦手な子を見守るあなたへ 発達性読み書き障害のぼくが父になるまで』で綴ります。

※書籍では当事者へ配慮し、すべての漢字にふりがなが振られています。

ダ・ヴィンチWeb
『読み書きが苦手な子を見守るあなたへ 発達性読み書き障害のぼくが父になるまで』(関口裕昭:著、千葉リョウコ:イラスト、宇野彰:監修/ポプラ社)

読み書きが苦手だということ

学校という場所において読み書きが苦手だということは、あらゆる教科にまたがって影響を及ぼすということだと、前にも述べました。

学級委員をしており、いつも人の輪の中にいるタイプだった小学生時代の僕にとって、学校は基本的には楽しい場所でした。

それでも、自分の出席番号や誕生日に関連する日だけは別です。

「今日は12日だから、出席番号12番の人、読んでください」

そのように指名されるのが怖かったため、学校に行くのが苦痛でした。

その日の授業範囲、教科書の中で読まされる可能性の高い部分を家で何度も読み、ほとんど暗記して学校へ行っていました。

今日は12日だから当たるかも……そう思いながら、頭の中に教科書の文章をつめこみ、決死の覚悟で学校へ行くのです。小学生のときは、まだ気持ちの面だけでしたが、その後中高生になってからは、緊張感で冷や汗が吹き出し、お腹が痛くなるほどでした。

文字というのは便利なもので、書き残しておけば時間を選ばずに情報を届けることができます。

かつては、「直接話す」「人づてに伝える」以外の手段は、文字か絵にして残すしかありませんでした。絵だと伝えられない概念的なことも、文字であれば伝えられる。

文字という道具があったから、人間の社会はここまで発展したのだと思います。

しかし、文字はあくまでも道具に過ぎません。自分の感じたこと、考えたことを伝える、書いて残すための道具です。

にもかかわらず、今の教育では学ぶときも文字情報が中心で、学力を評価する試験も文字ばかりです。

小中の義務教育、その後の高校、大学と、学校にいた16年間、僕はほぼ文字で評価されてきました。

小学校に入る前、文字を学ぶ前は、話す言葉や身振り手振り、絵、歌、ダンス……いろんな手段で自由に表現していました。僕にとって、学びの場に身を置いていた16年間、特に発達性読み書き障害だと診断されるまでは、そのときに得た自信、自己肯定感をどんどん失っていく期間でもありました。

今や情報を伝える手段はたくさんあります。

文字という道具を使いこなせないなら、音声や映像で残すこともできます。

人によって、どの手段が最も情報を受け取りやすいのかはさまざまです。

文字で読んだほうが情報を受け取りやすい人もいれば、音で聞いたほうが理解しやすい人もいます。

発達性読み書き障害の場合は、文字で読むことが苦手で、言語音で聞くのが得意という人が多く、LD・ディスレクシアセンターでも検査で言語音の長期記憶力が良好であると判明した場合には、90%近くの子は言語音で文字を覚えるトレーニングをしているそうです。

これは「感覚の優位性」と表現されたりもします。視覚優位、聴覚優位といった言葉を、療育の場で聞いたことのある方もいらっしゃるかもしれません。優位とまではいかなくとも、苦手な覚え方、苦手じゃない覚え方がある方々も少なくないのではないでしょうか?

発達に凸凹があるお子さんが学ぶ手段として「動画」はとても適しているのではないかと思います。それも、音声があり、テロップで文字が出てくる、何度でも見返せる動画です。文字だけで読むことが苦手でも、音声とともに文字を目にすれば、読む手がかりにできます。

2019年にGIGAスクール構想という取り組みが開始され、児童・生徒に対してひとり1台のICT端末の整備がはじまりました。教科書中心の学びから、ICT端末を利用した新しい学びに変化しつつあります。

読み上げ機能も使えますし、オーディオブックやYouTubeで学ぶこともできます。ただ、せっかくの変化も、教科書がただICT端末に変わっただけでは意味がありません。

教える側、評価する側の先生たち、学校が、文字以外の手段での学びについて知り、またそうした手段で学ぶ子どもを適正に評価できる仕組みが必要です。

まさに今、かつての僕のように学校での学びに苦痛を感じている子がいる中で、学校の仕組みを変えていくにはまず、文字という手段を使うことが難しい子がいるということを理解し、声をあげていくことが大事だと思っています。何しろ、宇野先生の調査では、7〜8%の子ども達が読み書きが苦手と報告されているのですから。

知っている人が増え、発達性読み書き障害のことを世の中の人が「知っていて当たり前」になれば、きっと社会のあり方も変わっていくはずです。

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